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32-2 ※ライネリオ視点

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(前から一般人ではないとは思ったが、アコニタの正体はなんだろう)

 久々に振り返ったせいか、ライネリオは隣に立っているアコニタを意識する。
 訓練された動きの隙間から感じとったそれは、間違いなく人を殺すためのものである。
 それを隠そうとしていることは、潜入任務が真っ先に頭に浮かんだ。

(彼女の側にいる人たちの選定は、ハロルド様が行ったんだ。だから、被害を与えるなどはないのだが)

 しかし、もしそうだとしたら、彼女の飼い主は誰なのか。
 過去にアベイユにいる時、夜中に時折姿を消したこと、すぐアベイユを候補地として提案したこと。
 今までの彼女の言動や動きを辿ると、その正体は薄々気づいていたが。

「ライネリオ様、いかがなさいましたか?」
「いや、なんでもない」

 視線を再び眠っている彼女に移す。
 部屋も服装も彼女本人も、彼女の周りの清潔が保たれている。
 それらは全てアコニタが一人でやったと、エマから聞いた。

 それはもう充分、明確な答えであるとライネリオは思った。
 だから、アコニタ自身から話さない限り、彼も何も聞かないと決めた。
 それが、己よりも彼女に尽くしてくれたアコニタにできる、最上の礼儀である。

「ありがとう、アコニタ」
「私はやりたいことをやっただけです」
「それでも、だ」

 アコニタは目を閉じ、それ以上何も言わない。
 ライネリオも、それ以上言う必要がないと思い、口を閉ざす。
 そうすると、いつの間にか外が一段と暗くなった。
 これ以上長居すると教会に迷惑をかけることになるため、ライネリオは椅子から立ち上がった。
 その時、部屋に入った時に見落としたものが視線の端に入った。

「あれは、ラベンダー?」
「ええ、今日ミリアム様からいただきました。初めて一からご自分で育てたものが咲いたので、是非私たちに、と」
「私たち、か」
「……いつかまた、お会いしたい、と仰いました」

 その私たちの中に、彼女も入っている。
 それだけで、ライネリオの心は春を迎える。
 同時に、秋の風も吹いている。

(例え、彼女が目を覚ましたとしても)

 ハロルドの言葉がよぎった。
 彼女が目を覚ませば、それは何を意味するのか、ライネリオも充分理解している。
 側から見ると、ハロルドやアコニタ、自分自身も無意味なことをしている様に映るのだろう。

(それでも)

 ライネリオはぐっと唇を噛む。
 この気持ちも、単なる我が儘なんだろう。
 彼女をそのままに終わらせたくない、己の自分勝手な感情に過ぎないのだろう。
 彼女がこれを望んでいるかどうかなんて、ライネリオにはわからない。

 そう、葛藤を抱いた時に、ライネリオは異変に気付いた。
 閉じている瞳のから、一筋の涙が流れている。
 その短い透明な一閃に、彼の心が痛み出した。

(君は、こんな時にならないと泣かないんだな。いや、泣かないと決めた、のかもしれないか)

 彼女の姿を見て、ライネリオは思った。
 これは彼女に必要だと、心から信じている。
 例え彼女にとって、それは自分の意志で行った自己犠牲であったとしても。

 いや、だからこそ。

 あの頃から、何気なく交わした一時的の別れの挨拶。
 だが、夜が耽るまで彼女と一緒に過ごした証でもあったこの挨拶。
 頬を赤らめる彼女の姿に毎度くすぐられた自分の心。
 同時に、互いの気付いてはいけない、気付かないふりをし続けないといけない事実も、この挨拶の中に凝縮されている。
 涙の後を人差し指で拭いながら、彼はその挨拶を口にした。

「おやすみ」

 そう、たとえ彼女に届かなくても。
 ライネリオは、彼女に届くまでそれを繰り返す。
 そして、彼女が自ら手放した物を探すと決めたのだから。



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