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しおりを挟む「貴女が必要な答えにすればいいのではなくて?」
都合のいい解釈をすればいい。
「セレスメリア」は、そのための存在だからだ。
「わたくしは、どちらでも構わないわ。だって、わたくしには無関係だもの」
王女は再び馬車の方に向き、今度こそ護衛騎士の手を借りてその中に入った。
誰も喋らない空間の中で、着々と出発の準備が進められている。
あっという間に終わったそれを、ギズラー夫人は眺めることしかできなかった。
その瞳が困惑に揺れている様子を見て、セレスメリアは小さく笑う。
「では、ごきげんよう」
そう短く別れの挨拶をして、馬車は出発した。
一人で佇んでいる喪服の貴婦人を残して。
* : * : *
帰路は往路に比べれば非常に順調である。
その理由の一つは、大半の魔獣は冬眠からまだ目覚めていないからだ。
そして、王女は全く我が儘を言わなかったことも大きかった。
加速する馬車の揺れに彼女は文句を言わなかった。
必要最低限にしか整備された宿に泊まっていなかった。
観光と称して新しい場所で時間を潰したりなどしなかった。
いや、しなかったのではない。
できなかったのだ。
セレスメリアの息が日々浅くなっている。
咳を我慢しないといけない時間も増えつつある。
そして、それはエトリアを近づけば近づくほど悪化している。
それに気付くセレスメリアは我が儘を言えなかった。
言う気力と集中力すら残っていない程、彼女は追い詰められている。
だから、彼女は黙り、「早く、もっと早く」「精霊様、お願い。あと少しだけ、時間をください」と内心祈りながら日々を過ごすしかできなかった。
それだけで、冬の道だからとはいえ、たったの十日間でアベイユからエトリアに辿り着いた。
その立派な門を括り抜ければ、城下町の風景が広がっている。
セレスメリアはその懐かしい町を切ない気持ちで見つめている。
灰色に染まった景色に、静かな広場。
昔の活気が幻かのように、どんよりと重苦しい雰囲気が漂っている。
しかし、その中でもエトリアの人々は生き延びるために寒い冬の空の下で働いている。
そして、その間に、彼女の耳に確かに聞こえた。
昔は「聖女」と称える声は、「悪女」と罵る声を。
「俺らはこんなに働いたのに、それでも寒さの中に苦しまないといけないのに、あの女はのこのこと温かい場所に生きている! これはどういうことだ!」
「俺たちの金は俺たちの物だ! 何であの女の物にならないといけないのか!?」
「陛下! ああ、陛下、どうか見てください! 子供たちはこんなにも細かったのに、それでもまだ女を生かすのですか?」
城の前に群がる人々から、そんな悪女の死を求めている声も。
彼女がエトリアから離れた時に、何が起きているのか。
何故こんな風に変わったのか。
気にならないと言えば嘘になるが、セレスメリアにとってそんなことはもはやとても些細なことである。
そう、だってこっちの方が好都合なんだ。
セレスメリアはそんな彼らのために戻ったのだ。
本当に役に立てるかどうか今でもまだ半信半疑であったが、浅はかで罪深い彼女に考えられる唯一の贖罪。
そんな気持ちを抱きながら、セレスメリアは裏口からエトリア城に戻った。
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