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永遠なる魂

090.逆上のノルト、そして魔王消滅

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 リドが上段に剣を構えた。

 いつもの如く、勿体ぶらずにすぐに振り下ろす!

 だがその時。

 轟音が鳴り響いた。

 リドの足元から間欠泉の様に強力なエネルギー波が飛び出し、避ける間も無くそれに押し上げられたリドはロン=ドゥの内蔵の上部にめり込んだ。

「あ……?」

 すぐ側で見ていたロゼルタの目にも何が起こったのかわからない。

 だがすぐにそのエネルギー放射の主がわかった。

「ノ、ノルト……」
「ロゼルタ!」

 下からのエネルギー砲によって開いた穴から飛び出して来たのは髪を逆立てたノルトだった。

「大丈夫か……は、は? ま、待て」

 ロゼルタの姿を見たノルトの目が千切れんばかりに見開かれた。

「ロゼルタ……ロゼルタ!」

 両腕を失い、足首から先もなく、彼女とリドの返り血で全身血塗れとなっているロゼルタを見てノルトの顔が歪む。

「ロゼルタ……なんて姿に」

 ノルトの目にはエキドナが宿り、暗闇など関係無く全てがくっきりと鮮明に見えていた。

「バッカ、ヤロー……なんで来たんだ」
「当たり前だ。お前は俺が助けるって言っただろ!」
「あたしは……あたしはお前が後にいるから死んでも悔いはなかったのに……お前が来たら全部台無しじゃねーか……」

 リドに何をされても悲しまなかったロゼルタの目から大粒の涙が堰を切ったように溢れ出た。

「リドか。あのヤローだな? お前をこんなにしたのは」
「あ、ああ。お前がさっきぶっ放した魔法で上にぶっ飛んだが、奴は死んでねー」

 ノルトはロゼルタを抱き寄せ、その髪に鼻を擦り付け、そこから頬擦りをし、首を振った。

「遅くなってごめん。ごめんよロゼルタ。後は俺に任せろ。ぶち殺してやる」
「何言ってんだノルト、あたしが言いたいのは……」
「ロゼルタを! こんなにした奴を! 俺は許さないっ!」
「ノルト……」

 ドスッ。

 リドが飛び降りて来た音だ。
 それを見てロゼルタが懇願する様にノルトに言う。

「頼む。お前だけなら逃げられるはずだ。逃げてくれ」

 だがそれに答えたのはリドだった。

「いーや、逃がさない。俺にこの様な真似をして逃げられると思ったら大間違いだ」
「ああ?」

 ロゼルタから体を離すとキッとリドを睨み付け、ノルトが一歩前に出た。

 濃く、明るい黄色の霊気を全身に纏い、所々がキラキラと光る。

「逃がさないのは俺の方だこのクソヤロー。よくもロゼルタをこんなにしやがって。簡単に死ねると思うな」
「生意気な口を……」

 チャキ、と剣を握り締める音がする。

 不意にノルトの頭にネルソの声が響く。

『ノルト。お前の怒りはよくわかるが、ここはロゼルタちゃんの言う通り、逃げよ』

(何だって?)

『奴は殆ど見えていない。彼女を連れて余達が通って来た下の内蔵に転移すれば、後は転移で逃げ切れるはずだ』

(…………)

『まだお前は余達を使いこなせていない。余が前に出ても以前と同じ結果になろう。まだ時が来ていないのだ』

(黙ってろ)

『……やれやれ』

 ノルトの霊気が辺りを照らし、逆に視界が良くなったリドが躊躇なく一瞬で踏み込んだ!

 同時に下段に構えていた剣を目にも止まらぬ速さで振り上げる。

 だがノルトの姿が消えた。

「フン。また転移でコソコソと逃げるか」

 リドの顔に嘲笑が浮かぶ前に、ノルトは全く同じ位置に現れた。

「なに!?」

 今いる場所から今いる場所への転移。

 それは転移のラグを逆手に取ったノルトの新技と言えるものだった。

「逃げるかバカヤロー! 出て来いネルソ!」

 右腕を伸ばすとその先から噴き出された青いガスが瞬時に魔王ネルソの形になる。

「『絶雷』!」

 刹那、雨の如く降り注ぐ巨大な雷!

 一撃一撃が『雷撃』を遥かに上回る威力の雷が間断なく発生する。しかもその量は『落雷』の比ではない。

 それは暫くの間、続け様に落ちる雷によって辺りが真っ白になる程だった。

 リドがどこに逃げようが関係無い。

 しかもその絶雷が発動中に、ノルトは次の詠唱を始めた。

「そのまま行くぞネルソ! 古の魔神、炎のヘレナよ! 我が怒りを地獄の炎に変え、燃やし尽くせ!『ヘレナの炎獄』!」

 青いガスのネルソの姿が両手を広げ、揺らめく。

 見える範囲の一帯から魔界の炎が一斉に発生し、燃え盛る!

 それはまさに、火の海と呼ぶのに相応しいものだった。

 未だ続く雷の音に混じって囂々と肉の燃える音と匂いが充満した。

「お、おお、ノルト……お前、いつの間に……」

 目を丸くしてその光景に見惚れていたロゼルタがポツリと呟いた。

『気が済んだろう? もう逃げろ。これは余の命令だ。これ以上はもうロゼルタを救えなくなるぞ』

(…………)

 ネルソの諭す様な声が聞こえる。

 ロゼルタを振り返ると足は治癒が終わり、徐々に腕も再生中だった。

「わかったよ」

 そうは言ってもあとひと押しでは、とノルトは考えていた。
 見た目にはそう思える程の派手な魔法だった。

 上から雷の雨、下から炎の二重苦の中、ゆっくりと歩いてくるリドの姿が見えた。

(な、なんだアイツ……まさかダメージを受けてない!?)

『いや受けている。ただ不死力、再生力が桁外れなのだ。あれをどうにかしない限り、勝ち目は無い』

(クッ)

『言ったろう。ロゼルタを連れて逃げろと。そもそも今くらいの魔法ですんなり倒せる奴であればロゼルタちゃんはあそこまでやられはしない』

 その言葉はなるほど確かに、と腑に落ちた。

『余達が出てきた穴はロン=ドゥの再生力で塞がった。形も変わっている様だ。エキドナの目があっても肉塊だらけの中、距離感がわからない状態で転移で突入するのは危ない。彼女の目で最も外に近い位置を目指せ』

 そこまでのやり取りを一瞬で済ますと、振り向き様、両手で掬う様にロゼルタを抱きかかえて走り出した。

「ま、待て、ノルト。あたしはもう自分で……」
「いいから最後まで助けさせてくれ」
「ノルト……」
「遅れて本当にごめん、ロゼルタ」

 走りながらポロポロと涙を溢したノルトはロゼルタの肩に顔を埋めた。

「な、なんだよ、遅れてねーよ。あたし、助かってるからさ」
「……」

 困惑顔で何とか笑うロゼルタだったが、やがて顔を上げ、悲しげに、切なげに涙を流して彼女を見つめるノルトの顔を見て何とも言えない感情を覚えた。

(えっ、えっ、あたし……えっ?)

 だがそんな事を考える暇をリドは与えなかった。

 ノルトが目指していたのはロン=ドゥの内蔵の壁。
 エキドナの目はその先に外がある事を既に見抜いている。

 もうすぐでそれに辿り着くという時、気付けばリドはノルトのすぐ後ろに迫っていた。

「ノルトッ! 後ろだっ!」

 ノルトに抱かれたロゼルタがそれに気付き、叫ぶ。

 雷と炎で黒く焼け爛れたリドはノルトに振り向く時間を与えず剣を振るう。

 次の瞬間リドの剣は空を切り、彼自身、いつの間にかノルト達を追い越していた。

 またも転移だ。

 ノルトは前方に逃げるのではなく、逆にリドの後ろに飛んだ。

「必死で逃げていると思ったか? 引っ掛かりやがって」
「小僧がぁぁぁぁ!」

 リドが振り返り、再び剣を振り上げた!

 瞬時に今度はノルトの背後に現れるネルソの大きな青い影が、手のひらをリドに向ける。

「貫けッ!『闇の武神ゼタの魔轟砲』!」

 ネルソの手のひらから飛び出した恐るべきエネルギー波は、ノルトが現れた時のそれと同じものだった。

 それはリドを貫き、ロン=ドゥの体に穴を開け、その少し先に青空と木々が見えた。

 既にダメージが深かったリドはそれを避け切る事ができず、左肩から腰の辺りまで、まるで巨大な魔物に食われたかの様に削り取られた。

(やったか?)

『見た目程のダメージはない。黒焦げの状態で追って来たのを見ても分かるだろう。深追いすると必ず手痛い目に遭う。逃げるなら今しかない』

 確かにネルソの言う通り、あんな瀕死の状態だというのに負っていた火傷がどんどん治癒していくのがわかった。

(クソッ!)

 両膝を折り、膝立ちとなるリドの横を通り、魔轟砲で出来た外へと続くを走った。

 その端まで来ると、ようやく外の状況が分かる。

 口の位置で見たよりも木々が更に低く見える。

 つまりここは地上からは見えなかった、ロン=ドゥのなのだ。

 そこから周囲を窺う。

 辺りには竜の尾のようなものや黒い手は見えず、代わりに無数の白い手と白い羽根、空にはロン=ドゥの巨大な羽根と思われる一部が見えた。

 少し離れたところには不気味で巨大な人の顔の様なものがチラリと見えた。

「よし、ここからなら……」
「どうするんだ?」
「転移を繰り返して地上まで降りよう。着地の瞬間、衝撃を無くす魔法を使う」
「そ、そうか……なあノルト、も、もう下ろしてくんねーか?」

 顔を赤くしたロゼルタがノルトに言う。

「ダメだ。離れたら魔法の効力が……」


 直後 ――


 時の流れが遅くなった。

『超加速……すまんノルト。余ともあろう者が気付けなかった』

(どうした?)

『大ピンチだ。瞬きも出来ぬ間にリドの剣が到達する』

(な……)

 全く気配がしなかった。

 だが確かに先の尖った物がゆっくりと背中を突き刺してくる感覚を覚える。

(て、転移……)

『ダメだ。発動より剣の方が早い』

(クッ……どうすれば……)

 ネルソから諦めたような口調が響く。

『ここまでか……ま、仕方あるまい。ノルト、後は頼んだ。余と代われ』

(か、代わる? い、いや待て、お前なら大丈夫なのか!?)

『わからんが多分ダメだろうな。奴の剣はただのそれではない。前もこれでやられた。取り敢えず余がやられておく。後は頼む』

(待っ ――)

 時の流れが戻りだす。

 赤く光るその目は魔族である事を示す。
 ネルソが再びノルトを抑えて表に出て来たのだ。

「むっ! ネルソか!」

 半身が削れたリドがノルトの気配の変化に敏感に気付く。

 だが言うより早く、リドの剣がノルトの小さな体を貫いた。

「しめた。もう逃がさぬ。絶対にここで仕留める」
「全くしつこいヤローだね。余と一緒に飛び降りるか?」
「いいや、死ぬのはお前だけだネルソ。魔剣『魔喰』で今度こそ取り込んでやる」

 何が起きたかようやく悟った顔付きのロゼルタをネルソは腕から離した。

 目を見開き、下へと落ちてゆくロゼルタを見ながら、念話を送る。

(『形代』をかけて、おいた。地面に激突と同時にそれが砕け、ロゼルタちゃんは無事、なはずだ。後は、頼む。ノルトは余が、殺させは、しない)

『ネ、ネルソ様っ!』

 あっという間にロゼルタは見えなくなっていく。

「これは……クク。エキドナも見つけたぞ」
「……!」

 ニヤリとするリドと正反対に、ネルソがしまったという顔付きになる。

「引き摺り出してやりたいところだが仕方がない。抱けないのなら殺すしかないな。喰らえ、『魔喰』!」

 リドの剣が黒く光り、ノルトの目から正気が失せた。


 それと同時に。


 ノルトの左首筋にあった青い痣、胸にあった赤い痣が音も無くスッ……と消える。


 リドが剣を引き抜くとノルトの体は力無く崩れ、ロゼルタと同じように地上へと落ちて行った。


 やがてリドの高笑いだけが響き渡った。








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