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 急な死に対して、貴族たちが異様な程に静かだった。
 そこで、第一継承権を持つ王弟ハロルドが即位した。
 前王の一人娘であるセレスメリアは危うい立場になり、華やかな宮殿から厳重な城に移送され、今に至る。

 親しい間柄の侍女たちを全員残し、無口な衛兵たちに囲まれながら、セレスメリアは塔を目指す。
 歩けば、待ちに待った結論を知った瞬間に得た高揚感が過ぎ去った。
 同時に、小さな不安が顔を覗かせる。

(これで、いいよね)

 これが正しい、と。
 こうであるべき、と。

 セレスメリアは口を噛みながら、自分自身の選択を一歩を踏むごとに正当化する。

 突然、衛兵たちの鎧が音を立てた。
 反射的に顔を上げると、男たちの隙間から何人かの女性が立っている。
 その女性達の中心にいる黒いドレスを纏う女性に、セレスメリアは息を呑んだ。

「ギズラー夫人、何故ここに?」

 ギズラー辺境伯の妻。
 この国の防衛の一角である貴族の妻。
 セレスメリアにとって、絶対忘れられない、忘れてはいけない人の一人である。

「先ほど夫と一緒に陛下と謁見したばかりだわ。帰る途中だけど、少し、足が別の所に向かっただけさ」

 そう言いながら、ギズラー夫人は小さく咳をする。

「そう、ですか。では、案内は必要でしょうか?」
「いいえ、必要ないわ」

 彼女は黒い扇子で唇を隠し、セレスメリアを冷たく見つめる。だが、すぐ目元を細めた。

「御機嫌よう、セレスメリア殿下。これからどこに向かっているのでしょうか?」

 その問いは普段よりも大袈裟な口調で発せられた。
 ギズラー夫人はこの通路はどこに繋がっているのかは分かっている。
 それでも、それをセレスメリアに問うた。
 彼女は明らかに、嘲笑うために来たのだ。

 口まで心臓の鼓動が伝わり、後ずさりしたくなる。
 その衝動を堪えるために、セレスメリアは手を強く握りしめる。

「誰?」

 できるだけ無邪気に、できるだけ自然に。
 セレスメリアは小さく首を傾げる。
 失礼な返答に、ギズラー夫人は目を開く揺らした。

「この、悪魔」

 妙に静かな廊下の中に短く、か細く呟かれた言葉は反響する。
 その言葉はいとも簡単にセレスメリアの良心を刺激する。
 セレスメリアは頑張って罪悪感に、緊迫感に気付かないふりを徹して、夫人から視線を逸らさない。

「悪魔は悪魔らしく、地獄に戻りなさい」

 それを言い残し、ギズラー夫人は侍女たちと共に足音を響かせながらセレスメリアの前から去った。
 しばらくすると、無音が訪れる。
 普段冷静なギズラー夫人の態度に面を食らった衛兵たち。
 その中心に、セレスメリアはポツンと立ち、視線を左下に落とす。

「変な人」

 セレスメリアはできるだけ不思議そうに呟いた。

(落ちるんじゃなくて、戻りなさい、か。確かに私の行き先は地獄しかないよね)

 今まで、自分が犯した罪を振り返ると、絶対天国には行けない。
 そんなことは、セレスメリア自身が誰よりも自覚している。

 そして、誰よりも望んでいる結末でもある。




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