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 あれは、ファルク様がお忍びをする時に身につけるものだった。

 そう確信に近い何かを感じた直後、思考が氾濫する。
 混乱している頭が次々と疑問を投げかける。
 何故彼がここに? 今日は外交の仕事で忙しかったはずなのに。手紙にそう書いてあったはずなのに。彼は私に嘘をついたのか? そんなはずがない。彼だけがそんなことをするはずがない。

 彼の手が動いた。
 出口のない猜疑心がさらに刺激された。
 だって、その手は彼の隣にいる、フードを深く被っている女性の肩に置かれていたからだ。

 この時、私の感覚は完全に遮断された。
 耳の、口の、肌の感覚を全部失った。感じるのは、胸から全身に広がる不規則に叩く衝撃だけだった。

 ファルク様は親しげに顔が見えない女性をエスコートしている。
 女性がファルク様を手招き、彼の耳に何かを囁いた。
 フードから覗いた二人の唇が笑みを咲かす。

 親密に、甘く。恋人同士のような仕草だった。
 私に見せたことのない仕草だ。

 頭が目の前にある風景に対して拒絶反応を起こした。
 もしかするとあれは別人だって、ファルク様ではないって。万が一ファルク様だったとしても、彼が仕事としてあの女性を案内しているだけかもしれない。
 もしかすると、私の早とちりで勘違いにすぎなかったかもしれない。あまりにも不特定な要素が多すぎて、早まって決めつけてはいけない。
 そう、次。次、彼と会う時に確かめればいいんだ。感謝の気持ちが込められたプレゼントを渡して、彼に今日のことをさりげなく聞けばいい。きっと彼は私を安心させる答えを出してくれる。彼を信じさせてくれる。

 そう希望を抱いて、青い糸を胸の中にぎゅっと抱きしめる。

 その時、風が吹いた。
 優しい葉擦れと共に、男性の外套から紺色の継ぎ合わせが揺らぐ。昔、破れたファルク様の外套を直すために私が使った布と同じ色。
 風で女性のフードが頭部からずり落ちて、燃える炎のような赤髪が曲線を描く。同時にファルク様は女性を抱き寄せた。

 青い糸が詰まっている紙袋が地面に落ちて、鈍い音を立てる。

 賑わう人の声、メアリと護衛騎士の声、乾いた口の中。
 体が感覚を取り戻した。
 それでも、私は寄り添う二つの背中から目を逸らすことができなかった。

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