失われる未来を救けて

アホウドリ

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現代編

激しく移ろう事象

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 長い話を終え、美玖の顔をまじまじと見る。

 美玖は、話を聞いている間中、一切の言葉を挟まなかった。正しくは挟めなかったというのが正解だろうか。僕が一息に話し続けたこともあったし、彼女は話を聞いている間、たびたび驚愕の表情を見せ、始終茫然自失といった様子だったからだ。

 美玖の顔をじっと見ると、先ほどの号泣とは何とやらといったふうに、唖然としていた。どうやら話を聞いているうちに涙など枯れてしまったようだ。今も驚愕のあまり目を見開き、口をパクパクとさせている。

「美玖……」

 僕は心配になり、声を掛けた。これを聞いてようやく声を発す気になったようだ。

「そんな……」

 美玖は目を見開いたまま後ろに振り返り、墓を後にしようとしていた。僕も後についていくしかなくなった。掛ける言葉がなく、お互い無言のまま駅へと向かい、本来の家であるアパートへと帰ることにした。

帰る途中、美玖は一切の言葉を発しなかった。僕がいくら声を掛けても、心ここに非ずといった様子だった。そして、我が家に到着すると、一目散に自分の部屋へと籠ってしまった。

 夕飯時になっても、美玖は自室から出てこなかった。普段の食事の用意は美玖がしているため、今日は僕が作ることにした。そのとき僕は、昨年末のことを思い出していた。

 僕は、父さんが亡くなってからというもの、トイレと入浴以外はずっと部屋に引きこもっていた。そんな姿を心配した美玖は、僕の部屋へと入って来て、元気付けようとしてくれたのか、学校の様子や他愛のない話をしてくれた。

 しかし、今の美玖には、あのときのような慰めをしてはならないだろう。ここはそっとしておくしかあるまい。

 そうして、料理下手な僕でも作れる簡単な食事を用意し、「美玖、夕飯できたぞ」と声を掛け、部屋の前に置いた。

 結局その日の会話は、お墓での一連の出来ごと以来なかった。



 月曜日となった。いつもみたく美玖に弁当の用意をさせるのは、憚られたため自分で用意しようと思い、早朝に起きだした。そして自室のドアを開けると、キッチンには美玖が立っており、弁当と朝食の準備をしていた。

 僕は思わず話し掛けようと、口を開き掛けた。しかし美玖の顔を見てみると、いつもの楽しそうな笑顔とはなんとやらといった様子だった。墓のときとはまるで変化なしといった表情だった。

 僕は一応「おはよう」と声を掛け、椅子に腰を着けた。それを聞いた美玖も、「うん、おはよう」と答えてくれた。
少しだけいつもの美玖に戻ってくれていたようだ。

 食事中も会話は少なかったが、昨晩よりはずっとマシであった。

 登校中も会話は少なかったが、これも昨日の実家からの帰宅中よりはずっとマシであった。

 教室に到着して自分の席を見ると、未来と聡が話していた。

 僕は、「おはよう」と挨拶した。僕の挨拶に気付いた二人も、同じ返事をしようとしたものの、二人を一目見ただけで異変に気付いたようだった。初めに口を開いたのは聡だった。

「お前ら、何か変だな」

「わたしも、ヒロくんと美玖ちゃんの様子が変だと思います」

 二人とも疑うような眼差しで言った。無理もないだろう、いつも僕と美玖は二人並んで登校している。そんな二人を見た聡は、下品にも「同伴出勤か~?」と揶揄することが度々あった。

 その二人がいつもと打って変わって、一緒に登校はしているものの、僕の後ろ一メートルくらいを美玖が歩いているのだ。これを見て聡と未来は怪しんだというわけだ。 

 僕は昨日のことを話すわけにはいかんと思いはぐらかすことに決める。

「まぁ、いろいろ込み入った事情があるんだ」

「昨日の朝メッセージくれたよな。実家に帰ってたんだろ?」

 下手なはぐらかしが仇となり、聡は食い下がってきた。

「大雑把に言うと、実家でちょっとひと悶着起きてな。金曜日の『未来視』のときみたく、あまり掘り下げないで貰えると助かる」

「そ、そうか。大変だなヒロも」

 聡はそう言って、僕の肩に手を置き親指を立て、頑張れとウインクをしてきた。気色の悪い奴だと思ったが、今回ばかりは聡の優しさに救われた。かっこいい奴だ。

 後ろを振り返り、美玖の様子を窺ってみた。するといつの間にやら、未来が会話を持ち掛けていた。美玖も、さすがに心配を掛けては申し訳ないと思ったのか、普段よりは静かなもののつたない会話をしていた。

 美玖が少しでも立ち直ってくれるならば、嬉しい限りである。

 昨日の墓での出来事の責任は全て僕にある。いや、昨日よりずっと前からであろう。しかし、無責任なことこの上ないが、僕にできることはもはや何ものもないのだ。美玖のことは未来へと託すことに決めた。僕は未来に声を掛け、耳打ちをする。

「昨日僕と美玖とで、どんなことがあったかは詮索しないで貰えると助かる。これに関しては全責任が僕にあるから、無責任も甚だしいと思うだろうけど、できる限り美玖を支えてあげて欲しい。僕にできることは何もない」

 そう言うと、未来は無言ながらに僕の肩へと手を置き、任せてとウインクをしてきた。人生相談部の部員(僕を除いて)はなんて優しいメンバーばかりなのだろうか。

 僕は素直に「ありがとう」と言って感謝をした。

 チャイムが鳴り、未来は「ひとまずは帰りますね。授業中は頑張ってください」と言い残し、自分の教室へと戻っていった。

 美玖は授業中や中休みの間もまた、近くの友達と会話をしているので、僕にできることは特にない。しかし見守ることくらいはできるだろう。僕は窓側真ん中の席で、美玖は二つ前の席だ。僕は美玖のことを始終見守っていた。



 放課後となり、聡を連れて部室へと向かうため立ち上がった。そのとき、早くにホームルームが終わった未来がやって来た。いつも部室にはみんながバラバラになって行くのだが、今日は特別に美玖を迎えに来たらしい。

 僕らはいつも昼休みになると、部員メンバー全員で並んで昼食を摂るようにしているのだが、今日は未来と美玖だけで食事をしていた。未来は、僕の頼みを早速実行してくれているようだ。

 未来に目をやると、こちらの視線に気付いたのか声を掛けてきた。
「ヒロくんと聡くんも、今から部室に行くところですか。私たちも一緒に行っても良いですか? ねぇ美玖ちゃん、それで良いよね?」

 美玖は言葉にしなかったが、うんと頷いた。それを見て僕は安心した。

「もちろんだとも」

「よっしゃ、行くかー」

 聡も乗り気になったようだ。

 部室に向かう途中、僕と美玖の間に会話はなかったものの、未来が取り持ってくれた。

 少しヒヤッともしたが、なんてことのない会話だった。

「それにしても、ヒロくんの実家って大きいですね。あそこって山梨でしたか」

 未来は、突然昨日のことを話題にあげてきた。

「山梨の田舎の方な。父方の祖父が農家らしくてな、その分家も大きくなったってわけさ」

「へーそうだったんですねー、ねね美玖ちゃん、電車乗るの久し振りだったんだよね。疲れた?」

 未来は美玖を気遣ってか、声に出さずとも返事のできる会話しか持ち掛けなかった。すると美玖は「うん」と声に出して返事をした。

 どうやら未来の努力は実っていたようだった。続けて聡も会話に入ってくる。

「そういやヒロ、土産は買ってきてくれたか?」

「ヒロくん田んぼのお米持って来てくれるんでしたよね?」

 未来は、ニヤニヤとからかいの顔で聞いてきた。

「ああ、ほれ、これ」

 僕は鞄から二本の稲を取り出し、二人の手に渡した。

 二人の反応はあえて見ないことにする。そのまま歩いていると、部室に到着した。



 各自机の上に荷物を置き、定位置へと着席した。

 僕は椅子に座ると、大きく息を吐き、身体を背もたれに預けてリラックスする。そして、みんなへと声を掛ける。

「さて、どうする」

「部活だな」

「部活ですね」

「……」

 みんな理解していた。今は部活中だ。しかし、やることがない。先週末にも同じやり取りをして、同じ閑散とした景色を見た気がする。これはデジャヴか。いや、これは毎度の話だった。

 朝起き、朝食を食べ、登校し、授業を受け、放課後になると部室へと向かい、部活開始直後に僕がみんなにどうするか問い、みんな一斉に部活をすると答え、何もせず解散する。これが常だった。

 それに、昨日の今日であることも相まって、余計に静かになっている。

 思えばこの状況が始まってから早二ヶ月は経とうとしている。ここまで何も活動していないと、いずれ廃部なんてこともあり得るのか、と不安になった。しかし、どの部活もこんなものだろうとあえて現実逃避を決めた。

 そんな結論に達し、ふと顔を上げてみると、彼ら三人はボードゲームをしていた。

「あー聡くん結婚するんですか~お相手は誰かな~?」

「隣にいる人とだから……くっそ、ヒロだ」

「次は美玖ちゃんの番だよー、はいサイコロ」

「うん」

 美玖がサイコロを投げ、出た目の数進む。そこは「結婚」となっていた。

「兄さんと結婚するみたい」

「えぇ、美玖ちゃんも! そっか、ヒロくん人気者ですね~私も頑張らないとです」

 未来はそう言いながらファイティングポーズをし、自分の番となったためサイコロを振った。

「えーっと? この場で一番の権力者にお願いをする。というのが出ました。この場で一番の権力者というと、やっぱりヒロくんですかね」

 なんなんだこの展開は。急にボードゲームを始めたと思ったら、これまた急に僕に向けてお願いをするなんて。なんとなく、次に未来の言う言葉が分かったように思えた。それはこうだ。「ヒロくん、『未来視』使って良いよ」

 未来はボードから顔を上げて言う。

「ヒロくん、『未来視』使って良いですよ」

「きゅ、急だな」

 僕は思わず、臆してしまった。

「まー金曜に美玖ちゃんも視て貰ってましたし、わたしもいいかなーと思いましてね。どうせ大したことも起きないでしょうし」

「そうか、本当に良いんだな?」

「うん、いいですよ。どうしたんですか? いつもなら食い気味にやるぞやるぞ! って言いそうなのに」

「それは……未来がこの部活に入ったとき、みないでーヒロくんのエッチ。というおそらくダブルミーニングの言葉を言ってきたからで、未来のことを思ってだな」

「そんなこともありましたね。もう忘れちゃいましたよ。でも、そんなのは冗談ですから気にしないでくださいね」

 そう言って、未来はどんとこいといった様子で身構えた。

「わかった、それじゃあ準備するな。おっとっと、その前に、三人にも確認しておかなければな」

 聡と美玖へと目をやり、いつのまにやら参上くださっていた美幸先生にもお願いした。

 未来は、みんながカーテンを閉めると、僕の正面の席に座った。僕は黒いマントを羽織り、部屋の電気を消した。

 簡単な準備を終えると、僕は席に着き、未来へと話し掛ける。

「よし。それでは、ただいまより、咲美未来さんへの人生相談もとい、『未来視』を始めようと思います。よろしいですかな? 未来さん」

「どうぞ」

 未来は手のひらを出して先を促した。

「了解しました。では、参ります」

 僕は目を閉じ、手を合わせる。

 僕は願った。


 
(神よ、どうかお許しください。咲美未来のこれから歩むだろう『未来』のごく一部を私めが盗み見ることを)

 すると、瞼の裏側に色のついた景色が浮かび上がってくる。



 僕は『未来視』を終え、ため息を吐いた。先週の金曜日といい今日といい、何の因果であろうか。どうしてこうも、人の不幸な姿を続けて見なければならないのだろうか。

 僕はどうやらあのときから何も変えられていなかったみたいだ。

 今までしてきた努力は無駄だったのである。

 僕は、みんなに表情を見せないため、マントをを椅子に掛けて立ち上がった。みんなは僕の能力が終わったと見て、期待の眼差しを送ってくる。

 僕はそれを無視し窓辺へと歩みより、カーテンを開く。誰からも悟られないよう、目から溢れ出た涙をワイシャツの袖で拭った。学校の周りに聳え立つビル群の間から、眩しいほどの夕日が差し込んでいる。僕はその夕日を眺め、物思いに耽る。

 この『未来視』の能力は、本当に意味があるのだろうか。

 この能力が発現したきっかけは、父が亡くなったことによるショックから、これ以上同じ悲しみを増やさないためにもと祈ったことだったはずだ。そして、この能力によって救うべき人を見つけた。僕は彼女を救うためにもと思って部活を作ったのだ。

 確かに、一時的には救えたかのように思えた。

 しかし結局のところ、何も変わってはいなかった。

 そうするとやはり、『未来視』の根本的な問題に当たる。

 この能力は『未来』が視えるだけであって、そこまでに至る原因を基本的には知ることができない。先日おこなった美玖の場合は特別で、自分から僕に好意を寄せ始めたきっかけを話していたため知り得たのだが、今までにおいてもこの問題はあった。

 例えば、「近い将来起きることを教えて欲しい」という相談があった。お望み通り『未来』を視たわけだが、それは不良からリンチをされるという結果のみで、起きる原因まではわからなかった。

 結局、みんなでリンチの原因について話し合いをしたものの、何もわからず終いになり、『未来』は現実となってしまった。

 僕は、『未来』を視ることができる。そして変えることもできる。しかし、一筋縄ではいかない場合もあるというわけだ。

 今回のものについてはどうすればいいのだろうか。原因を探るにしても、本人に聞くことはあまりに酷だ。

 そうして僕は、今視たものを振り返る。

 それは、未来が自殺する『未来』だった。
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