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第1章 旅立ち

酒宴(ランディア『タカ』)

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「リディア、いくつになったの?」
「ん。19です」

 果実酒を飲みながら、リタと会話するリディア。

 ここは『タカ』の屋外。今は酒宴の真っ最中だ。ゴブリンロードを倒した後、ヘルマン達と昨晩遅くに『タカ』まで帰ってきた。

 最近のモンスター発生に伴う対応で『タカ』の面々もストレスが溜まっている。ヘルマン達が来て士気も上がった。折角なので久し振りに酒宴を開く事にしたのだ。


「あら! もうとっくに成人じゃない。じゃあさ……コレ、飲んでみない?」

 頬杖をついて、果実酒の瓶の口の方を右手でつまみ、ユラユラと回しながらリタがリディアに笑いかける。

「それってお酒ですよねぇ?」
「飲んだ事は?」
「……ないです」
「ダメね! 体質的に合うか合わないかは知っとかないと!」
「えぇぇ?」
「お酒だけどジュースみたいなもんよ?」

 そう言いながらリタはリディアのグラスに注ぎ出す。

「あ、や、ちょ……リタさん!」
「大丈夫大丈夫! 一口だけ飲んでごらんなさい。危なくなったら介抱してあげるから!」
「はぁ……」

 何やら危険な実験が始まった気がする。
 そう思い、左横にいるリディアを気にしていたが、反対側からヘルマンに声をかけられ、向き直る。

「しかし、昨日のゴブリンロードには参ったわ。ラシカ地区じゃあ、あんなのが頻繁に現れるのか?」
「いや、アイツはここでは初めて見たな」
「ほう? ……ひょっとして、モンスターが出るのが増えてるのか」
「ああ。出会った奴は殆ど殲滅しているんだけどねぇ……数も頻度も増える一方だ」

 そうだ。俺の不安はそこにある。
 今まで出なかったものが出てくる。そして、退治しているのに増える一方ってのは尋常じゃない。

「なかなかイケる口じゃない、リディア」
「おさけ……うん、美味しい!」

 聞こえてくる会話から推測するに、リディアは上機嫌そうだ。嫌な予感がしていたんだが……まあ、よかった。

「……そうか、大変だな。他地区では、そもそもモンスター自体、見かけねぇからな」
「修羅剣技の修行でノゥトラスにいたから、俺個人は慣れたもんだけど。正直、ランディアに戻ってきて、モンスターなんぞもう見る事は無いと思っていたよ」
「ノゥトラス……修羅大陸か。あそこは多いらしいな」

 ヘルマンはグラスに残っていたワインをグイッと飲み干す。

「さすがの剣聖シェルド・ハイ、マッツ様も手に負えなくなり、俺達に援軍要請が来たってことだな」
「うん。頼りにしてるよ」
「戦闘でお前にかなう奴ぁ、この国にはいねぇが……ま、数は力だ。多いほどいい」

 そうだな、と言おうとして、不意に左手を引っ張られる。

「マッツ!」

 ……リディアだ。
 頰が紅潮している。いや、そんなレベルじゃない。白目まで真っ赤だ。

 どうやら、出来上がったようだ。
 完全に酔っ払いの『おメメ』をしている。
 てか、早くないか?

「マッツ!!」

 呆気にとられて返事しないでいると、全く同じ調子で名前を呼ばれる。
 その隣を見ると、リタがニヤニヤしながらパチっとウィンクしてきた。

「リタ、お前、何やってん……」
「……ンマッツ!!!!」

 身を乗り出してリタに一言言おうと思ったんだが、視線ごと遮られる。目の前にニュッとリディアの顔が飛び出てきた。

 これはダメだ。逆らっちゃいかん気がする。

「はいはいはい。いるよ。目の前に」

 手のひらをリディアを止めるように向けて笑顔で取り繕いつつ、努めて優しく言う。

「いるのは知ってるよ!」

 その小さな両の掌で、俺の頬をギュッと挟んでくる。

「アデデデデッ!!」
「何れ、返事してくれないのよ!」
「うっ。いや、こんなリディアを見るのが初めてだったから、ちょっとだけ驚いた、かな」
「そんなころより!!!」

 やっと顔を離してくれたと思ったら、机をバンっと叩き、俺を睨みつけながらグラスの酒を一気に飲み干す。

「いやいや、もう酒やめ……」
「おらまり!!」
「ぇぇぇ……」

 リタ~~。お前、えらいことしてくれたな~~。

「マッツ、なんれタカなんかに行っちゃったのよぅ」

 そう、元々、俺、いやここにいる『タカ』の面々は殆ど『シシ』の兵士だった。リディアが配属されて一年弱でこの砦、つまり『タカ』が完成し、俺達は異動となったのだ。

「何でって……別に好きで来たわけじゃねぇよ? ディミトリアス王に言われたんだから、仕方ないだろ」
「ふふふ。ほれ、おじさんの見立ては正しかっただろ? リディア殿はマッツ隊長に惚れてんだよ、なぁ?」

 ヘルマンが調子に乗ってしまったようだ。不意に口を挟む。全くこの人はオンとオフの差が激しい。

「うるせぇおっさん! すっこんれろ!!」
「ヒッ」

 目が据わっているリディアに一喝され、ヘルマンのにやけ顔が一瞬で青ざめる。

 ……ま、いい薬だろう。

「ま、まあまあ。リディア、落ち着け、な? とりあえず、マッツ隊長が悪いってことで」

 ヴィンセンツが意味不明なことを言う。こいつも仕事でない時は本当に適当だ。

「ヴィン! そもそもあんらが、マッツをもってったんれしょうが!」
「ひっ……いやいや! マッツに来て欲しかったのは俺だけじゃねー。特にハンスだ。やつがマッツを守備隊長に、とディミトリアス王に推薦したんだ。ほんとはハンスが守備隊長になるはずだったんだ」
「なに~~? つまりハンスがマッツを持ってったってぇの~~!?」
「うっ。そうだ。ハンスが持ってったんだ」

 ……また適当なことを。

 そもそも話が変わってるぞ。役職はどうあれ、俺が『タカ』に来ることは決まっていたんだからな。

「よしハンスをつれれこい~~!!」
「待て待て待て。今、ハンスがちゃんと砦を見てくれているから俺達は気にせずに飲めるんだ。巻き込んだらダメだ。 ……こら、ヴィン! 呼びに行くな!」

 慌ててヴィンセンツのベルトを掴み、動きを止める。

 こんな訳の分からない揉め事にハンスを関わらせてはいけない。

 ……と、不意に左腕に柔らかい感触が。

「マッツゥ…… さみしかったよぅ……会いたかったよぅ」

 もはや全身が真っ赤になったリディアが俺の左腕にしがみついている。
 なんだろう、明日は大嵐とかじゃないだろうな。こんなリディアは初めて見た。

 まだ俺が『シシ』にいた時は、いつもキッと睨むように話していたのを思い出す。
 ちょっとは大人になったのか……

 肩口までの短めの焦げ茶色の髪、パッチリした二重の両目(今は半眼、且つ充血しているが―――)に、酒のせいか、妙に色っぽく見える整った口元。

 ローブを脱いで、体の線がはっきりわかる白い細身のチュニックと、ダークグレーのミニスカート姿。
 そしてそこから覗く、眩しい真っ白な……いや、真っ赤になった脚。

「う……うぐ」

 あまりの艶かしさに思わず息を飲み、目が離せなくなる。リディアを女性として意識したのは初めてだ。そしてふと気付くと、リディアの頭越しにリタが俺をジッと見つめており……

「……ニヤッ」

 ぐ! 何やらイケナイものを見透かされている気がする。

「貴方達、お似合いよ? 付き合っちゃいなさいよ」
「あああ、アホか、何言ってんだ。とと、とにかくリディアをどうにかしてくれ」
「無理しなくていいのに」

 そんな事を言いながらも酒臭いリディアの体を引き剥がし、テーブルにうつ伏せになるように寝させてくれるリタ。そしてすぐに寝息を立てるリディア。

 ふぅ……そのまま可愛く、静かに寝ていてくれ……

 リディアをその状態にしたまましばらくリタ達と飲み続け、話し込んでいたんだが……


 ガタッ……!


 不意にリディアが立ち上がる。
 目の焦点が合っていない。

「まだ!?」

 恐ろしい顔をしながらリディアが仁王立ちだ。視線は虚ろだ。どう見ても寝ぼけている。

「リ……リディア?」
「何がまだなの?」

 俺とリタの問いかけも聞こえていない。

 そして……詠唱を始める。

「ラニー・ラ・ヤワ・ルエン・レア!」

 やべぇ。リディアは今、なにかと戦っているようだ。俺達がゴブリンにでも見えているのか。

 全員、青ざめる。
 皆、このスペルの威力は知っている。特にヘルマンは前日の戦闘で間近で見ているはずだ。

 間違いなく、この距離なら4人共即死だ。
 な、何故、こんな目に……


「『連弾コンロルライロゥ!!』」


 ヒィ!!!!
 全員目を瞑り、死を覚悟した。

 そして。



 ブッシュゥゥゥゥ……!!



「ゲッ!!」


 バタンッ……


 リディアはキラッキラな虹色にデフォルメされたナニカを口から盛大に噴出し、そのまま後ろに倒れ込んでしまった。

 モロにそれを浴びた俺は、それからしばらくの間、硬直して動けなかった……

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