上 下
48 / 70

24-1

しおりを挟む

 セレスの額から、冷や汗が流れ始める。
 王女になる前に別れはあるが愛され、王女になった後に歪でありながら箱入りに育てられた彼女にその刺激は強すぎる。
 一人のは未だしも、一斉に多数の視線にセレスは震える。

(この視線、どこかで……あ、そうか)

 セレスがアベイユに送られた理由となった人物。
 あの赤髪の騎士と似た、憎悪に満ちた視線だ。

 残酷なことに、その連想は一つの答えを導き出した。

 要するに。

(こんなにも、いるんだ)

 彼女は初めてその事実を直接肌で感じた。
 恐怖はまだ残っているが、心底からじわじわと、別の感情が芽生え始める。

(こんなにも!)

 「セレスメリア」の死を祝ってくる人々はこんなにもいるのだ。
 そう実感すると、彼女の震えが収まり、足に力がわいてくる。

(もしかすると、私は知らないだけかもしれない。知らないから、一かそれ以外に迷ってしまう。……なんだ、そもそも選ぶ必要なんてないわ)

 一を助けたい、見捨てられない。
 だが、多数のためにも何かを成し遂げたい。
 であれば、選択肢は一つしかないのだ。

(私って、こんなにも強欲なんだよね)

 セレスは自分を嘲笑い、そのまま立ち上がる。

(ふふ、精霊様、やっぱり私は地獄行きなんだよね。……それなら)

「皆様、夜なのに、とても元気だね」

 場違いな言葉に全員が面食らっていた。
 そんな彼らを見て、セレスは手を一度軽く合わせ、微笑みを深くした。

「皆様方は運のいい方々だわ。こんな辺鄙なところなのに、王族を一目で見るだけじゃなくて、言葉を交わせるだなんて、ね!」
「なっ!」

 一人の男は顔を赤らめながら動こうとしたが、一歩しか踏み出せなかった。
 誰かが、後ろから彼の方を掴み、それを止めたからだ。

「ライネリオさん!? 離してくれ、あいつが俺らを!」

 ライネリオはまるで彼らの怒涛が聞こえないかのように、そのままセレスの前まで歩きだし、彼女を庇う。
 いつの間にか、エマの近くに立っているアコニタも二人と合流し、ライネリオと同じことをした。

「嘘だろう」
「そんな、ライネリオさん、貴方は、あっち側なのか?」

 護衛騎士は口を閉ざす。
 彼も、村人たちに情があるとはいえ、護衛騎士である彼の優先順位は王女を守ることだ。

 だから、王女は彼の代わりに説明したんだ。

「あら、なーに勘違いしてるのかしら?」

 セレスはライネリオの腕に自分の腕で巻き、そこに頭を寄せる。
 そして、勝ち誇ったような笑みで宣言した。

「怒りん坊さんは最初からわたくしの、なのよ? もちろん、こちらのアコニタもね」

 村人たちは騒然とした。
 一気に提示された真実が飲み切れず、皆が混乱した。
 それを見たセレスは、もう一つ、やらなければならないことがあるんだ。

 全てを選択できるために、やるべきことがあるんだ。

「ふふ、ふふふ!」

 混乱に似つかわしくない、楽しそうな笑い声は場を一気に静かなものにした。
 だからこそ、彼女はあえて全てを大袈裟にする。

「ふふ、あははは! あぁ、ものすごく面白かったわ!」

 セレスの隣に立っているライネリオまで目を丸くした。
 ここからは、誰も彼女の行動を予測できる人はいない。
 そんな彼を見て、セレスは妖艶な笑みを浮かべながら、彼の頬を自分の左手で包み込む。

「ねえ、知ってる? 彼って、ものすごく憐れな人だよ? 幼い頃に家族を全員失くして、奴隷にまでなって。その挙句、ふふ! その原因となる人物の護衛も任された、可哀想、可哀想な男よ?」
「セレスっ」

 セレスはライネリオの唇を人差し指で封じる。
 その次は、アコニタの肩に両手を置く。

「そして、彼女はね……毎日興味のない人の面倒を見て、そんな人のため毒まで飲んでるわ! そんな馬鹿なことをしなければいけないのよ? ああ、なんて憐れな人だこと!」

 不思議なことに、誰も言葉を発さない。
 この好機を逃がしてはいけない。
 そう思い、セレスは畳み掛けに行く。

「でもね、わたくしはそんな、可哀想な人達が大好きよ? とっても、大好きなのよ。特に、わたくしを嫌う人はもっと別格なの。だからね――」

 ライネリオとアコニタの前に立ち、セレスは両手を合わせる。
 そして、悦びに酔ったような笑顔を作る。

「わたくしは、皆様がだーいすき。心から愛してるわ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

わたしのことはお気になさらず、どうぞ、元の恋人とよりを戻してください。

ふまさ
恋愛
「あたし、気付いたの。やっぱりリッキーしかいないって。リッキーだけを愛しているって」  人気のない校舎裏。熱っぽい双眸で訴えかけたのは、子爵令嬢のパティだ。正面には、伯爵令息のリッキーがいる。 「学園に通いはじめてすぐに他の令息に熱をあげて、ぼくを捨てたのは、きみじゃないか」 「捨てたなんて……だって、子爵令嬢のあたしが、侯爵令息様に逆らえるはずないじゃない……だから、あたし」  一歩近付くパティに、リッキーが一歩、後退る。明らかな動揺が見えた。 「そ、そんな顔しても無駄だよ。きみから侯爵令息に言い寄っていたことも、その侯爵令息に最近婚約者ができたことも、ぼくだってちゃんと知ってるんだからな。あてがはずれて、仕方なくぼくのところに戻って来たんだろ?!」 「……そんな、ひどい」  しくしくと、パティは泣き出した。リッキーが、うっと怯む。 「ど、どちらにせよ、もう遅いよ。ぼくには婚約者がいる。きみだって知ってるだろ?」 「あたしが好きなら、そんなもの、解消すればいいじゃない!」  パティが叫ぶ。無茶苦茶だわ、と胸中で呟いたのは、二人からは死角になるところで聞き耳を立てていた伯爵令嬢のシャノン──リッキーの婚約者だった。  昔からパティが大好きだったリッキーもさすがに呆れているのでは、と考えていたシャノンだったが──。 「……そんなにぼくのこと、好きなの?」  予想もしないリッキーの質問に、シャノンは目を丸くした。対してパティは、目を輝かせた。 「好き! 大好き!」  リッキーは「そ、そっか……」と、満更でもない様子だ。それは、パティも感じたのだろう。 「リッキー。ねえ、どうなの? 返事は?」  パティが詰め寄る。悩んだすえのリッキーの答えは、 「……少し、考える時間がほしい」  だった。

幼い頃に魔境に捨てたくせに、今更戻れと言われて戻るはずがないでしょ!

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 ニルラル公爵の令嬢カチュアは、僅か3才の時に大魔境に捨てられた。ニルラル公爵を誑かした悪女、ビエンナの仕業だった。普通なら獣に喰われて死にはずなのだが、カチュアは大陸一の強国ミルバル皇国の次期聖女で、聖獣に護られ生きていた。一方の皇国では、次期聖女を見つけることができず、当代の聖女も役目の負担で病み衰え、次期聖女発見に皇国の存亡がかかっていた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...