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24-1
しおりを挟むセレスの額から、冷や汗が流れ始める。
王女になる前に別れはあるが愛され、王女になった後に歪でありながら箱入りに育てられた彼女にその刺激は強すぎる。
一人のは未だしも、一斉に多数の視線にセレスは震える。
(この視線、どこかで……あ、そうか)
セレスがアベイユに送られた理由となった人物。
あの赤髪の騎士と似た、憎悪に満ちた視線だ。
残酷なことに、その連想は一つの答えを導き出した。
要するに。
(こんなにも、いるんだ)
彼女は初めてその事実を直接肌で感じた。
恐怖はまだ残っているが、心底からじわじわと、別の感情が芽生え始める。
(こんなにも!)
「セレスメリア」の死を祝ってくる人々はこんなにもいるのだ。
そう実感すると、彼女の震えが収まり、足に力がわいてくる。
(もしかすると、私は知らないだけかもしれない。知らないから、一かそれ以外に迷ってしまう。……なんだ、そもそも選ぶ必要なんてないわ)
一を助けたい、見捨てられない。
だが、多数のためにも何かを成し遂げたい。
であれば、選択肢は一つしかないのだ。
(私って、こんなにも強欲なんだよね)
セレスは自分を嘲笑い、そのまま立ち上がる。
(ふふ、精霊様、やっぱり私は地獄行きなんだよね。……それなら)
「皆様、夜なのに、とても元気だね」
場違いな言葉に全員が面食らっていた。
そんな彼らを見て、セレスは手を一度軽く合わせ、微笑みを深くした。
「皆様方は運のいい方々だわ。こんな辺鄙なところなのに、王族を一目で見るだけじゃなくて、言葉を交わせるだなんて、ね!」
「なっ!」
一人の男は顔を赤らめながら動こうとしたが、一歩しか踏み出せなかった。
誰かが、後ろから彼の方を掴み、それを止めたからだ。
「ライネリオさん!? 離してくれ、あいつが俺らを!」
ライネリオはまるで彼らの怒涛が聞こえないかのように、そのままセレスの前まで歩きだし、彼女を庇う。
いつの間にか、エマの近くに立っているアコニタも二人と合流し、ライネリオと同じことをした。
「嘘だろう」
「そんな、ライネリオさん、貴方は、あっち側なのか?」
護衛騎士は口を閉ざす。
彼も、村人たちに情があるとはいえ、護衛騎士である彼の優先順位は王女を守ることだ。
だから、王女は彼の代わりに説明したんだ。
「あら、なーに勘違いしてるのかしら?」
セレスはライネリオの腕に自分の腕で巻き、そこに頭を寄せる。
そして、勝ち誇ったような笑みで宣言した。
「怒りん坊さんは最初からわたくしの、なのよ? もちろん、こちらのアコニタもね」
村人たちは騒然とした。
一気に提示された真実が飲み切れず、皆が混乱した。
それを見たセレスは、もう一つ、やらなければならないことがあるんだ。
全てを選択できるために、やるべきことがあるんだ。
「ふふ、ふふふ!」
混乱に似つかわしくない、楽しそうな笑い声は場を一気に静かなものにした。
だからこそ、彼女はあえて全てを大袈裟にする。
「ふふ、あははは! あぁ、ものすごく面白かったわ!」
セレスの隣に立っているライネリオまで目を丸くした。
ここからは、誰も彼女の行動を予測できる人はいない。
そんな彼を見て、セレスは妖艶な笑みを浮かべながら、彼の頬を自分の左手で包み込む。
「ねえ、知ってる? 彼って、ものすごく憐れな人だよ? 幼い頃に家族を全員失くして、奴隷にまでなって。その挙句、ふふ! その原因となる人物の護衛も任された、可哀想、可哀想な男よ?」
「セレスっ」
セレスはライネリオの唇を人差し指で封じる。
その次は、アコニタの肩に両手を置く。
「そして、彼女はね……毎日興味のない人の面倒を見て、そんな人のため毒まで飲んでるわ! そんな馬鹿なことをしなければいけないのよ? ああ、なんて憐れな人だこと!」
不思議なことに、誰も言葉を発さない。
この好機を逃がしてはいけない。
そう思い、セレスは畳み掛けに行く。
「でもね、わたくしはそんな、可哀想な人達が大好きよ? とっても、大好きなのよ。特に、わたくしを嫌う人はもっと別格なの。だからね――」
ライネリオとアコニタの前に立ち、セレスは両手を合わせる。
そして、悦びに酔ったような笑顔を作る。
「わたくしは、皆様がだーいすき。心から愛してるわ」
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