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第2章 超人ヒムニヤ

暗殺者(4)

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 ヘンリック、クラウス vs 侵入者 その2

「少年、3歩下がって、正座しろ。この可愛い兄ちゃん、殺されたくなかったらな」
「……」

(しまった! ヘンリックの足を引っ張ってしまう!)

 正座などしてしまったら、それこそ反撃の糸口はなくなってしまう。何をするにも立ち上がる、という1クッションが必要になってしまうからだ。
 実力が拮抗しているのであれば、武器が無い状況で、先手を取れないのは負けに等しい。

 ヘンリックを自由に戦わせれば、素手でもそこそこ良い戦いをするだろう。

 そうは思うものの、クラウスにはこの状況をどうする事もできない。掴める位置に槍の先端があるというのに、マッツやヘンリックのように器用に捌いたり、払ったりできるイメージが湧かないのだ。

「へ……ヘンリック!」

 助けて、と言おうとした訳では無い。何故か名前を呼ばずにいられなかった。

「……」

 ヘンリックは、クラウスの目を見て、頷きもせず、ゆっくり、1歩下がる。

(まずいまずい。どうする? 私に出来る事はなんだ?)

 2歩……。

(私に出来る事は……)

 ……3歩。ヘンリックの歩みが止まる。

(これしかない!)


「ツィ・ラ・ニーヤ・サラ・ファウマ・ス・トラウト!」

 詠唱が終わるより早く、槍先がクラウスの胸を突き破った!

 ドスッッッ

「ぐっ……」
「おいおい、唱えたら殺すって言……」

 クラウスは両手にありったけの力を込め、自分を突き刺す槍を掴む。

「行け!!!」

 牙を剥き、豹と化したヘンリックが、ルーペルトの眼前に一瞬で移動する。

「るぅおおおああああッッ!!」
「やってやれ! ヘンリッ……ク!!」
「なん……!」

 ルーペルトはその巨躯ゆえか、部屋の中という小さな空間で、ヘンリックの動きを捉えきれない。

 そう、クラウスが不利、と感じた『部屋の中』を、素手のヘンリックは、この上ない地理的優位と分析していた。

 クラウスは自分を貫いている槍を離さず、そのまま、ストン、と膝から崩れ落ちる。

 全ては一瞬の出来事。

 ヘンリックが低い体勢からルーペルトの頭上にまで一気に跳び上がり、目の前で1回転、右の後ろ回し蹴りがルーペルトの顔面を完璧に捉えた!

 回りながら吹っ飛ぶルーペルト、一旦着地したヘンリックが間髪入れず、先程より低め、腹部の辺りに跳ねる。

「うぅ……おおお!!」

 唸りを上げ突撃してきたヘンリックの膝をモロにくらい、壁を背にしたルーペルトは、壁を突き抜けて、廊下まで吹っ飛んでいった。

 ドッゴォーーーン!!

 ガラガラ……
 パラパラパラ……

「ぐ……ぐぅ……」

 見た目通りタフな奴、とヘンリックは分析、すぐに近寄るのを避ける。

 それよりもクラウスだ。

「クラウス! おい……クラウス!!」

 視線はルーペルトに固定したまま、声を掛ける……が、返事は無い。気絶しているのかもしれない。

 しかしヘンリックは、まさか、とは、考えない。
 何故ならそんな危険な状況に陥る行為を、この賢いクラウスがする訳がない、と思っているからだ。

『「フリィ」!!!』

 廊下の向こうで、マッツのスペルが聞こえる。

(む……あいつも戦っているのか……? 何なんだ、こいつらは)

 そして意識をルーペルトに集中する。

「……イッテテテ。やってくれたな、おい」

 やっぱりだ。ダメージは与えたものの、こいつはまだまだ戦えそうだ。

「……」
「近寄ってこないな。よし、殺すか」

 体を起こし、腰から剣を抜く。槍はクラウスが命を懸けて奪い取っている。

『マッツ!』

 リディアの声がする。

『一体、何が起きてるんだ』
『おい、誰かいるぞ』
『どうした! 侵入者か!』
『灯りを灯せ!』

 ガヤガヤと、近衛兵らしき兵士達が起き出してくる。だが、彼らの位置までにはまだ距離がある。

「ええい!! どいつもこいつも邪魔ばかりしやがって……」

 下段に構え、左下から右上へ薙ぎ払われる剣を、後ろにひかず、斜めに前転して避けるヘンリック。

 返す刀が来る所をすんでのところで再度躱し、後退しながらの前蹴りを繰り出す。

「後退しながらの蹴りなど、効くかぁぁぁーーー!」

 物凄いスピードで剣を振り抜いた―――

 いや、投げた!!

 近すぎて、投げられたのが認識出来なかったヘンリックの肩に、グサリと突き刺さる。

「ぐっ! うぐぅ……!!」

 ニヤリとするルーペルト。その時、

 ドォォォオオオオオーーーン!!!

 マッツが戦っているであろう辺りから大きな爆発音が聞こえてくる。

「ククク。ケネトも派手にやり出したな」


 勝ちを確信した表情でヘンリックに近寄るルーペルト。

「ツィ・ラ・ニーヤ・シーラ・ソーラ……『癒しヒーリング』……」
「あん? あの兄ちゃん、まだ生きてんのか?」

 意識がクラウスに向く。

「うぉらッッッ!!」

 ブシュッッッ!!

 肩に刺さった剣を引き抜いて、ルーペルトの太腿に突き刺すヘンリック。

「ガッッ!! くそガキ……!」

 剣を抜いたヘンリックの肩から、ドバッと血が出るものの、みるみる傷が塞がっていく。

「くっ……ヒーラーか、貴様……俺に貫かれる前、自分に持続ヒーリングを掛けやがったな……チッ……小癪な」

 忌々しげにクラウスに毒づく。

 しかし、太腿を刺したくらいでは止まらない。負けじとルーペルトも刺さった剣を抜き、ヘンリックの首を狙い、水平に一閃!

 その剣の柄の部分を見事に下から蹴り上げるヘンリック!

 剣を持つルーペルトの右腕が僅かに上側に流れ、ヘンリックを掠めるに止まる。

 だが、苛立ったルーペルト、力任せに剣の流れをたてなおし、間髪入れずに逆方向から再び首を狙う! ヘンリックは蹴り上げた時の尻もちをついた体勢、避けられない!

「グッ!」

 自分の首に迫る刃を最後まで睨みつけるヘンリックの耳が異音を聞き取る。

 ドゥスッッッ!!!!

 何かが突き刺さるようなその音と同時に、自分の首のすぐ近くで、ルーペルトの手から落ちていく剣が目に映った。


「うっげえええええ!!」

 ルーペルトの背中から腹に貫通した、長い矢。

「お、お、お、おおお……」

 後ろを振り返るルーペルトに、更に2矢。

 ドスッ!!
 ドゥスッッッ!!!

「がっっっっっ……」

 よろめき、片膝をつくルーペルト。

『ヘンリック!! 大丈夫!?』

 アデリナの声が響き渡る。

「う……問題……ない」

 走ってくるリタとアデリナ。アデリナが部屋に入ると、槍に貫かれ、辺り一面を血まみれにし、ぐったりしているクラウスを見つけて悲鳴をあげる。

『いやーーーー!! クラウス!!!』


 リタがヘンリックに駆け寄り、様子を見ようとするが、ヘンリックの様子がおかしい。

「だ、めだ……来るな……」
「ヘンリック! しっかり!! もう大丈夫よ!」

 ギシ……

 ヘンリックの目に、リタの頭越しに巨体が動き出すのが見えた。

「リタ!」

 必死にそう言うが、リタはヘンリックに微笑みかける。

「もう大丈夫だから。素手でよくやったわ!」
「違う、リタ!」

 不意にリタの表情が豹変する。ヘンリックが今までに見た事がない、冷徹な顔。

「……デカイの。もう、動かない方がいいわよ?」
「ぐぅ……があああああ!!!」

 ルーペルトが最後の力を振り絞り、リタを羽交い締めにしようとした…… が、いない……。

「…… あ?」

 スッ……

「いい加減、くたばりな?」

 ルーペルトは、ゾッとする。目の前にいた女が一瞬で背後にいた。

 そしてリタが双剣の柄で、ルーペルトのこめかみに一撃を加える。

「ガッッ……」

 バタリ。


 ついに倒れるルーペルト。

 そこに駆け寄ってくるマッツとリディア。

 ようやくヘンリックは、一つ深呼吸をした。

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