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 その言葉に、私は息を飲んだ。床が崩れたかのような錯覚に陥った。
 こぼれ落ちた言葉はあまりにも短くて、あまりにも重い。一瞬、呼吸ができなくなるほどの重さだった。

「使わずに戦う分には問題ない。魔力もそうだ。別に、彼が弱体化したわけではないからな。だが、竜化はもう駄目だ。それと、大怪我もね。すると竜の血が本能的に魔力の循環を強めて、無理矢理回復させようとするからね」
「……ヴィルト様は、何故それを私に?」

 何故か、彼の説明を周りが口説くように感じる。情報を与えたが、確信である何かをまだ明かしてない。彼のその態度は余計に私の不安を揺さぶる。
 彼は私の前まで歩き、懐から取り出した紙束を差し出した。

 それは、新聞の号外だった。
 そこに書かれた文章を見て、私は大きく目を開いた。

「ルナードが、ゼベランに宣戦布告……?」
「自国の王弟殿下の暗殺と遺体が行方不明になったことを理由にして、な。暗殺が、自分でやったにも関わらず」
「まあ、王弟はどちらかという僕たちと繋がっているからね。そもそも、確かに彼は重症を負ったが、命を取り留めた。向うに回収されたら確実に殺されるから、我々が秘密裏に彼を匿っている」
「結婚式の件もそうだが……六年前といい、今回といい、開戦する理由とあわよくばゼベランとフルメニアの関係を悪化させようとして、本当に回りくどいことをする連中だ」

 宣戦布告。即ち、ゼベランとルナードが戦争する。

(そうなると)

 首が自然と旦那様の方に向いた。
 そうなると、目を覚ますと彼はこの戦争に参加するだろう。体が限界に向かっているにも関わらず。

 それでも、ヴィルト様がこうして話した理由がわからない。物事の間に糸が繋がっておらず、目を揺らしながらヴィルト様の様子を伺うことしかできなかった。

「そこで、だ。貴女に彼を前線に参加しないように、説得して欲しい」
「私が、旦那様を?」
「ああ、そうだ。これからゼベランはルナードと戦争する。そこで、彼が竜化しなければいけない場面に出くわすかもしれない。そして、必要であれば、僕は躊躇いもなく彼を命令する。「僕たちのために死んでください」、とね」

 背中から緊張感が走る。
 それを言った彼は人の上に立つ人の目をしているからだ。

「だが、彼の幼馴染として、彼に死んで欲しくないと思う気持ちも確かだ。可能性が極めて低いが、力を使って生き延びても、おそらくもうそう長くは持たないだろうと、医者がそう診断した。……彼に、戦争が終わるまで眠ってもらえるのが一番いいかもしれないが、おそらくそれはないだろう」

 戦争、潮時、長く持たない。
 残酷な言葉が次々と増えている。

「確かに彼がいれば、ゼベランの被害が抑えられるだろう。だが、我々はいつまでも竜に縋ってはいけないと思ってね」
「まあ、そのために俺たちは色んな準備をしたんだな。あいつは全く気付いてないようだが」

 説明が終わったからなのか、二人の視線の矢先は私に集束した。
 その視線と誰も何も言わない空間は非常に居心地悪かった。

 彼を説得する? 私が? 遠くからあんなに愛しそうに城下町を眺める彼を?

「多分……いいえ、きっと、無駄だと思います」
「君なら可能性があると思うけどね……それに、「可能性があれば試さないのが勿体ない」、でしたっけ」
「っ!」
「……急なことだけど、考えてみて。どんな結果になっても、僕たちは受け入れるつもりだ。それは貴女とルカが選んだ選択肢だから」

 ヴィルト様はポンと軽く私の肩を叩き、そのまま退室した。
 部屋の中に、私と眠っている旦那様二人だけが残されている。



 結局、その夜眠気が訪れなかった。
 頭と体が疲れているはずなのに、目だけが冴えている。

 どうしても、今日の出来事がぐるぐると頭の中に回って止まってくれない。
 胸が重くなるばかりで、横になるのが辛くなっている。
 重くて重くて、不安になった。

 旦那様は本当に良くなっているのか。今、彼はまだ息をしているのか。彼の姿をすぐ確認できなくて、不安が弾けた。

 暗闇が後ろ向きな感情を強くさせる。これ以上の苦しみに耐えられなくて、体が勝手に動いた。
 一目だけでいい。彼がちゃんと息をしていて、あそこにいることを確認しただけなんだ。そう思いながら、私と彼の部屋を繋ぐ扉を開く。
 足音を隠しながら、彼が眠るはずのベッドに近づける。

 だけど、そこに彼の姿はない。
 呼吸が。頭が。全部痛い。震える手でベッドに触れる。冷たい、温もりを感じない。
 彼が目を覚ましたの? そして部屋の外に出たのか? だけど、そんな音は全くしなかった。

 どうしよう。彼はどこにいるの?
 部屋を出て、廊下を歩いて、下に降りて。
 慌てる私の物音に気付いたからなのか、家の皆が起きてしまった。
 屋敷中探しても、彼の姿はどこにもなかった。

 探していない場所は、残り一つ。
 皆の制止を気にせず、私はそのまま本能に従って走った。

 ヴィルト様は「もう潮時」と言ったけど、もしかすると彼の体が消えたりとか、そうなってしまうのか?
 だったら、さっき確認を取ればよかったのに。

 自分自身を責めながら、私は温室に向かう。



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