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第2章 超人ヒムニヤ
アデリナのターン(1)
しおりを挟むヒムニヤの言葉通り、俺達は彼女をパーティに加え、それからきっちり3日後に出発した。
クラウスはその3日間ですら待てなかったようで、夜はずっとヒムニヤの講義を受けていたようだ。夜更けにあの超絶美女と二人きり……ブルブル! 俺なら何も耳に入ってこないな。
クラウスと同じく、リディアもエルナのために用意された部屋に篭りきりだった。
そうして出発してから10日たったある日、日も落ちかけた頃、事件が起こる。
「みんな、構えろ」
いつものように敵意センサーによる備えから、先制攻撃をし、苦もなくモンスターを掃討する。
全て倒して敵意が無いことを確認し、剣を収めた時、
ガスッ!
ドスッ!!
「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
悲鳴が上がる。
あの高い声はアデリナか。
「どうした!?」
「マッツ! アデリナが、谷に落ちた!!」
「なんだって!?」
あんな身軽な子が、そんなドジを踏むなんて……!? いや、そんな事を考えている場合ではない。
しかしタイミング悪く、再び敵意を感知してしまう。
「みんな、また敵襲だ!」
「マッツ、アデリナを!」
「エルナ……」
「大丈夫だ。行ってやれ。ここは俺達で充分だ」
俺の方を見ずにヘンリックも言う。リディアを見ると、何か複雑な表情をしながらも、うん、と頷く。
「……わかった。じゃあ、頼んだぞ」
モンスターの掃討をみんなに任せ、谷へ向かおうとした。
「待て」
不意にヒムニヤに呼び止められる。
「ん?」
「これを持って行け」
渡されたのはポーションだ。
「あの娘がいくら身軽とはいえ、谷に落ちたんだ。無事とは限らん。持っていけ」
「わかった。ありがとう」
ヒムニヤからポーションを受け取り、リュックにしまって大急ぎで谷へ向かう。
見ると、数十メートルの深さの谷がある。すぐ側にこんな危険なものがあったのか! エルナもヒムニヤも、この谷の存在を知らなかったのか? 特にヒムニヤが知らない筈は……
参ったな。どうしたものか。
ええい。悩んでる場合じゃあない。この高さだ。のんびりしているとアデリナがヤバい。
「でやっ!」
飛んでみたぜ!
物凄い速さで落下する。当たり前だ。こんな勢いで落ちたアデリナが心配だ。早く助けないと!
落ちながら空中を舞う剣技を詠唱する。
「風竜剣技!『翔』!」
竜巻が発生し、俺の体を持ち上げ……ない!?
「な……ええ!?」
発生する筈の竜巻が、出ない。
げげ、ちょっと待て! これはヤバい!!
崖から生えている枝を必死で掴む。
バキィ!!
敢え無く折れる。が、枝はいくらでもある。ひたすら掴む。折れる。掴む。折れる。枝に突っ込む。
バキバキバキバキッッ!!
ドッゴォォォォォォン………………
いっててて……。
「こんなの……ただの飛び降り自殺……じゃないか」
とは言え、途中、枝を掴んだおかげでかなり失速した。最終的に枝を突き破ってから地面に激突したのも幸いだった。
やれやれ……しかし、何とか降りた。
落ちた、とも言うが。
「アデリナ! アデリナ!!」
俺と同じように落ちたのなら、この辺りにいる筈だ。叫びながら付近を探す。
谷底は中央に浅い川が流れており、そこを避けて砂利が少し混じる硬めの土の上を歩く。
それ程離れていない筈、とヤマを張り、付近を入念に探す。
所々に大きな岩や木があり、その陰にいないか、引っかかっていないか、覗き込む。
そして、見つけた。
一際大きな木の根元で、横たわっている。
「アデリナ!!」
どこを打っているかわからない。ゆり起こす訳にはいかない。
俺より数倍、身軽な子だが、よくて全身打撲、悪けりゃ骨折、最悪は……。
いや、大丈夫だ。胸が上下している。生きている。
「アデリナ……アデリナ…………」
続けて声を掛けてみる。
見ると顔が傷だらけだ。可哀想に、お人形さんのように愛らしい顔に切り傷が沢山出来ている。
ざっと全身を見た所、枝が引っかかったのだろう、衣服があちこち破れているが、腕や脚は変形してはいない。
ヒビくらいは入っているかもしれないが、上に戻ればツィ系魔法を極めた超人様がいる。取り敢えず、生きていれば大丈夫だろう。
1、2分ほどそうして声を掛けていただろうか。
ふと、
「……う……うぅん……」
アデリナの吐息が漏れる。
「アデリナ!」
「う、マッツ……にーさん……あ、あたたた……」
「よかった! 気が付いたか! どこだ!? どこが痛む?」
「……身体中……」
う~ん。そりゃそうか……。
「ごめんね……。ドジっちゃった……」
「気にすんな。誰でも失敗位するさ」
「あっつつ……」
痛そうだな……あ、そうだ! 行きがけに貰ったポーションをリュックから出す。
「アデリナ、これを飲むと良い。ヒムニヤに貰ったポーションだ」
「ん……」
ん? 手が上がらないのか?
「腕が……痛いんだ……」
ありゃりゃ……アデリナがこんな事言うなんて、かなり珍しい。よっぽど痛いんだろうな。
まあ、そりゃそうだよな。普通に転落事故だからな……。
「……飲ませて……」
「あ、ああ……」
ポーションを口元に運び、少しずつ口を湿らせてやる。
数分かけて、規定量を飲ませる。
「どうだ?」
「うん。結構……楽になったよ」
「そうか?」
うーん。イマイチそんな感じには見えない。
「座れるか?」
「うん」
起き上がるのを少し助けてやる。木にもたれかかり、チョコンと座るアデリナ。
「身体の痛みはなくなったよ。もう大丈夫」
ニコリと笑うが、どこか痛々しい。自慢の金髪もボサボサだ。う~ん。どうしたものか……。
時間がたてば元気になるだろうか。
「まあ、今はヒムニヤもいるしな。合流できればすぐ良くなるよ。今すぐ頑張ろうとしなくてもいいぞ?」
「うん」
キ―――ン……
こんなタイミングでか……ちっ……。
「アデリナ、敵だ。ここでじっとしていろ」
「わかった。ごめんね、マッツにーさん」
「気にするなってば」
シュタークスを携え、敵意の元だったジャイアントバットの群れを追い払う。まあ、このレベルは剣技を使わなくとも朝飯前だ。
だが―――
敵意がやまない。
いや、むしろ、増える。
バタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタ……
見上げると崖の途中にある横の小さな穴から、ジャイアントバットが次々と飛び出してきている。
「げ!」
数は数百、数千にのぼりそうだ。夕方、且つ、只でさえ暗い谷底が更に暗くなる。
これはまずい。
俺がやられる事はないにしても、いつアデリナに牙を向けるかわからない。
「青竜剣技!『飛』!!」
蝙蝠に向かって拡散攻撃を……と思ったが、出ない。単に叫びながら空中を斬る変な人になってしまった。
やっぱりか。
落下の時に剣技が発動しない時点でおかしいと思ったんだ。
ここは……この谷は『魔力無効』の場所か―――
この世には、不可思議な力によって、魔力が全く効かない場所、地域が存在する。
タイミング悪く、ここがその1つなのだ。
結局、俺はアデリナを背負い、近くに落ちていた彼女の大弓を肩に引っ掛け、身を潜める事の出来る場所を求めて、谷底を移動する事にした。
俺達の仲間は皆、頼もしい。その内、見つけ出してくれるだろう。
それよりも直近の身の安全だ。
魔力無効とわかった以上、広いところにいるのは不利だ。四方八方から数を頼みに来られてはアデリナを守りきれなくなる。
アデリナを背負い、どれ程、歩いただろうか。都合よく、小さな横穴が見える。
「見ろ、アデリナ。洞窟だ。あの洞窟に入ろう」
「うん」
急ぎ、走り寄り、中に入る。
中は狭い。直径1メートル半位だろうか。奥もそれ程、長くなく見渡せる所までしかない。危険が少なく、好都合だ。
当然、中は真っ暗だが、ランタンをつければ問題ない。
これでひとまず安心だ。
入り口だけ見張っていれば良い。
それよりもアデリナだ。
背中から下ろし、洞窟の壁を背もたれにして座らせる。
「アデリナ、どうだ? どこか痛むか?」
「うん。ちょっと足首がヤバい感じ……」
言われて、ふと足首を見てみる。
さっき見た時には無かった筈だが、きっと背負って移動している最中に腫れてきたんだろう。右のくるぶしの辺りが少し腫れている。足から着地したんだろうか。
ブーツの上から見て分かるくらいだから、中は相当、腫れているだろう、と簡単に想像できる。
「うわわわ……すまん、アデリナ! これ……痛かったろう……」
「うん」
何故か、微笑みながら肯定する。
「ちょっと待ってろ」
「うん」
洞窟から出て、谷底を流れる川まで行き、水筒に水を汲む。川の水が冷たくて助かる。最後にタオルを水で冷やして持ち帰った。
見上げると、ジャイアントバットの大群は俺達に興味を無くしたようだ。好き勝手に飛び回っている。……助かった。今は蝙蝠どころではない。
急いでアデリナの元に戻る。
「さて……どうしたものかな……」
「大丈夫だよ、応急処置して?」
「え? ああ……じゃあ、ブーツを脱がせるぞ」
「うん」
ブーツの紐を解く。
「あぅっ! いったた……」
痛いよな……。頑張れ、アデリナ! 心でそう応援しながら、アデリナの表情を見つつ、紐を最後まで解く。
脱がせる時、また顔が苦痛に歪む。痛いだろうな。でもこなままだと冷やせないからな。切っちゃうと後で困るだろうし……。そうしてなんとかブーツを脱がす。
「うわっ」
くるぶしが、ゲンコツほどに腫れていた。
半端な痛みではなかったはずだ。ヒビどころではない気がする。
「これは……バッキバキに折れてるぞ……アデリナ」
「……ありゃりゃ……そりゃ大変だね……」
いや、他人事みたいに言うなよ。額には冷や汗がビッシリ浮き出ている。
急いで俺のリュックから衣類を全部出して即席のベッドにし、まず、その上に横にならせる。
そして足首をさっきのタオルで冷やす。その上で極力、動かないようにしつつ、リュックの上に足を乗せてやる。
「あぅっっ! ……つつ……」
痛みで勝手に涙が出る、というやつだ。これは痛いだろう。
頑張れ、頑張れ!!
微妙に足の位置をずらして、痛くない所を探す。
「……よし。このまま、安静にしているんだ。心臓より高い位置で固定した」
「わかったけど……みんなを探しに行く、とか言わないでね?」
「え?」
「そんな事言うんなら、這ってでも付いて行くから」
は……何言ってんだ?
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