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永遠なる魂

093.赤毛の美少女

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(ど、どうしよう、き、来た!)

 逃げるか?

 いや今のノルトが到底逃げ切れるような相手では無い。

「見間違いでないのはわかっている。出て来い」

(どうする……どうする……)

 声がした位置から判断して、もはやロンギスはノルトが背にしている一本の木を挟んで目と鼻の先だった。

「出て来ないか。ならば……」
「ま、待って」

 こうなっては仕方が無い。

 無茶苦茶に槍でも振るわれようものなら死ぬしかないのだ。

 どうせなら少しでも生きる可能性がある方へと、思い切ってロンギスの目の前へ出た。

「子供か」

 目の前に出るとその不気味さがヒシヒシと伝わってくる。
 魔物の様な巨大な黒馬に跨り、表情の窺い知れない甲冑から覗く黄色い目と赤い瞳がノルトを射抜く様に睨む。

「先程私達を見ていたな? ここで何をしている」
「み、道に、迷っちゃって……」
「どこから来た」

 グッと答えに詰まる。

 土地勘がさっぱり無いため、迂闊な事を言えばすぐにバレて殺されるだろう。

 それよりもノルトにはひとつの疑問が頭の中を占めていた。

(僕を……覚えて、いない?)

 確かにロンギスが現れた時、ノルトは建物の奥にいて静かにしていた為、目立ってはいなかった。
 だがその後の交戦時は俺様となり、ロンギスのすぐ近くでマリッゾと戦っていた筈だ。

(ひょっとしてテイムされている間の記憶がないんじゃ)

 そう思い至る。

「どうした答えんか」
「い、いや、それが記憶になくて」
「なに?」
「どこかで頭を打ったのか、よくわからないんですけど、少し前の記憶がないんです」

 川で目覚めた時、ノルトの記憶は混濁していた。その時の気持ちで言う。

 するとロンギスが低く唸り、黙る。

 実はロンギス、ノルトの予想通り、フュルトでの記憶がリドが現れた後辺りからなくなっていた。

 気付けば辺りは噴火でもあったのかというほど溶岩で溢れており、自身の腕も焼け落ちてなくなっていた。

 同じ様に倒れていたマッカ、ユークリア、マリッゾ達を助け、時間をかけて体を癒していた。

「そうか。城の方に来ても貴様は入れない。このまま森を進め。ドールという村がある。まずはそこに行き、これからどうするか考えればいい」
「あ……ありがとう……ございます」

 ノルトが頭を下げるとロンギスは振り返り、帰って行った。

(し、信じた……?)
(しかも僕がどうすればいいかも教えてくれるなんて)
(なんか全然悪い人じゃなさそうな気がする)
(なんでマッカなんかの手下なんだろう)

 ノルトはもう一度頭を下げると、ロンギスの言う通り、ドールの村を目指す事にした。


 ◆◇

 すっかり日も暮れ、空腹が音となってノルトに訴える。

(うう、お腹、空いた)

 腹を押さえ、本当に村なんてあるのだろうかと思い始めた時、前方から悲鳴が聞こえて来た。

「嫌だぁ!」

 女性の声だ。

(誰かいる)

 空腹を忘れ、急いで走った。

 オークだ。
 大柄のオークが2体、ひとりの少女を襲っていた。

「や、やめろ!」
「あ?」

 低い唸り声のような声で言い、振り向いた。

(しゃ、喋った……!)

 2体のオークはお互いの顔を見合わせ、笑う。

「こりゃまた可愛い男の子だな。俺、こっちにするぜ」
「そうか。なら後で交代だ」

 何を言っているのかわからないが、どうやら標的のひとりとなってしまったらしい。

「そ、そこの方、大丈夫ですか!」

 木の幹の下に倒れている少女に向かって叫ぶ。

「う、うん」
「今から、助けます!」
「え、え?」

 その少女からすれば自分より幼い子供が何を言っているのかと思った事だろう。

(大丈夫。やれる。今までネルソ様に教えてもらった魔法は身に付いている、はず!)

 暗示をかける様に言い聞かせる。

 俺は男の子にする、そう言った1体が両手を上げて迫り来る。
 その手を掻い潜り、背後に回った。

(クッ! やっぱり力が湧いてくるあの状態にはなれないか……でも!)

 少女を襲う1体はノルトに背を向けている。そこに狙いをつけた。

「炎弾!」

 ノルトの手から3発の火炎を纏う球が発射された。
 普段とは違い、彼の拳大ほどしかないが、それは見事にオークの背に命中し、瞬く間に体内から焼き始めた。

「ぐおあああ!」

 少女はそれを見て見事にゴロゴロと回転してその場を脱出した。そこに全身火で覆われたオークが倒れ込み、すぐに動かなくなった。

「てめえ!」

 すぐさまもう1体がノルトを襲う。

「炎弾!」

 再び火の球を放つ。

 だが予想外に機敏なオークがそれを避ける。

「え!」
「え、じゃねえよ。そんなトロい魔法喰らうかっての」
「く、くそ!」

 転移を心で念じるが発動しない。

(エキドナ様がいないと使えないのか……?)

 捕まってしまった。

 押し倒され、馬乗りされる。

「う……お、おも……」
「重いかい? ボクちゃん。まあすぐにそれも含めて気持ちよくな……」

 バキッ!

 大きな打撃音と共にオークがノルトに覆い被さった。

 何が起こったのかわからない。
 が、なぜかオークはそのまま動かない。

 オークの胸の下で何とか出ようともがく。
 が、その重い体は全く動かない。

(く、苦し……)

 遂に呼吸すら辛くなって来たその時。

 ノルトの顔の横に丁度先程の火炎球と同じくらいの直径の木が差し込まれた。
 それは暫くグリグリとノルトの近くを弄っていたがやがてグイッと重いオークの体を持ち上げた。

「早く……出てっ!」
「は、はい!」

 それはノルトが助けた少女だった。

 大きめの石をかまし、テコの原理でオークの体を持ち上げていたのだ。

 体を引きずりながら何とか脱出に成功する。

 空腹も手伝い、そこで疲れ果て仰向けにゴロンと寝転がった。

(ぼ、僕ひとりだとオーク1体倒すのが限界、なんだ……)

 オークは弱くない魔物とは言え、マリッゾやリドともやりあったノルトにしてみれば、それはかなりショックな事実だった。

 現実を見せつけられたノルトの視界にヒョイと少女の顔が飛び出した。

「うわっ」
「ひえっ! なに!?」
「あ、いえ、ごめんなさい。驚いちゃって」

 オークが倒れてきた時に痛めたのか、脇腹辺りが激しく痛む。

 それを堪えながら上体を起こす。

「痛そうだね。ちょっと待ってね?」

 少女は眉を寄せ、ノルトのボロボロのシャツを捲る。

「うわぁ……腫れてるし、内出血してるし……こりゃあ骨が折れてるね」
「そうですか……まあ、でもこのくらい大丈夫です」

 ノルトが言うと少女は怒った様な顔をしてノルトの顔に近寄った。彼女の甘い匂いが鼻腔を占める。

「大丈夫です……な訳ないでしょ! あたしが治してあげる」
「え? ヒーラーなんですか?」
「じゃないけど真似事がちょっと出来るの」

 少女はノルトの横に体を移動させるとその体を優しくそっと抱き、脇腹に手を当てた。

 すると不思議な事にその部分の痛みがどんどん消えていく。

 それはサラの治癒ヒールとはまた違う、何とも心地の良い治癒だった。

 いつしかノルトは頭を彼女に預けていた。

 それに気付き、慌てて頭を離す。

「す、すみません!」

 少女は驚いた顔をしてノルトを見返した。が、すぐにニコリと笑う。

「いいんだよ。こっちおいで?」

 そう言う彼女の顔を初めて間近ではっきりと見た。

 あまり異性に興味があるとは言えないノルトからしても可愛いと思える少女だった。

 髪は爽やかな赤毛で首に掛かるくらいの短髪だった。歳はノルトよりもひとつ、ふたつは上、アンナと同じくらいだろうか。

 だがどこか大人びていて、

(なんだか……人の時のロゼルタさんが可愛らしくなったみたい……)

 髪の色も顔の造りも全然ロゼルタとは違うのだが、どこかそんな雰囲気を感じ取り、うっとりと見惚れてしまった。

「ちょ……あんまり見ないでよ、恥ずかしい」
「あ、ごごご、ごめんなさい」
「ふふ。すぐ謝るんだね」

 少女はクスッと笑う。その仕草も可愛らしい。

「ところでこのオーク、なんで倒れたんですか?」

 ノルトの上に倒れて来たオークを見ながら聞いた。

「あたしが後ろから殴ってやったんだ。その棒で」
「えええ? す、凄い」

 背後からとは言え、棒切れでオークを倒すなど考えられなかった。

「えっへっへ。力はちょっとあるんだ、あたし」

 細い腕を捲って笑う。

「そうなんですね……ありがとうございました」
「へ?」

 少女がキョトンとした目でノルトを見た。

「え、なにかおかしかったですか?」
「いや、だって……助けてくれたの、君だよね」

 ん? と考え込む。
 そう言われるとそうかも知れない、と思ったがノルトが何か言うより早く、彼女が言った。

「ありがとう、助けてくれて」
「い、いやいやとんでもないです。僕の方こそ」
「私はマヤ、あなたは?」
「ノルトと言います」
「どこに行くの?」
「取り敢えずはドールの村というところに行こうと思ってます」
「そうなんだ! あたし今、その村にいるの。よかったらうちに来てよ。お礼したいし、晩御飯くらい、出すよ?」
「いや、いいい、いいですいいです」

 遠慮したノルトの腹が『晩御飯』の言葉に反応し、ぐぐぐぅぅぅと鳴った。









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