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しおりを挟む王女になるのはとても簡単なものだ。
セレスメリアのように、身分の低い母から生まれたとしても、王族である父に認知されていれば、皆は王女である。
だが、王女として生きるのはまた違う話だ。
今まで不便でありながらも自由な生活を送ったセレスメリアにとって、それは非常に窮屈な制約だ。作法や教養、行動制限などなど。
平民と貴族の違いがセレスメリアを苦しめている。
だが、セレスメリアは全部耐え抜いた。
全部耐え抜いて、全部完璧にこなした。
何故なら、上手く出来なかった時に、父であるジェラルドは嘆いてしまうから。
嘆き、セレスメリアを母と比較する。
彼女はこんな風に謝らないのに。
彼女の笑顔はもっと晴れやかなのに。
彼女の言葉使いはもっと優しかったのに。
「何故、貴女はそれができないんだ」と。
いつも、その言葉で締めくくられた嘆きがセレスメリアに降り注ぐ。
大好きな母が嫌いになりそうなほどに。
母が好きでいたい。
僅かしかいない、彼女とキラキラとしている想い出を守りたい。
その一心でセレスメリアは頑張った。
「できなければできるようになればいい」。
母の教えを心の中に抱き、セレスメリアがひたむきに努力する。
回数を重ねれば、自然と王族としての教養を身に着けるセレスメリア。
それに比例して、ジェラルドからの褒め言葉の数も増える。
同時に、溺愛の度合いも増すばかりだ。
だが、結局彼の口から母の名前が消えなかった。
咎める時にしても、褒める時にしても。それを目の当たりにしたセレスメリアは確信した。
(やっぱり、この人が求めているのは、お母さんなんだ)
母の身代わりになり、父の寂しさを慰めるためだけの存在。
その気付きに、いつも父の機嫌を伺うセレスメリアの呼吸が更に絞められた。
そんな彼女にとって、唯一の息抜きはジェラルドと一緒に城下町を視察する時だけだった。
セレスメリアが成人し日に、誕生日の贈り物としてジェラルドから貰った権利(もの)である。
自由な身動きが取れないことは代わりはないが、きらびやかな宮殿の奥や夜会よりもセレスメリアに合っている。
この時だけ、セレスメリアは深く呼吸できる。
これは最初で最後の機会だと思い、彼女は心に従った。
最初は賑やかな所しか入ってはいけなかったが、小さな切っ掛けで、孤児院や病院などに足を運んだ。
昔の自分と似た境遇の子供たちや、病魔に侵される人達。
そこで、セレスメリアは目にするようになった。
幼い頃から助け合う精神の中で育てられたセレスメリア。
彼らを見て、彼女の心に「力になりたい」という気持ちが湧いたのが、自然な流れだ。
自分にやれることが少ないと言えど、出来る限り慈善活動に力を入れた。
その許可を、過保護なジェラルドに頼み込んだ。
これが、セレスメリアの唯一、ジェラルドにせがんだ我が儘だった。
いつの間にか、王都エトリアの城下町で時々見かけられるセレスメリアは当たり前の光景と化した。
彼女の微笑みで心の安寧を得た病人も多くいる。
王女だからこそできることを見つけたセレスメリアは、少しだけ、己を許せるようになった。
その頃から、セレスメリアは都民たちに「エトリアの聖女」と呼ばれ、愛されている王女として知られている。
そんな生活はセレスメリアが二十歳になるまで続いた。
一週間前、王であるジェラルドが殺された日までに。
その実行者はジェラルドの寝室と隣接する王妃の間から忍び込み、彼の息の根を止めた。
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