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永遠なる魂

099.魔神クリニカともうひとりの魔神

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 クリニカの赤い髪は黒に変わり、意思があるかのように宙に舞う。

「ノルト君はぁ……ドラックちゃんやリドちゃんですら抵抗出来なかった私の『絶対の魅了グランド=チャーム』に抗った稀有な男性ひと。でもね」

 体の輪郭を紫色に光らせ、ゆっくりとクリニカがノルトに近付き、目の前で止まる。

「う、あ……」

 ノルトの目はクリニカに釘付けとなり、金縛りにあったように動けない。

魔神この姿になった私に逆らえる男はいないのよぉ? の雄はサキュバスクイーンの固有能力『女帝』にはに抗えないの。たとえノルト君でも、魔王様であってもね」

 それはノルトの中にランティエがいようが自分には敵し得ないという宣言だ。

 ノルトは半開きの口のまま、クリニカを凝視する。
 感知力は鈍感な方と言える彼でもわかる。

 今の彼女の魔力はかつて感じた事の無いほどのものだと。

(ランティエ……意識が……なんとか、ならないのか?)

『これは……無理……エキドナが、いれば……』

 ランティエの意識がノルトの中で薄くなっていくのを感じる。

 その表情から何を読み取ったのか、クリニカが不敵に笑う。

「ウフフ。怖がってるね? ランティエ様が仰ってないかしらぁ? 今の私には敵わないって」
「言って、る……」

 遂に意識が混濁し始めた。

 彼の中からランティエの気配は完全に消え、それと同時に『俺様』だった興奮状態が解けた。

「あはっ。正直なノルト君、素敵よぉ」

 少し腰を屈め、唇が触れ合うほど顔を近付け、ノルトの目を見て口の端を上げる。

 その甘い匂いは完全にノルトを虜にする。

「ウフ……可愛い顔ね。闇属性の魔法勝負は私の負けだけど、この状態ならいつでも君を殺せるんだよ? 私の勝ちね?」
「あ……あ……」

 不意にノルトの目にマヤの姿が映る。
 赤い髪を爽やかに揺らせてニコリと微笑む。

「マ、マヤ……」
「ああん! 嬉しいなぁ。ノルト君が今見てるのは人化した私なのねぇ」

 いつでも殺せると言ったクリニカは、しかしそうしようとはせず、その代わりにノルトの顔を両手で挟み、ゆっくりと口付けをした。

 ノルトの目は半眼となり、素直にそのキスを受け入れる。

 それを見てまた嬉しそうにクリニカはノルトの唇を喰む。

「プハァ……フゥ……おいし……ねえノルト。私と契約しよう? ノルトはもう私に逆らえない。私は君の御主人様。どう?」
「うう……」
「一番の贔屓にしてあげるよ? リドちゃんからも助けてあげる。私といっぱい気持ちいいコト、しよう?」

 言われるがまま、遂にノルトが力無く頷く。

「ウフ。嬉しい」

 再びキスを重ね、舌を捩じ込んだ。
 暫くノルトの口内を味わっていたクリニカだったが、名残惜しそうに口を離すと、

「私の……血を、飲みなさい」

 吐息混じりに言った。親指を噛み、滲む赤い血をノルトに向け、

「『女帝』の契約は……絶対に破棄は、出来ないのよぉ」

 愉悦の笑みを浮かべ、その指をノルトの口元へ運ぶ。

(これでこの子は私のもの)

 そう思った瞬間、突然クリニカの視界が闇に閉ざされた。

 いや視界だけではない。

 匂いも耳も、皮膚の感覚さえ消え去った。

「ハッ! な、なんなの? ノルト君、また何かしたのぉ!?」

 クリニカの方向感覚が無くなった。

 今、どこを向いているのか、寝ているのか立っているのか、それすらわからない。

「いやこれは……まさかっ!」

 クリニカがその現象の正体に思い至った時。

 キラリと刃が光る。

 巨大な、死神が持つような鎌の刃だった。

 その持ち主はクリニカよりも少し薄い紫の肌、猫の様に細い瞳孔を持った少女。

 その身長と同じほどの黒髪の毛先は様々な方向へとくねる。

「ぶった斬れ、デスサイズ!」

 クリニカがそれと気付いた時にはもう、その首は胴から切り落とされていた。


「ハッ……はぁはぁ……」

 それと同時にマヤの幻覚と金縛りから解けたノルトが大きく息を吐き出し、地面に手と膝を付く。

 突然現れたマヤと濃厚な口付けをし、おうちに帰ろう? と言われたと同時に目が覚めた。

(何があった……一体……)

 息を整え、ふと目の前に落ちているクリニカの首を見て目を見開く。

「ク、クリニカさん!」

 愕然となった。

 自分は殺すつもりなど全くなかった。
 だが何故か彼女の首は胴と離れている。

 クリニカに伸ばしかけたノルトの手が途中でピタリと止まる。

 なんとその状態でクリニカの顔が妖しく笑いだしたのだ。

「ウフッ。もうちょっと、だったのになぁ?」
「も、もうちょっと? ……いや、クリニカさん、大丈夫なんですか!?」
「あら。まだ心配してくれるんだ。優しいね、ノルト君」

 ふとクリニカの首がゴロンと上を向き、その目が宙に浮かぶ美少女の姿を見る。

「やっぱりお前かぁ。ノルト君に夢中になり過ぎて気付かなかったわ……もう、私の邪魔ばっかりするんだからぁ」
「お前、ノルトを魅了したな?」

 不意にその少女の口から自分の名前が出、えっ? とその方を見る。

 見た事がない少女だった。

 が、どこか記憶の中の誰かと似ている様な、そうでない様な……と考えて「あっ!」とその正体に気付いた。

 首だけとなったクリニカが妖艶に笑い、突如宙に浮かび出す。

 目の前にいたノルトが腰を抜かし、尻餅をついた。

 少し離れた場所に転がっている彼女の肉体、その下腹の辺りが光り出し、そこから紫色の煙が立ち上る。

 不意に辺りがノルトですら感じる、邪悪な気配に包まれた。

 斬られた体の首から紫色の稲妻の様な光が出、クリニカの頭部と結ばれる。

 やがてその肉体は頭部に吸い寄せられる様に浮き上がり始めた。

「ウ、フッフフ。こんな短い間にまた会うなんて。やっぱり私達、相性いいんじゃなぁい? ……ドーンちゃん」

 ノルトの窮地を救ったのはファトランテでクリニカと戦った後、メルタノに向かっていたドーンだった。

「お前、不死身になったのか」
「ん? ……ウフフ。そうよぉ。永遠にエッチなことするためにね」
「チッ。化け物め」

 ドーンは再び鎌を薙ぎ払う。

 が、それはいまやクリニカの肉体全てを覆う紫の煙に弾かれた。

「精霊魔法のバリアをも断つデスサイズの一撃が効かんじゃと……クソッ、無敵状態か」

 そこで地上で彼女を見上げるノルトに気付く。

「仕方ない。ノルトの保護を優先じゃ。マクルル! 今なら大丈夫じゃ。今のうちに!」

 言うが早いか、どこからともなく現れた大男があっという間にノルトを掴んで小脇に抱え、そのまま猛スピードで走り出した。

 それはノルトが虹の館で見た半裸の魔人、マクルルの姿だった。

「マクルルさん!」
「久しぶりだなノルト。暫く喋るな、舌を噛む」
「は、はい」

 その2人の頭上には魔神化が解け、ノルトの記憶の中にある魔人状態に戻ったドーンが飛んでいる。

 ノルトが首を回しそれに気付くと、ドーンは片手を振ってパチリと可愛くウインクをした。









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