男装の英雄は用済みだと棺桶に入れられた

翔千

文字の大きさ
上 下
1 / 18

葬られた勇者

しおりを挟む
 暗い、暗く狭い空間。
 身体は寝かされ目の前にはすぐに壁があり、左右にも壁がある。
 ただでさえ息苦しいのに、むせ返るような濃い花の匂いに、頭が痛くなる。
 手の足も痺れて余り動かない。

 まさか、実の娘にここまでやるとは、怒りを通り越してある意味感心するよ。

 レインは自分が入れられた棺桶の中でそう思った。


 20年前、アリニア王国侯爵家、ルヴァンヌ侯爵の双子の長女と長男として生を受けたレインとジルベール。
 赤毛の髪に緑色の瞳の双子の姉弟は周りから天使のようだと言われた。

 だが、両親に祝福されたのは、弟のジルベールだけだった。
 双子の弟のジルベールはルヴァンヌ侯爵家の跡取りとして両親の愛情を一身に受けていた。

 今思えば、長男教だった両親はジルベールの双子の姉である私には無関心だったな・・・。
 殴られたり、酷い言葉で怒鳴られたりは、しなかったけど、記憶にある両親の顔は、いつもジルベールに向けた笑顔の横顔だけだった。

 どんな時でも弟が優先され、私はいつも後回しにされた。意見を言えば「姉だから」「ジルベールはルヴァンヌ家の後継」「我儘を言うな」と言われ、相手にされなかった。
 4歳になった年に、私は女の子で居る事を禁止された。

 男の双子が欲しかった両親は私を女児のレインとしてでは無く、男児として育てるように使用人に命じた。
 背中まで伸ばしていた赤い髪を短く切られ、ジルベールの代わりにと魔法術を覚えさせられ、武道、剣術を叩き込まれた。
 少しでも泣き言や弱音を吐けば、教育係からの容赦の無い叱責と折檻が幼い私に飛んできた。

 次第に両親はジルベールを私から遠ざけるようになり、9歳の頃には私は離れに移され、共に食事をする事も無くなった。
 弟は次第に私を見下すようになり、姉とは呼ばなくなり、居候扱いをする様になった。

 洗脳されていたかもしれない。

 それでも、家族に認めてもらいたい。
 一言でもいい、褒めてもらいたい。
 そう心に思い魔法、武術に打ち込んで来た。
 可愛いい人形もキラキラしたドレスも、甘いお菓子にも見向きもせず、ひたすら剣術と魔法の訓練に明け暮れた。

 そんな日常の中、世界中を震撼させた出来事。
 魔王軍の侵攻だ。
 突然の魔族の侵攻に世界中の優れた勇者、魔道士、魔術師、魔女が魔王軍の侵攻を阻止を試みたが、全て防がれてしまった。
 そこで、白羽の矢が立ったのは、アリニア王国侯爵、ルヴァンヌ侯爵家だった。
 ルヴァンヌ侯爵家は元は大義を遂げた勇者が成した家系だと代々伝わる逸話がある貴族だった。
 両親が息子であるジルベールを溺愛するのもこの逸話が原因の一つだった。

 国王陛下から直々の勅命に両親とジルベールは大いに喜んでいたのだが、魔王軍討伐前日、事件が起きた。

 ジルベールが行きたくないと駄々をこね始めたのだった。

 私と違い、両親の英才教育の元育ったジルベールは魔力も武術も人並み以上優れているが、いざ、戦いに出るとなると臆病風に吹かれ、戦いたくないと両親に泣きついたのだった。

 我が弟ながら情けない。

 弟のジルベールが魔王軍討伐前日に討伐に行く事を拒否した。
 だが、魔王軍の討伐は国王の勅命。
 断わる事ができない為、両親は娘のレインをジルベールとして戦場に出すことにした。
 双子で顔が似ており、武術に精通したレインは細身のジルベールと体格も似ていた。
 だが、両親は女とバレないようにレインに女である事を隠し、常に甲冑を身につけて仮面を付ける事を義務付けた。

 両親の洗脳下にあったレインは素直に従った。
 こうして、弟ジルベールの代わりに魔王軍討伐に出たレイン。
 常に仮面を被り、仲間とも極力馴れ合わず、次々に敵を切り捨て討伐する姿を見た者は、まるで命の刈り取るようだといわれ、やがて、『死神の勇者』と味方からも恐れるようになった。

 そして一年半の戦いの果て魔王軍の大将を討ち取る事に成功したレイン。

 家に帰って来たレインを待っていたのは、満面の笑みの両親だった。

「よく頑張った」
「無事に帰って来てうれしいわ」

 その時、生まれて初めて、両親に褒められた。
 その一言が本当に嬉しかった。
 ああ、やっと、認めてもらえた。
 心の底からそう思った。

 父上は私に労いに言葉をかけ、魔王軍の討伐の話をたくさん聞いて来た。父上とこんなに話しをしたのは初めてだった。
 母上は焼き菓子をジルベールは紅茶を直々に振る舞ってくれた。
 今までこんなにもてなされた事なんて無く、初めて尽くしの事に緊張していた。
 お茶と焼き菓子の味が分からなくなるくらいに。

 大方魔王軍の討伐の話を終えた、その時、手が痺れて来た。
 小さな違和感の痺れが、指先から手に腕に広がり、次の瞬間、胸が大きく鼓動をたてた。
 脳が『コレは毒』だと認識した途端に、気管が狭まり息苦しさと胸の痛み、身体に廻る強い痺れに息が出来なかった。
 いきなりの身体の異変に耐えきれず床に倒れ込んで込んでしまった。
 上手く呼吸が出来ず、苦しさにもがく私を満面の笑みで見下す両親とジルベール。

「今までご苦労だったな。お前はもう、用済みだ」

 優しい口調だが、冷たい父上の言葉を薄れいく意識の中、やけに耳に残った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

豊穣の巫女から追放されたただの村娘。しかし彼女の正体が予想外のものだったため、村は彼女が知らないうちに崩壊する。

下菊みこと
ファンタジー
豊穣の巫女に追い出された少女のお話。 豊穣の巫女に追い出された村娘、アンナ。彼女は村人達の善意で生かされていた孤児だったため、むしろお礼を言って笑顔で村を離れた。その感謝は本物だった。なにも持たない彼女は、果たしてどこに向かうのか…。 小説家になろう様でも投稿しています。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった

ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。 しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。 リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。 現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!

ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません? せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」 不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。 実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。 あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね? なのに周りの反応は正反対! なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。 勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?

処理中です...