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しおりを挟む王女の一方的な演説が終わっても、誰一人も動かなかった。
だが、セレスは確かに肌で感じた。
ひしひしと、盛り上がる憎悪の炎を。
セレスは自覚している。
今、彼女は正に「酔っている」のだ。
自分の役に、自分の苦しみに、自分の運命に。
だからこそ、彼女は「セレスメリア」を上手く演じられたのだ。
今までと比べ物にならない程に。
それに対して観客はちゃんと答えてくれたんだ。
「あら」
気が付けば、セレスはライネリオに抱きしめられている。
彼とアコニタの視線を辿ると、そこにはトーマがいる。
トーマは涙を流しながらセレスに向かって石を投げている。
ライネリオのおかげで、一つも彼女のもとに届かないにも関わらず、今でも投げ続けている。
「お前のせい!」
誰も彼を止めない。
いや、誰も彼を止めることができない。
「お前のせいで! お父さんが! お前のせいで、お母さんが!」
何故なら、皆はあの少年の王族に対する憎しみを知っているからだ。
知っていて、共感できるからなのだ。
「お前なんて、死んじゃえ!!」
大人であれば、こんな純粋で残酷な願望を口にしないだろう。
倫理や常識、周りの目などを考慮し、それを包み込んで、別の言葉にすり替える。
だが、子供は大人よりも一直線で素直な観客だ。
過去に沢山の子供と触れ合ったセレスにはわかる。
だから、彼女は我慢できなかったんだ。
月明りの下で、セレスは満足そうに微笑む。
その笑みは目撃した人の言葉を奪うほど、とても清らかで、美しいものだ。
* : * : *
その後、エマはなんとかトーマや村人を説得して、その場を収めた。
自分の失態をセレスに直接謝ったが、セレスはそれをどうでもいいかのように振る舞う。
むしろ、セレスはエマに感謝している。
何故なら、彼女のおかげで、一つの真実を実感できたんだ。
しかし、問題ごとを起こしたため、ギズラー夫人に一歩も部屋から出ないようにと忠告された。
これはいい知らせだと思い、セレスは無言でそれを受け入れた。
そして、それ以降、ミリアムは一度も姿を表したことはなかった。
トーマに止められたのだろうか。
しかし、セレスにとってそれは好都合である。
これで、気にする必要のあるものが一つ減ったからだ。
魔獣を無事討伐したからなのか、それともライネリオは憎き王女の護衛騎士であると発覚したからなのか。
ライネリオの朝の日課は中止になった。
その事実にセレスは非常に残念に思っているが、大丈夫。
あの日、彼女は種を蒔いたのだ。
時間が経てば、元通りにはならないかもしれないが、別の形でライネリオは受け入れられたのだろう。
今村さんに必要なのは、時間だ。
楽観的な考えであると自覚しているが、セレスにはもうそう願うことしかできない。
アコニタはいつも通りだ。
変化をしない彼女に、セレスは安堵を覚える。
一方、ライネリオの様子は一変した。
感情を乗せた視線でセレスを眺めることを隠さなくなったんだ。
時折、セレスに何かを伝えようとしたが、毎回途中でそれを止めた。
気になっていないと言えば嘘になるが、彼女自身にもその箱の中身を確認する勇気がなかった。
だから、二人は現状を維持することに努めた。
そんな、灰色の日々が続き、冬が深まり、次第にその終わりを迎えたある日のこと。
「セレスメリア王女、ハロルド殿下からの命令です」
突然訪れたギズラー夫人は、深刻な表情をしながら、月と太陽の印が押された何かを読み上げた。
「できるだけ早くアベイユから旅立ち、至急王都に戻るように」
そして、平坦な声で告げた。
「冬の終わりを告げる鐘が十二回鳴らされる時。それは、貴女の最もめでたい日となります」
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