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第1章 旅立ち
ツヴァリアの陰謀(5)
しおりを挟む「ここが……ツヴァリア……」
月の光だけで照らし出されたその街は、まさに『廃墟』と呼ぶのに相応しい場所だった。
焼け焦げた家々、崩れた塀が戦争当時のまま残っており、蔦がそこかしこに伸びて絡まっている。
「見る影もないわね……なんてひどい……」
当時のエヴントス軍の凄まじさが伺える光景だ。
教科書でしか見たことの無い都市の残骸を目の当たりにして、俺もリディアも呆然としてしまった。
「ここで立ちつくしていても仕方がない。行こう」
「うん」
少し躊躇しながらも、俺とリディアはツヴァリアと呼ばれた、かつては栄えた街だったであろう場所に足を踏み入れた。
しばらくは何事もなく、ゴブリン共の足跡を容易に辿る。
しかしほんの数分後、突然、俺の敵意センサーが大警報を鳴らす!
キ――――――――――――ンッッ!!
遠くから少しずつ近づいてくる感じではない。
今、突然、ここに振って湧いた敵意だ。この感じは相当に近い。
後ろを歩くリディアに声を掛ける。
「リディア! 敵だ! 気付かれている。注意しろ!!」
だが俺がそう言うより早く、リディアの手が俺の腕をギュッと掴む。そして何故だか、その手はガタガタと震えていた。
「マッツぅ……」
「気をしっかり持て! 周りに気を配れ!」
「出た……出たわ!」
「なに?」
どうしたというのか。
いくら何でもリディアの様子がおかしい。
前方を警戒したいが、ゆっくり振り向いてリディアを見る。彼女は俺の腕に顔を擦り付けて震えていた。
「リディア! しっかりしろ! どうした!?」
震える手で、後ろ、後ろ、と言いながら指差す。
彼女の後ろ。そこにいたのは……。
そんな……
「ええぇ? 何故?」
大きな目が1つ。
同じ位の大きな裂けた口。
首の下には胴体が無く。
細長い手脚。
『リディアと自然に密着』作戦でデタラメに話した、『リェンカリの森に伝わる恐ろしい化け物』そのものの姿だった。
「バ……バカな!」
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!
ドスッッ!!
今までに感じたことの無い最大レベルの敵意を感知した直後、後頭部に強烈な衝撃を受け、気を失ってしまった。
―
どれほど時がたったろうか。
目を覚ますと同時に、鈍い痛みが後頭部に走る。
「いっつつ……あてて……!!」
今、周囲に敵はいない。
拘束されてもおらず、逼迫した危険はないようだ。
リディアは……どこだ?
「リディア……リディア!!」
「……う、ううん……」
ホッ……いた。
彼女は、俺の足元でうつ伏せに転がっていた。
まだ目を覚ましていないようだが、呼吸はしている。
とりあえずは一安心だ。
武器は?
これは流石に奪われたらしい。
「ま、当たり前か。……で、ここはどこなんだ?」
天井がある。
周囲に壁がある。
簡易だが、トイレと洗面所のようなものがある。窓は無いが、光が差してくる方向があり、そこには、細い丸太で格子状に組まれた壁がある。扉のようなものもついていた。
いわゆる――― 牢屋、というやつか。
どうやら、見張りはいないようだが。
差し込む僅かな光は太陽光のような自然なものではなく、時折揺れることから、ロウソクや松明のようなものだろう。
「やれやれ。捕まっちまったか……」
ゴロンと仰向けになり、ため息をついた。
正直、この状況を想定していなかった訳では無い。現に出発前、ヘンリックにこの場合の対処を伝えておいた。数日経てば、捜索はしてくれるだろう。
しかし実際に、リディア共々、牢に閉じ込められてみると、これはかなり情け無い。
モンスターが発生するようになってからずっと勝ち続け、『タカ』が攻められた時もあの大群を相手に軽く退けた。
どうやら、少し天狗になっていたらしい。
「……くそっ!」
もう一度吐き捨て、小さく舌打ちする。
ハンスと言えど『追跡』の魔法無しに、ここまで迷わずに真っ直ぐ辿り着くとは思えない。道中、目印を書いて貼り付けてきたが、それも見つける事ができるかどうか……。
それを考えると、救出までに相当の時間がかかるだろう。下手すると1週間以上かかるかもしれない。
窓が無いため、時間の感覚がないのもつらい。
とりあえず、俺がやられた後の情報を少しでも得るため、リディアを起こす事にした。
「リディア……リディア」
彼女の肩を揺すりながら、小さな声で呼び掛ける。
「……う……うん」
「リディア! 大丈夫か?」
「う……ここ、どこ?」
「それは後だ。怪我はしてないか?」
渋い顔をしながら起き上がり、自分の体の状態を確かめる。
「ん……大丈夫、みたい」
「よかった。で、リディア。俺がやられてから何があった?」
言われて、は? といった顔をしていたリディアだったが、段々と意識がハッキリとしてくるに従い、しかめっ面になってくる。
明らかに口を尖らせて座り直すリディア。
「マッツの嘘つき。守ってくれるって言ったくせに」
「へ?」
ん。守る……?
!!
思い出した。
あの化け物…… この世にいるはずのない、俺が適当に創作した想像上の生き物。
「あ、あの化け物が俺達をどうかしたのか?」
「百匹位出てきたわよ!」
「え、ええぇぇぇ~?」
「私達を捕まえて、気持ち悪くて、怖くて、そこから覚えてない」
待て待て。
一体、どういうことなんだ?
「バカマッツ! 怖かったんだから!」
「う……ごめんなさい……」
待て。
俺の創作だ、というのは間違いで、ひょっとして本当に存在する化け物だったのか?
リディアが嘘を言っているようには見えないし、何より、気を失う前、実際に俺も見た。たまたま俺が言った無茶苦茶な特徴と一致するモンスターがいた、ということだろうか。
そんなバカな……と思った時、遠くから、コツコツ、と足音が聞こえた。
「マッツ、誰か、来る」
「ああ。さて、誰だろうな」
「あ、あの化け物だったら、こ、今度は守ってよね!」
言いながら、そそくさと俺の後ろに回る。
そんなびびらなくても、魔法でやっつければいいのに……が、まあ俺も守ってやる、と言った手前、そんな事は言えない。
足音が入り口の前で止まり、嗄れた声が聞こえてくる。
「目が覚めたか?」
「……ああ。最悪な目覚めだけどな」
どうやら男だ。それも結構な年寄りだ。
気持ち悪く、クククと小さく笑っている。
「そうか。それは残念だな。久しぶりに会ったというのに」
「え?」
誰だ?
こんな辺境に知り合いはいないが……?
「おや。まさか、儂の事を忘れたと言うのか。これは冷たいな」
僅かな明かりが微妙に逆光になり、顔がよく見えない。
全身を黒いローブで覆っているが、頭部は出している。背が低めで、髪が薄く白髪になっているように見えた。
しかし、この嫌なトーンの喋り方、笑い方、確かに聞き覚えがある。
どこだったか……
記憶を遡り、そして……思い出した。
俺がまだ王国直属の守備隊にいた時だ。
当時、ランディア王国最強の魔術師と言われた男。
国の転覆を狙った反逆者。
5年前、俺が捕まえ、王に突き出した裏切り者。
「お前! エッカルトか!!」
「ハッ! そうだ。ようやく思い出したか? マッツ・オーウェン!!」
こいつは……面倒な事になりそうだ。
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