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永遠なる魂

105.古の魔王リリア

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 時は遡る。

 元はネルソ=ヌ=ヴァロステの居城だった魔王城、今は覇王城と呼称が変わっている。

 ロン=ドゥの棲家からスルークに戻ったリドは、その足で真っ直ぐ覇王城の地下に向かった。

 城の建物の部分よりも遥かに深い位置に土壁のままの一室がある。

 その存在は、魔王として数百年君臨したネルソですら知らなかったものだ。

 王の間とは比較にならぬ程の狭い部屋の中で直立していたのはリド=マルストだ。

 今、彼の目の前には彼の背丈よりもやや大きい、古ぼけた石碑があった。

 かなり古いものに見えるその石碑は、石自体が緑や紫に変色している。それはその石から滲み出る毒のせいだ。

 その毒は土壁に染み渡り、地下水と混じり不気味な色を見せている。

「リリア」

 低いリドの声。

 それに応えるかの様に邪悪な霊気オーラがその部屋に充満する。

『お帰り私のリド』

 どこからともなく声が響いた。

 真摯な様で揶揄う様な声。
 男の様で女の様な声だった。

『どうだい私の力は。全てが全盛期のお前を凌ぐ。心地良かろう?』
「まあ、そうだな」

 石碑の少し前で小さな階段状になっている部分。

 そこに座る、薄く透き通った人の姿が現れた。

 美しい顔をしていた。

 性別は男女どちらにも見えず、どちらにも見えた。

 色は殆ど付いていないが、唯一、瞳だけは明確に赤い。

 リドがリリアと呼ぶそれは彼の返事に、

『そうか。それはよかった』

 にこりと笑う。

『で、今日は?』

 膝に頬杖を付いて言う。

 リドはその所作に興味なさげにリリアを見下ろす。

「ロン=ドゥという怪物と会った。知っているか」
『ロン=ドゥ!』

 少し目を見開き、驚いた様な声を出す。

「やはり知っているか。あれは一体何者なのだ」
『いや懐かしいな。その名を聞くのは何千年振りかな』
「そんな昔からいる化け物なのか」

 今度はリドが驚いた顔をした。

『そうだ。あれはこの世界のものではない。あれはかつて私が宇宙そらから召喚したもの』
「お前が、宇宙からだと?」
『禁呪の破滅召喚でな。残念ながらそれはすんでのところでヴィクトリアに邪魔をされてね。……てっきりロン=ドゥは奴を運んで来た隕石ごと消滅したものだと思っていたよ。そうか、まだ生きていたか。いいぞ、クックック』

 リリアはその整った顔に邪悪な笑みを浮かべる。

「ヴィクトリアとは?」
『なんだ知らないのか。今の世にはもういないのか? メルマトラの女王。っくきハイエルフ』
「メルマトラは今、死の世界よ。エルフであっても住めるはずもない」
『ほう、そんな事に……さてはあの隕石で……興味深いな』

 自分だけがわかる様な物言いをする。
 リドはそれには構わず、話を続けた。

「あれを俺の手下にしたい。出来るか」

 リリアの体がピクリと跳ね、数秒して嬉しそうに笑った。

『いいぞいいぞ。その天井知らずの野望、底無しの欲望……さすが、私の器に相応しい』
「俺はお前の器ではない」

 無表情で魔剣を鞘から出すとリリアの首にピタリと合わせる。

「古の魔王リリア。お前などこの『魔喰』でいつでも食えるのだ。肝に銘じておけ。お前が俺に仕えるのだ」

 リリアは怯えもせずにニタニタと笑う。

『ククク。そういうことにしておこうか』

 両手を上げ、やれやれといった表情で言う。

『ロン=ドゥをお前の支配下に、出来るとも。もう少しお前に私の力を授ければな』
「そうか」
『さっきも言ったが……今でもメルマトラにヴィクトリアの意志を感じる。あれを完全に殺せ、リド』
「放っておくとどうなる」
『奴と奴の手下の魔王共によって再び私は封印され、お前は奴に殺される。間違いなく』
「……よかろう。どの道、メルマトラには行かねばならぬと……」

 そこでふと何かに気付いたようにリリアを睨む。

「てっきり俺の意思かと思っていたが、お前のか」

 リリアはニタリと笑うと、少し首をすくめる素振りを見せる。

『怒らないでくれよ。さっきも言ったように、これは私だけでなくお前のためでもある』
「チッ。二度とするな。で、贄は何人だ」
『百』
「欲張りめ」

 そこでリドはクルッと方向を変え、元来た土の階段をまた登って行った。

 後に残ったリリアは暫くその後ろ姿を見送っていたが、やがて独り言の様に言った。

『一万年程前にヴィクトリアと共に私をこんな地下深くに閉じ込めた魔王共。二百年前、復活しかけた私を再び封じ込めた大樹の魔神ラダ。全く、私のの分際で……あんな奴らが二度と現れぬ様、あの邪悪な欲望の塊、リドを使ってきっちり地上を制覇し、その上で奴を憑き殺してこの世をそっくり私のものにしてくれよう』

 先程までエルフの様に美しかった顔の面影は無く、クックックと悍ましく笑うと、そのままスッと姿を消した。


 ◆◇

「クマツキ」
「ハッ! クマツキにございます」

 地下への階段の扉の前で待機させていた男の名を呼ぶ。

 彼の役職は政務官であるが、内実はリドの欲望に対する便利な雑用係といったところだった。

「ラクニールに行き、百人の人間を捕らえて来い」
「ひゃ……百!」

 思わず息を呑む。

 そういった指示は今までにもあった。

 調達した人間がどうなったのか、リド以外は知らない。だが無事に生きているとは考え難い。

(だが一気に百人とは……)

「どれくらいで用意できる?」
「は、はい。百……となりますと……1週間、いや最低10日は……」
「長い。3日で揃えよ」
「み、3日!」

 3日となるといつもの様に周囲にバレない様に配慮したり、裏切れない様に人質工作をしたりといったような時間はない。

 転移装置ゲートを使ったとして、覇王城まで百人を混乱なく移送するだけでも1日以上かかると思える。

 となるとラクニールで片っ端から拉致し、失神させ、有無を言わさず連れてくるよりない。

 クマツキは頭を抱えるが、「畏まりました」と言うしかなかった。

 元よりリドの命令に対して「出来ない」は死に直結する。

「期待しているぞ。今回に限り、男女不問としようか」
「有り難き。では早速」

 恐らくは何かの生贄にされているのだろう。
 いつもは常軌を逸したリドの好色さから、そういった用途に使われる人間は男限定だった。

(その枷が無いだけでもマシか。急がねば)

 一礼して飛ぶ様に走り去るクマツキの後ろ姿を満足そうに笑みを浮かべて見送った。

「どれ。久しぶりにハルヴァラを抱きに行くとするか」

 目を剥いて笑い、肩を回しながら廊下を歩き始めた。










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