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(素直に、お父様の優しさに甘えればよかったかもしれないね)

 と、頭の痛みで叩き起こされた回想が終わったと同時に内心そう呟いた。

「ファルク殿下とアクイラ殿下に幸あれ!」

 神殿の入口付近に立ち、歓声に耳を傾けながら周りを見渡す。

 目の前には青い空が広がっている。その真ん中に太陽が爛々と輝いている。
 それに照らされたのは青いリュゼラナに囲まれた白い神殿の前に立っているファルク殿下とアクイラ殿下。
 鼻には甘く漂うリュゼラナの香り。耳には民衆の歓声。それらが二人の結婚がどれほど祝福されているのかを証明した。
 まるで違う場所にあるかのように、青い花びらを降らせる国民とその中心にいる新郎新婦を見つめる。

 彼らを祝ってくれたのは天気と国民だけではない。
 数々の他国の大使や親善大使も参列している。あのルナード国の王弟殿下であるカリオール殿下までもいらっしゃる。

 その事実は、外交官として動いているファルク殿下の功績が具現化された。それだけではなく、国民がアクイラ殿下に向けた熱気も凄まじかった。そんな二人がお互いを見つめ合って、そして幸せそうに笑っている。

 心の中からポキッと何かが折れた音がした。

 あの日から二十五日もすぎた。されど、二十五日しかすぎていないとも言える。
 何年もかけて大切に育てた心を埋めるには足りなかった。
 小さな刺激一つだけで、一所懸命埋めたものが無様に掘り起こされた。そして、再び私の胸を黒く蝕む。

 呼吸ができなくなった。体は苦しみに素直で、身を翻して走ろうとしたその時。

「きゃあ!」

 突風が吹いた。そして、リュゼラナの花びらで詰まっている籠が私に向かって飛んできた。
 小さな悲鳴に変わった歓声と共に、左手で顔を庇ったが。

(あれ?)

 待っていた衝撃は訪れなかった。
 その代わりに、僅かに、森に似たような香りが漂っている。 
 
 同時に魔力の圧を感じた。
 足から力を奪い、背筋に悪寒と冷や汗を走らせるほどの魔力。
 
 見てはいけない。見たくもない。直感がそう訴えている。

「大丈夫か?」

 低くて、無機質な声だった。
 「もしかすると」と思って意を決して、震えと戦いながら顔を上げた。

 視線の先には濃厚な蜂蜜のような、透明感がある黄金の瞳があった。
 それはあまりにも真っすぐで、心の奥底が見透かされた気分に襲われた。

 うなじから腕まで、鳥肌が立った。
 美しすぎるものは恐怖をもたらす。これは本当だった。不気味さで全身の動きが奪われた。そのせいで、私の視線が黒髪の男性に固定された。
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