上 下
26 / 154
口の悪い魔人達と俺様ノルト

026.俺様ノルト(7) ブチ切れラドニー

しおりを挟む
 ミノタウロスの斧で背中を割られた合成魔物キメラは痛みからか激しくもがき、のたうち回る。

「アンナ、お前……」

 ロゼルタが1体の合成魔物キメラの首を掻き切ると同時にアンナに目をやる。

「これは世にも珍しい力じゃ。連れて来て正解だったのう」

 初めからアンナを連れて行く事に肯定的だったドーンは喜色を浮かべ、合成魔物キメラに向かって『死霊召喚』と呟いた。

 刹那、合成魔物キメラ達の背後に青黒い影が5体現れる。殆ど輪郭を持たないそれらは、朧げにだが骸骨の様な顔とローブの様なものを羽織っている様に見えた。

 実体を持たぬ浮遊悪霊スペクターは「キャー」と途轍もなく高い声で鳴くと、それぞれが合成魔物キメラの中に1体ずつ入り込む。5体の合成魔物キメラ達は途端にキシャアアアアッと苦しそうに声を上げるとバタリ、バタリと倒れ、息絶えた。

 一瞬で5体もの合成魔物キメラを葬ったドーンだが、

(人の体は想像以上に弱いのう。魔力まで落ちておる)

 そんな事を考えていた。

 ラドニーはその光景を見て「死霊使いネクロマンサーか」とポツリと言った。だがまた細い唇から牙を覗かせる。

「でも、弱い弱い。クリニカ様はおろか、私と比べても弱過ぎるよ」

 ドーンは悪そうにニヤリと笑うと、

「ではひとつ、魔力対決といこうか? 偉大なるの弟子じゃ。少しは楽しめるかもしれん」

 ラドニーを挑発する様に言った。その裏にはこれ以上、ノルトに害が及ばない様にとの意図があった。

「いんら……クリニカ様を、そ、その名でぇぇ、呼ぶなあぁぁ!」

 ラドニーは突如、人が変わった様に叫ぶ。細い身体をくねらせ、髪を振り乱し、ハァハァと息を荒くすると、

「気が変わった。黒髪の小娘、お前は殺してやる。1人位構わんだろう」

 目を血走らせて言う。


 一方、マクルル。

 ゼルモアの一撃を防いだ後、彼に誘われるフリをしながらテスラと少し離れた位置までうまく誘導していた。なぜならゼルモアの攻撃の仕方があまりにも滅茶苦茶だったからだ。

 周囲にあるなど無いものの様に暴れ狂う。そこに何かあろうがなかろうが、それによって斧の軌道は変わらない。

(全員が相手でもと言っていたが、確かに対多に向いている)

 今は人間だが、そこはやはり元魔人の最強格、斧程の重い武器ではいくら力が強く、間断なく振り回していてもマクルルの目には隙は多い。

(偽の隙も混ぜているな。戦いに慣れてはいるらしい)

 その隙を突けば見事にカウンターを食らってしまうフェイク。それを見抜いた上でマクルルの大剣は、ゼルモアの太い首をごくあっさりと斬り落とした。

 ニヤリとした表情のまま、ゼルモアの首がゴロリと床に転げ落ちる。断末魔すら上げる事が出来ずに彼は絶命した。

 だがそれとほぼ同時に強烈に感じた悪寒。

(なんだこの気配……む、まさか!)

 それと気付いたマクルルは全員に向かって大きく叫んだ。



 その少し前。

 ミランの槍の連撃を捌きつつ、効果的に剣を繰り出し、一方的な展開にならない様に工夫していたテスラだったが、達人ミランが操る槍捌きに少しく苦労していた。

 その長さは通常のそれに比べてかなり短く、剣3本分程度の長さしかない。
 だが屋内の接近戦ではその差は途轍もなく大きい。無論、振り回す様な攻撃は出来ないものの、ミランは的確にテスラの顔、体を狙い、突きまくる。

 どう対処したものかと考えた時、ラドニーが高らかに言う。

「よし行けっ! 標的はあそこにおる奴らだ!」
「キッシャアアアッ!」

 多数の合成魔物キメラ達が吠え、ロゼルタやノルトがいる方へと放たれた。

(ドーンにロゼルタがいりゃあ何とかなるだろ。まずは目の前のこいつだ)

 助けに行くにしてもこんな強敵を引き連れて行く訳には行かない。確実に倒しておく必要があった。

(槍との戦いは懐に飛び込むに限るが)

 器用に穂先を避けながら、ミランの腰を視界の端に入れて、長剣を持っていない事を確認する。これならば、と腹を括る。例え懐に短剣を忍ばせていたとしてもテスラの大剣には関係ないだろう。

 よし、とタイミングを測り腰を落とした時、

「……名付けてラドニー様特製呪術式自動扉!」

 後方でギギギ、と鉄格子が開く音を彼の耳が捉える。

(まさか魔物も解き放ったか!?)

 それに気を取られたテスラの踏み込みが少し、ほんの少しだけ甘くなった。

 ミランが槍を引き戻すのに合わせて踏み込むと、目の前の槍を下から薙ぎ払う。
 その後はかち上げた槍の下を潜って突き刺すだけだ。穂先ではなく手元に近い部分であれば先程の様に突きが飛んで来る事はない。

 だが初手の薙ぎ払いは文字通り宙を切った。
 あろう事か、その槍はテスラが斬るまでもなく、自ら切り離されるように落ちていき、短くなった先の部分には新しい穂先が現れた。恐らくはミランの手元にある何かの仕組みによって。

(くそったれ!)

 体勢を崩しながらも突進するテスラに、今度はミランが合わせる様に半分以下の長さになった短槍を少しだけ手元に戻すと瞬時にテスラの眉間に向けて次の一撃を繰り出す。

(避けきれねえ!)

 直後、ブッシュウゥゥと血の噴水を上げながら息絶えたのは……ミランだった。

「このヤロー、今のはヤバかったぜ」

 すんでの所で歯を食い縛り、何とか頭だけを横に動かした。こめかみの辺りはざっくりと切り裂かれたものの彼の剣は確実にミランの喉元を深く貫き、真横に切り裂いた。

 だが余韻に浸る時間は無かった。

「気が変わった。黒髪の小娘、お前は殺してやる。1人位構わんだろう」

 ラドニーのその声でハッと我に返る。瞬時に辺りを見回し、状況を把握する。

(ラドニーとドーンが対峙しているな)

(ロゼルタは合成魔物キメラを倒し終わった様だ)

(ノルトとアンナは……あれはミノタウロス? 何だ? 仲が良い様だが?)

(マクルルもあのデカブツを倒したようだ。ありゃ? 棒立ちだぞ?)

 取り急ぎノルトの所へ、と足を向けた瞬間、そのマクルルが叫ぶ。

「退却するぞ。ネイトナが来る!」

 全員が一斉に顔を見合わせた。
 ラドニーは配下の2人が倒されているというのに余裕の笑みを浮かべ、

「おや? さっきまであれほど強気だったのにここまでかな? でも残念。許さないよ、特にクリニカ様を愚弄する奴は絶対に」

 両手を横に広げながら言うと、床という床から食屍鬼グール死霊レイスが大量に湧き出した。

「ケッ。時間稼ぎか? いちいち相手してられるか。おい、お前ら行くぞ」

 テスラが剣を振り回し、死霊達を薙ぎ払いながら先頭を走り、壁へと向かう。出入り口が遠い為に近場の壁をぶち破るつもりだ。

「『闇の手の捕縛』」
「ムッ!」

 ラドニーが繰り出したのはかつてクリニカが次元魔導王エキドナの足を止めた、強力な歩行不可のデバフ魔法だ。

 これにはドーンの顔色もサッと変わる。
 テスラは高く飛び上がろうとするが床から這い出た数十本の黒い腕はそれを許さなかった。

「驚いた。腐れクリニカ程ではないにしろ、この魔法を使えるとは」

 ロゼルタが毒付くのをラドニーは聞き逃さなかった。

「く、く、く、くさ……れ? おおおおお、おのれも殺してやるぁ!」

 もはや目の焦点が合わない程に錯乱したラドニーの頭からは、ネイトナからの『拘束せよ』という指示は既に消え去っていた。


 そしてノルト。

(エキドナさん……起きて、エキドナさん)

 彼は必死に自身の内側に向かって問い掛けていた。









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...