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「勘違いをするな」

 冷たくて、低い声色。
 その怒りで満ちている音の方が、剣よりも何倍も鋭くて、痛い。

「護衛と言ったが、監視も兼ねている。貴女が被害を拡大しないように、陛下は俺を指名した」

 ライネリオはそこで言葉を区切り、剣を握り直す。

「その理由は、貴女が誰よりも知っているはずだ。自分の父すら誘惑した貴女が」

 一瞬、セレスメリアの呼吸が止まった。

(後ろに振り向いて、本当によかった)

 彼が放った一撃は見事に彼女の仮面を投げ飛ばした。
 今さら、彼に仮面の向こう側の自分を見せるわけにはいかない。
 僅かに目を瞑り、再び思い描いた「王女」になったセレスメリアは首だけ動かした。

「物騒な人ね」

 そう言いながら、首の側に添えられた剣を退かそうとした。
 だが。

「っ!」

 先に動いたのは、ライネリオだった。
 セレスメリアの素手が剣に触れる前に、それを彼女から遠ざけた。
 急なことにセレスメリアは反射的に体の向きを直した。

 そして、彼女は固まった。

 眉間に皺を寄せ、口を小さく開いたまま。
 揺れる瞳で、セレスメリアを見つめている。

 再会してから初めて、ライネリオに相好が見られる。
 よりによって、それは焦りと狼狽と、怖れで彩られている。

 決して、仇に見せるべきではない表情だ。

(なんで)

 思わず、疑問がセレスメリアの口からでかかったその時、ライネリオは動き出した。
 顔を俯かせながら剣を再び鞘に収め、早くも一礼をする。

「ご無礼、申し訳ございません。ご要件があるのであれば、外で待機している私に伝えてください」

 突風の如く、彼はセレスメリアの前から姿を消した。

 部屋の中に、セレスメリアは一人残された。
 おぼつかない足の支えをなくした体は、床の上に崩れ落ちる。
 足よりも激しく震えを刻む両手で、服の下に隠されたネックレスを取り出した。

 そこにはペンダントになった宝物が、二つ。

 一つ目は、シンプルなサクラソウのペンダント。
 これは彼女の母、メリアの形見である。
 セレスメリアの六歳の誕生日に貰ったものである。
 娘の手に渡るまで、メリアが肌から離さず身に着けたものでもある。

 二つ目は、丸くて、少し歪な紫色の石。
 暗闇の中に星のように優しく光る夜光石。

 その贈り主は他でもない――。

「ライネ、様」

 それは、あどけなくて、星のように淡く輝いている記憶。
 セレスメリアはまだ、ただの『セレス』に過ぎない頃の想い出。

 一番、幸せだった頃の話。

『セレスは、あの星を見るのが好きだね』
『もちろん見るのも好きですが、どちらかというと願い事をするのが好き、ですね』
『ふーん。そういうこと? ちょっと意外だな』
『そういうことです』

 冬空の下の、二人きりの天体観測、二人で見た黄色く輝いている星。
 肌を刺激するほどの寒さのはずなのに、隣に彼がいるだけで、頬に熱が集まる。

『なあ、セレス。手を出して』

 首を傾げながら、セレスは素直に手を出した。
 そうすれば、彼女の小さな手のひらの上にころんと青く光る石が転がる。

『ライネ様、これは?』
『夜光石だよ。この間、父上と一緒に採鉱所の視察を同行した時に拾ったんだ。セレスの目と似ている色に光ってるからつい、拾っちゃった』

 ライネリオは優しく微笑む。

『願い事が大好きなセレスが、星が見えない場所にいてもいつでも願えるようにと思って。こんなの作るのが初めてだから、あまり綺麗じゃなかったけど』

 彼が生きているという事実と、ジェラルドの死によりようやく再び身に着けられる宝物。
 この二つは、セレスメリアに贈られた美しくて残酷な願いを呼び起こした。

『セレスの願い事が、叶えますように』

 過去の綺麗な想い出、暖かい温もり。
 それらは今の絶望を際立たせた。

「私に見える星なんて、もう、どこにもないよ」

 願える立場ではない。
 こんなにも多くの人を不幸にさせる自分になんて、そんな資格なんてない。

 セレスメリアは光を発しない、ただの石で出来たペンダントを握りしめる。
 爪が肌に食い込むほどに強く。
 喉の奥にでかかった願い言葉を涙と一緒に封じ込めるために。
 扉の向こう側に待機しているライネリオに気付かれないように、全部唾液と共に飲み込む。

 だが、咳こんでいるセレスメリアは知らなかった。
 外に佇んでいる彼は彼女よりも強く、拳を握っていることを。



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