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しおりを挟む最近、時間の流れが速く感じる。
気が付けば数日もたち、私は二十一歳の誕生日を迎えた。
誕生日だとしても、私はいつも通りに過ごす。
お気に入りの青いドレスを着て、髪に蜂蜜色のリボンを結んだ。
家の皆から贈り物とお祝いの言葉を貰った。そして、ニコルに「せめて、今日くらいゆっくり休んでください」と言われた。
これだけで充分だと、心からそう思う。
いつもよりも手紙が沢山届いた。
フルメニアやゼベランの王族やアベル様、縁がある孤児院たち。そして、その中に実家であるアルブル家からの手紙もあった。
その内容を読み、どうしても一人になりたかった。
だから、温室の中に入り、カレンを外に待機させた。
少しだけ奥の方に歩き、姉が書いた手紙をもう一度読み返した。
その中に書かれていたのはそこまで複雑なものではなかった。
二十一歳の誕生日、おめでとう。ゼベランで上手く過ごしているのか。春になっても、やはりゼベランは寒いから、体調に気を付けるように。
アルブル家の近況、弟の成長や姉の研究の進み具合など。大変なこともありながらめでたいこともある。そんなありふれた、暖かいものだった。
そして、いつものように「いつでもフルメニアに、私たちの家に帰ってもいいよ。お父様とお母様もそう言っている。ユリウスとメアリだって会いたがっているよ」と書いてあった。
戦争が終わり、同盟などの意味が薄まっているのだろうか。王子を産んだアクイラ様だけでもう充分成り立つものになったからなのか。ゼベランにはフルメニアに対する不信を抱いている人も今でも少なからず存在していることに対する心配なのか。
それとも、それと全く関係なく、未亡人のような立場になった私に気を使っているからなのか。
家族のことを考えると、おそらく最後の二つのうちの一つなんだろう。そう思うと、ため息を吐きたくなった。
気持ちは、とても嬉しい。
だけど、手紙で何回もそのつもりはないという意思表示はした。それでも、お姉様がこうやって私のことを心配している。昔のことであまり信用されてないのは自業自得だけど、やはり少しだけ寂しさを感じる。
こうなると、お姉様が信じるまで本心を綴るしかないな。
ふと、視界に青い花が映った。
甘い香りを漂わせる、百合と隣り合っているリュゼラナだ。旦那様の代わりに、私が育てたリュゼラナだ。
身を屈めて、その香りを肺に沁みるまで吸い込んだ。
不思議なことに、嫌な気持ちにならなかった。昔は、あんなに大嫌いだったのになぁ。見るだけで過去の嫌な記憶が蘇ったはずなのに。
今なら、そうではない。
ファルク様はこの青が好きだったな。実家の庭にも沢山咲いているな。そこで昔姉と隠れん坊をして、中々見つけられないから泣きだしたこともあったな。
フルメニアにとっては国の象徴、ゼベランにとっては希望の象徴。
そして、リュゼラナを見つめる旦那様の目はとても優しかった。
それを自覚すると、人間は変われると実感できる。
再び、お姉様の手紙を読み続ける。
結びに「遠くから貴女の幸せを祈っているわ」と綴られた。
(私の幸せ……本当に、お姉様って心配性ね)
大丈夫なのに。確かに、寂しい、悲しい気持ちもあるけれど、貰ったのはそれだけではないのだから。
花瓶の花を見る度に寂しさを感じるとしても。
そして、私は一人ではない。
ニコルやハンナ、ソフィやカレン。そして、今はライヤもいる。
変わったものがあるとしても、大切なものはちゃんと残っているから。
たとえ、大好きな彼がもう二度と戻らないとしても。
正直、あの日からは針を飲み込むような痛みを抱えながら生活をしている。
でも、家の皆のおかげで、挫けずに前に進もうとした。
ある程度覚悟もしたからなのか、少しずつ、少しずつ。でも、確実に。
私はその痛みとうまく付き合いながら、こうして人生を歩む。
だから「再婚」という言葉は一度も考えたことはなかった。そして、彼に向ける気持ちも変えたくない。彼を、過去の人にしたくない。
あの時と違って、私は諦める必要はないのだもの。だから、変わらないことを選んだ。
例え、それが私を苦しませても。いつか、その苦しみでさえ愛しいと思える日々が訪れるように考え方を変えようと思う。
今は、時折胸がまだ傷むけど、その痛みよりも大切なものをちゃんと受け取ったんだ。
そして、ちゃんと全部丸ごと大切に胸の中に抱きしめる。
その気持ちが膨らみ、早く彼女に信用されるように真心をこめて手紙を送りたい。
そのために、手紙を飾るための花を探そうとしたら、後ろから扉が開かれた音がした。
(ん? 誰だろう? ニコルかしら)
家の人に一人になりたいと言ったけど、緊急事態ではそうはいかない。
外からは騒がしさが全くなく、おそらく危険なものではないだろう。
それなら、早めに対応した方がいいだろう。
「ニコル?」
そう思って、私は後ろに振り向いた。
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