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現代編
ささやかな日常と流転
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僕の在籍しているここ矢張高校は、正式名称が矢張大学付属高校といい、東京は八王子市にある大学の中に建てられた高校だ。大学全体の敷地面積はおよそ百万平方メートルもあり、東京ドーム二十三個分もの大きさがあるらしい。あまりの大きさにより、僕自身何がどこにあるかわからないし、一周したこともない。
矢張大学には医学部があるのだが、国内の大学では有数の大きさだ、最先端の技術設備が整っているらしい。僕らの部活は医学部が使用している実験室に併設した、準備室という場所を活動拠点としている。
この大学には付属高校も入っているということで、大学生とは頻繁に顔を合わせる。特に僕らの部室周辺は、医学部棟なこともあってか普段高校生は全く利用しないので、肩身が狭いことこの上ない。
何故こんなところを人生相談部の部室へとあてがわれたのかというと、こんなエピソードがある。
僕らの学校では通常、部活設立時に部員数三名以上が必須で、なおかつ教師へと納得のいく具体的な活動内容の説明を求められる。
僕の作ろうとしていた部活はつまり社会奉仕活動でもあるので、いざ部活設立へと教師に掛け合ってみたところ、活動内容としては納得を得られた。しかし、うっかり僕がそこで、「未来予知します」と答えてしまったことで、一気に胡散臭いものを見る目へと変わってしまった。
こうなってはそれらしい行動を見せねばと思い立った僕は、目の前にいた教師の『未来視』をした。そして視えた『未来』は「離婚の危機」というものだった。
「奥さんと最近上手くいっていないのでは? もう一度よく話し合ってみてはどうでしょうか」というアドバイスをしてみたところ、「上手くいってないとよくわかったな。うむ、社会への奉仕をする部活でもあるし、許可しても良いかもしれんな」とあっさり言って貰えた。ずいぶんと理解の早い教師だった。こういった場合、否が応でも却下されるものだと聞いていたのだが。
そのとき隣で話を聞いていた担任の教師が、唐突に話へと入ってきた。
「その部活、顧問に困っていませんか。もし良かったら私が担当してもよろしいでしょうか?」
「いやしかし、先生はこの高校での担任のかたわら、医学部で研究もしているじゃないですか。忙しいのではないでしょうか」
「大丈夫ですよ。それよりも、私が興味あるのです」
「そうですか。それならお任せできますかな」
「任せてください。ありがとうございます」
こんなことでスムーズに話が進んでいった。僕は顧問となる教員へと目を向けた。すると、ウインクが返ってきた。
その顧問を担当する教師が、自分の都合がいい教室をとあてがってくれたのがこの準備室というわけだ。
とりあえず、僕は授業が終わったので早速部活をしようと思い、部室へ向かうことにした。
僕らの部室には、真ん中に長方形の机の長辺が二つ合わさったものが二組あり、縦に並んでいる。つまり田の字が縦に伸びた形だ。
そして、それらの横に椅子が五脚ずつ、部屋の奥と手前側に席に三脚ずつ並んでいる。
僕の特等席は部屋の奥側真ん中の席だ。聡は主に僕から見て右側の椅子に座り、未来と美玖は、左側の椅子に、手前から未来、美玖の順に座る。そして、部室の左端には大きなラックが並んでいる。
「よし、みんな集まったな。それでは活動を始めようではないか」
そうは言ったものの誰一人として興味を示さず、無視を決め込んでいる。聡は何かの作業を、未来と美玖は会話という部活動に勤しんでいるのだ。みんな最近弛んでいるのじゃないだろうか。みんなの士気を上げるため、聞いてみることにした。
「君たち!」
「わぁっ、びっくりした。急にどうしたの兄さん」
急に叫んだため、美玖は驚いて目をまん丸にしている。僕は首をねじ切れんばかりに大きく顔を向ける。
「君たち、この部活動の名前を言ってみろ」
「何を言ってるんだヒロ、当たり前のことを聞くなよ、なぁ?」
目の端で見てみると、聡はにやにやしていた。
「おい、お前。朝は普段困っている人を探しているとか言っていたじゃないか」
「冗談だよ、俺だけは部活の趣旨を理解してるつもりだぞ」
一度みんなを教育しなければならないみたいだ。
「ここは人生相談部と言ってだな、依頼人が今後の『未来』について相談しに来たのを、僕が受けるという部活なのだぞ。わかっているのか美玖」
「う、うん、もちろん覚えてるよ」
覚えてるじゃなく、そこは知ってるじゃないだろうか。
「私はもちろん知っていますよ、ヒロくん」
未来は本当に良い子だ。その割には活動していないみたいだが。
「客を探して来るんだ諸君、キャッチだよ、わかるか?」
僕は精一杯の傲慢な態度で言ってみた。
「だったらお前も探して来たら良いんじゃないか?」
聡は首の後ろに両手を回し、哀れなモノを見る目を向けてくる。
「まあ、それもそうなんだけど、そうなんだけど、僕にはちょっときついので」
僕は目が悪いのだが、それを初対面の人に悟られたくないため、できる限り固定の人間としか話さないようにしている。ちなみに、人生相談中については仕方がないとのことで、なるべく離れて会話するためこうして長い机を並べることで対処していた。これは特例で、顧問の先生に直談判した。
「お前は本当に慣れないなぁ。机も長すぎるし、相談者の顔見えてるのか?」
僕はごまかすため、「あっはっは」と言った。
「あー、暇だなー」
この部活は主に僕以外の三名が依頼人をどこからともなく連れて来て、僕が『未来視』の能力を使い、人生相談を受けるという役割分担となっている。部の活動としては、ほとんど僕が働いているのだが、三人がいないと活動すら始まらないため、持ちつ持たれつの精神で活動している。
ちなみに僕の『未来視』の発現の歴史や詳細については、部員の仲間と顧問のみに話してある。他の人間にはインチキ臭い占い師程度の認識なようだ。
部活設立当初、絶対に『未来』を当てる輩がいると話題になり、一度はそれを見ておこうという生徒が部室に殺到していた。部活設立当初までは。
今は七月だから設立してから未だ二ヶ月ほどしか経っていないはずで、まだまだ伸び盛りなのだが、部室は閑散としている。
いくらなんでも飽きが早すぎないか。若人よ、流行り廃りの目まぐるしいことで。暇を持て余していた僕は話をしようと思った。
「なあ未来」
「なんですかーヒロくん」
「今日も可愛いな」
「いやだなぁヒロくん。照れちゃいますってー」
頬に両手を添えながら、全然照れてなさそうに言った。
「兄さん、働こうよ」
呆れて何も言えないという顔をしながら美玖は言う。
「だって、依頼人が、来ないの。なんで、なんでさ。みんな飽きるの早いよ」
「兄さん、頑張って」
両腕でファイトというポーズを決めながら言った。
他人事みたいに言いやがって。
確かにこの部活は僕が部長なのだから、全ての責任を持っているわけだけれど、少しは協力してくれても良いじゃない。
「みんな飽きるのって早いよなー俺も少しこの部活飽きたし」
聡は呑気な調子で言う。
「そ、そんな。どうにかしてくれみんな、頼むよこのままじゃ廃部の危機だよ」
僕は精一杯の面倒な人間を演じていると、それを見かねた未来は「こほん」と咳払いをした。
「しょうがないですねー私がヒロくんのためにも、一肌脱ぎましょうか」
ない筋肉で力こぶを作りながら、未来は言った。なんて良い子なのだろう。すると美玖もそれに乗っかるようにして、「えー未来ちゃんが行くなら私も行こうかな」と名乗りを上げた。
「さて、俺もヒロと二人っきりはいやだから行こうかな」
聡も続けて名乗りを上げた。少し傷つきはするが、如何なる理由だろうとも、やる気に満ちているのは大変喜ばしいことだ。
「じゃあ、僕は一人でお留守番しておきますね。頑張ってお客さんを連れてきてくれたまえ」
仲睦まじい女子たちは話しながら教室を出て行った。聡は一人きりで探しに行くようだ。とりあえず、依頼人を連れてきてくれるのを祈るばかり。
「ふぅ」
ずいぶんと久しぶりに教室で一人になった気がする。
一人でこの教室を占領するのも心地良いものだ。
この部室は実験室に併設された準備室を間借りしている形だ。とは言ってもあちらの部屋の物はあまりない。準備室が準備室として機能していない。
普段部活をするときは、依頼人が僕と対する席に座って貰っている。そして、いざ人生相談を受けるとき、依頼人とは少し距離が離れてしまうのだが仕方ない。
だって、近いと目が合いやすいし。僕の目が悪いのがバレてしまいそうですし。遠ければ明後日の方向を見ていてもどうとも思われないし。目が泳いでいても違和感ないし。ごにょごにょ。
そこで部室に来訪者があった。
「石岡くんーいるー?」
この声は、僕ら人生相談部顧問の、#富士美幸__ふじみゆき__先生だ。この部室をあてがってくれた張本人であり、大学では准教授をしており、高校では理系科目全般の教鞭を振るっている。そして僕らのクラスの担任だ。いつも大学生たちに講義やら諸々をしているかたわら、授業も教えているとはずいぶん忙しそうな先生だ。
「いますよー美幸先生ー」
「ごめーん、ちょっと扉開けて貰えるかなー?」
声が扉を隔てて少し籠り気味に聞こえる。何か口を隠すほどの高さのある物を運んでいるようだ。そりゃあ、一人で扉を開けられないわけだ。
「はいはい、ちょっと待ってくださいね」
僕はドアノブを開けながら言うと、少し扉に寄りかかって休憩していたと思われる先生が倒れ掛かってきた。
「あっ!」
美幸先生が大きな声で叫んだ。
「あっ!」
叫びながら倒れてきた美幸先生に驚き、僕も一緒に叫んだ。
美幸先生が運んでいた広辞苑のような分厚い書籍数冊が頭に直撃した。
この衝撃によって僕は後ろに倒れ、後頭部を教室の床に強打した。目がくるくるしている。意識が飛びそうだ。
「いててぇ、ごめんねぇ」
僕が倒れたと同時に美幸先生も抱きつく形で倒れてきた。
美幸先生は噂では二十代前半らしい。僕らと数年程しか変わらない年齢なためか、大変にお若い体をしている。ちなみに、僕は年上の女性も割と好みだ。美幸先生のような理系らしい白衣を着て、眼鏡を掛けていて知的そうな見た目の女性も割と好みだ。
もしも、年上の女性と付き合えるのならば、美幸先生も良いかもしれない。石岡家は代々一途な家系のはずなのに、どうして僕はこんなことを考えているのだろうか。と妄想と感傷に浸っていたところで、パタリと、そこで意識が途切れた。
「浩、浩」
懐かしい声が聞こえる。
これは、父さんの声だろう。
「お前、またこんな真冬にソファで寝てたのか。風邪ひくぞ」
本当に懐かしい声だ。
「浩、こんなこと言っておいてなんだが、いろいろとだらしない男はモテるぞ。父さんも普段は真面目に生きているが、母さん相手にはてんでダメダメな男だったからな。きっと隅に置けなかったんだろう」
これもまた懐かしいお言葉だ。冷静に考えると、人としてどうかと思う。
途切れた意識が徐々に戻ってきた。
遂に意識が覚醒し、目を開ける。すると目の前には美幸先生の顔があった。しかも、後頭部には柔らかい感触がある。これは太ももだ。つまり美幸先生は膝枕をしていたのだ。ここでこの至福の一時を終えるのはもったいないことだと思い、目を閉じ、また意識を失った振りをした。
「石岡くん、目が覚めたね」
どうやら、先生は欺けないらしい。
「んあぁ、はい……いった!」
未だ後頭部を床に強打したときの痛みが残っていたらしい。じんじんとした鈍い痛みを堪えながら僕は聞く。
「僕は、どれくらい気を失っていましたか?」
「ん~、五分くらいじゃない?」
「あ、意外と短いですね」
過去にした父さんとの会話の夢を見た気がするので、普通の睡眠時間はあったと思ったのだが。もしやあれは走馬灯だったのか。
「ふぅ、もう大丈夫だと思うので。美幸先生、いろいろとありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして」
「ところで、美幸先生は先ほど何を運んでらっしゃったのです?」
「あ、あれ? 広辞苑だよ」
指をラックの方に向けて言った。まさか本当に広辞苑だったのか。
「へ~そうですか、美幸先生小柄なのに大変ですね。五冊はありますよあれは」
慰めようと頭に手を置き撫でてあげようとした。しかし、美幸先生がぷくっと頬を少し膨らまし言う。
「なーにちゃっかりなでなでしようとしているのかな?」
「すんません」
思わず照れてしまい、素直に謝ってしまった。
「さて、美玖ちゃん、未来ちゃんと社陸くんはどこに行ったのかな?」
「相談の依頼人探しに行きましたよ」
「そっかー最近依頼人数減っちゃったしねー厳しいもので」
「そうですねーそろそろテコ入れの時期なのかなぁ」
「どうなんだろうね。さすがにまだ早いと思うけど」
「そうですよ! 早すぎるのですよ! 設立したのが四月で、今は七月。半年もまだまだ経っていないのですよ! それなのに! もう人が来ていない! そいつはおかしい! だいたい近頃の若者は飽きっぽすぎる! やれあれが流行りだーとかこれが流行りだーと熱狂していても、僕が初めて認識して、周りの話に加わろうと思っていた頃には時既に遅し。既に末期だったということが多すぎるのですよ! 僕の足並みに流行を揃えろアベックども! ふざけるな若者よ!」
あまりの怒りに熱弁を振るった。客観視してみると暴論も甚だしいだろうが。
「た、たいへんだね、石岡くんも」
僕の勢いに少し引いてしまったようだ。落ち着かねば。
「こほん。とにかくです、さっきはテコ入れとか言ってしまいましたけど、そんなことは絶対にしないと決めました。僕は自分の意志を曲げる人間ではありません。一途で漢の中の漢なのですから」
僕は例えどんなことが起ころうとも、誰に何を言われようとも、意見を変える人間ではないのだ。
「そっか、意志は固そうだね」
そう言って美幸先生が微笑んでくれ、僕は元気を貰えた。これからも頑張ろうじゃないか。自分の士気を鼓舞させ、未来ら三人の成果を待つことにした。
僕の能力は恐らく、人の身の危険を事前に察知するため発現した。したがって、積極的に使っていくべきだろうと思う。しかし、なるべく部活メンバーには能力を使わないようにしている。
僕は彼女らに能力を得たきっかけを話していないため、どうやら僕のことを人の『未来』を視て、まるで盗撮まがいのことをしている変な奴と思っている節がある。
そんなわけがないのに。
確かに今までの依頼人の中にはあまり人には話したくない内容、例えば犯罪一歩手前のものや、変なものを視てしまったこともある。だからといって、僕がそれを視た姿を見て、彼女らのあの目はなんだろうか。「兄さんには視られたくない」「ヒロくんのえっち」「石岡くん……」とでも言いたげな目は。僕は受け身で視ているだけだというのに。
そこまでの目をしなくても良いではないか。
あくまでも、善意のつもりでやっているのだから。
あくまでも。
勝手に視てしまったときには、きっと殺されてしまうのではないかと恐怖することもある。さすがに早死にはしたくないので、先生含む部員メンバーの『未来』は視ないようにしている。聡についてはいかんせんあまり興味がないので、視ようと思ったことはない。
「ただいま、兄さん。もうくたくただよー」
「ああ、おかえり」
遂に帰ってきた。楽しみにしていたこのときが遂に来たのだ。
「わ~、ヒロくんの顔だー」
満面の笑みで未来が僕を見てくる。僕はなぜだか嬉しくなって満面の笑みを浮かべてしまった。
「兄さん、今凄い顔してるよ。一度鏡見てきて欲しいくらい」
瞬時にいつものクールな顔に戻った。しかし、未来の顔に目を移してみると、にこっと笑みを浮かべてくれ、また僕は満面の笑みを浮かべた。今ちょうど凄い顔をしているのだろうな。あまり見たくはない。
本題を忘れてはいけない。期待の目を向けて聞いてみる。
「気を取り直して、みんな、どうだった?」
「ん~残念ながら」
美玖が全然残念じゃなさそうに言った。
「俺も成果ゼロだよ」
聡もついでのように言った。
「そうか」
僕は落胆した。久々に人生相談部の活動ができると思って期待していたのだが。今も凄い顔をしていると思う。
「あーなんかごめんね?」
僕の姿を見てか、美玖が申し訳なさそうに謝ってくれた。
「いや、良いんだ、気にするな」
「でも……」
「いや、うん、全然、これっぽっちも気にしてないからね。うんうん、大丈夫大丈夫。心配ないよ」
力が抜けたようにへなへなと机に項垂れた。
「ほんと、ごめん」
「ヒロくん、元気出してください、ね?」
未来は心配そうにしながらも、元気の出る笑顔を向け、励ましてくれた。
「本当に、みんなも気にしないでくれ」
そう言ってため息を吐いた。気を紛らわすために机の上に置いてあるシャーペンを握ろうと、手をやった。そのとき、上手く掴めず落としてしまった。集中力が切れているのかもしれない。
反対に僕まで申し訳なくなってきた。話題を変えようと思い、気になっていたことを聞いてみた。
「ところでだが、みんな帰ってきたときなんで疲れていた?」
「なんでって、そりゃ学校が広いからだよ?」
美玖は、「何当たり前のことを言ってるの」とでも言いたいような顔をした。そうだ、当然の話だ、この学校は広いのだった。この部室にずっといたからかすっかり忘れてしまった。僕がこの短時間で当然のことをすっかり忘れるのだから、みんなも人生相談部がどういった部活なのか忘れても仕方がないのかもしれないな。うん。
いや、そんなわけがない。
人生相談部は学校よりも大事ではないか。学校を放ってまでやるべきことではないのか? そこまでの考えを持っているのは僕だけなのか? たぶん僕だけだろう。それほど大事に思っている部活というわけだ。
「そうだよな、この学校は広いもんな」
学校中を回ったならみんなも疲れてしまうのも仕方ない。みんなもなんだかんだ言って働いてくれたというわけだ。感謝をせねばなるまい。
「みんなも学校中回ってくれてありがとうな。例え結果はなくとも、その働きには感謝したい。ありがとう」
少し嫌味に聞こえる部分が有ったかもしれない。悪気はなかったので、口には出さず、少し頭を下げた。
「あーそうだ。もし良かったらなんだけど」
美玖がこの空気を変えるかのように手をパチンと叩いた。
「どうした?」
「あーっと、私が受けても良いかなーってさ」
「な、なにを?」
「だから、人生相談を」
「人生相談を?」
「受ける」
「え、人生相談を受ける?」
驚いた。あんなにも変態とでも言いたげな目をしていた女子たちのうちの一人で、まさか実の妹である美玖が僕に人生相談をしたいとは。僕は唖然としてしまった。
「本当に良いのか?」
「うん、だって、依頼人連れてこられなかったし。兄さん落ち込んでるように見えたから」
「美玖、お前は本当に良い子だな。兄さんとても嬉しいよ」
思わず涙を浮かべてしまった。美玖は僕が困っていたときいつも手を差し伸べてくれる。優しい人間に育ったな。
「う、うん」
美玖は僕の嬉しがる顔を見て、嬉しくなってくれたらしい。頬を朱く染め、微笑んでくれた。
「そ、それじゃあ、さっそくお願いしてもいいかな? 兄さん」
「おう、任せろ美玖」
とてもいい気分になった。
美玖は良い子だ。
それに、僕の能力については特に詮索しないでくれている。
僕が父さんを亡くして意気消沈しているとき、真っ先に慰めてくれたのは美玖だった。自分も悲しいにも関わらず。
僕は、父さんを亡くしてから数ヶ月間は、学校に通うことができなかった。
学校にも行かず家に引きこもり、毎晩不安で眠れない夜を過ごしていた。偶に眠れたかと思うと、かならず悪夢を見てしまい、結局は起きてしまうということの繰り返しだった。そんなとき、ずっとそばにいて支えてくれたのが美玖だった。
僕らはアパートに二人で暮らしている。リビングが付いているので、それなりに大きく、一人一部屋ある。しかし僕が引きこもっていた間だけは、美玖も僕の部屋で一緒に眠っていた。布団を横に敷いて、美玖は僕が眠るまでずっとそばで手を繋いでくれ、悪夢にうなされていると、頭を撫でてくれていたのだ。
そんな美玖も決して強い子ではなかったのだ。一度だけ泣いているところを見たことがある。いつものように悪夢にうなされて目を覚ますと、美玖が横で泣いていたのだ。
「お父さん、お母さん、行っちゃやだ。だめ、行かないで。ごめんなさい、私のせいなのかな? 私って疫病神なのかな?」
美玖は寝言を言っていた。彼女も悪夢にうなされていたのだ。
それをきっかけにして、「女の子一人にここまで背負わせておいてはいけない」「兄は兄らしくせねば」と思うようになり、その翌日からは学校に行くことに決めた。
翌朝制服を着て美玖を起こしてみると、
「兄さん、おはよう!」
と泣き笑いを浮かべてくれた。僕はそれがとても嬉しかった。
それからというもの、僕は高校生活を目いっぱいに楽しもうと思うようになった。
美玖に感謝してもしきれないほどの恩を貰ったのだ。したがって今こそが、恩を返すべきときなのではないだろうか。
「さて、それでは。こほん」
この人生相談部の本分でもある、『未来視』を使うための準備を始めるため、まずは黒いマントを羽織った。
「依頼人である美玖さんは向かいの席に座ってくれ」
「う、うん」
緊張の面持ちで美玖が言う。
「聡と未来はカーテンを閉めてくれ」
「はいはい」
その言葉にはもう飽き飽きといった表情で聡がため息をつきながらカーテンを閉める。
「了解であります!」
未来は、やる気満々と言った表情で敬礼をする。そして、鼻をふんすかと鳴らし、興奮しながらカーテンを閉める。
「えーと、ただいまより、えー石岡美玖さんの、人生相談をするために必要なことを、始めようと思うのですが。よろしいですかな? 美玖さん」
「お、お願いします」
「了解しました。では、始めて参ります」
実は『未来視』を使うための準備など特に必要ない。しかし、身振り手振りを何もしないとあまり見栄えがよろしくないし、信ぴょう性がないのでは。と思ったためにここまで面倒なことをやっているのだ。
僕は目を閉じ、手を合わせた。ここからは本当に必要なことだ。
僕は願った。
(神よ、どうかお許しください。石岡美玖のこれから歩むであろう『未来』のごく一部を私めが盗み見ることを)
すると、瞼の裏側に色のついた景色が見えてくる。
そこには美玖と僕の姿が映っている。
僕が視ることのできる『未来』は、依頼人でも僕自身でもない神の視点からの景色が映るのだ。
ここは我が家の景色か。
美玖と僕リビングにあるテーブルに着いている。
外を見てみると、まだ太陽の眩しい時間帯だということが分かった。僕はカレンダーを見る。この日は七月十八日曜日、明後日だ。そして、時計を見ると十三時十三分だ。
二人共テーブルの椅子に対面して座っていて、美玖は何かを言おうとしているのか、顔を伏せながらブツブツと言っている。
真剣な話でもしようとしているのだろうか。恐らく美玖から話題を振ったのだろう。
すると、意を決したのか、話を始めた。
「あ、あのさ、兄さんはさ、私と暮らしてて楽しい?」
「なんだ藪から棒に。もちろん楽しいぞ」
「そ、そっか。え、えへへ」
美玖は嬉しそうな笑顔を浮かべている。
「そ、その、私も楽しいよ」
照れくさそうに美玖が言った。そして、美玖は話し始めた。
「あのね、私さ、去年の冬お父さんがいなくなっちゃってから、兄さんがすっごく悲しんでるの見ててね、私も凄く凄く悲しくなっちゃったんだ。お母さんがいなくなったのは物心つく前だったからどれほど悲しかったのかあまりわからないんだけど、親という大好きな人がいなくなるのはこんなにも悲しいのかって。でも、私よりもっともっと悲しんでる、兄さん見てて、自分も強くならないと、って奮い立たせようと思ったんだ。そのとき思っちゃったんだよね。兄さんはあまり強くないから私が頑張らないとって。ごめんね」
「いや、いいんだ。確かに、僕は強くないからな」
そうだ、僕は弱い人間だ。だからあんなことを……
「でね、そんな兄さんを見てて本当に失礼かもしれないけど、庇護欲というか保護欲というか、とにかく私がずっとそばにいたい、護ってあげたいって思ったんだ」
なんて情けない男なんだろうか。
こんなにも小さな女の子にそんなことを思わせてしまうなんて。
「それでね、なんでそんなこと思うのかなーってずっとずーっと考えてて、最近になって気付いちゃったんだ。私って兄さんのことが好きだから、こんなにも尽くしたいと思うんだろうなーってね」
そうか、美玖がそんなことを思っていたなんて。僕は女の子に弱いところを見せてしまった情けなさと、妹に対する愛おしい感情とが同時に渦巻いていた。
「だから、私を兄さんに尽くさせて欲しい」
そう言って、そこで『未来視』は途切れた。
矢張大学には医学部があるのだが、国内の大学では有数の大きさだ、最先端の技術設備が整っているらしい。僕らの部活は医学部が使用している実験室に併設した、準備室という場所を活動拠点としている。
この大学には付属高校も入っているということで、大学生とは頻繁に顔を合わせる。特に僕らの部室周辺は、医学部棟なこともあってか普段高校生は全く利用しないので、肩身が狭いことこの上ない。
何故こんなところを人生相談部の部室へとあてがわれたのかというと、こんなエピソードがある。
僕らの学校では通常、部活設立時に部員数三名以上が必須で、なおかつ教師へと納得のいく具体的な活動内容の説明を求められる。
僕の作ろうとしていた部活はつまり社会奉仕活動でもあるので、いざ部活設立へと教師に掛け合ってみたところ、活動内容としては納得を得られた。しかし、うっかり僕がそこで、「未来予知します」と答えてしまったことで、一気に胡散臭いものを見る目へと変わってしまった。
こうなってはそれらしい行動を見せねばと思い立った僕は、目の前にいた教師の『未来視』をした。そして視えた『未来』は「離婚の危機」というものだった。
「奥さんと最近上手くいっていないのでは? もう一度よく話し合ってみてはどうでしょうか」というアドバイスをしてみたところ、「上手くいってないとよくわかったな。うむ、社会への奉仕をする部活でもあるし、許可しても良いかもしれんな」とあっさり言って貰えた。ずいぶんと理解の早い教師だった。こういった場合、否が応でも却下されるものだと聞いていたのだが。
そのとき隣で話を聞いていた担任の教師が、唐突に話へと入ってきた。
「その部活、顧問に困っていませんか。もし良かったら私が担当してもよろしいでしょうか?」
「いやしかし、先生はこの高校での担任のかたわら、医学部で研究もしているじゃないですか。忙しいのではないでしょうか」
「大丈夫ですよ。それよりも、私が興味あるのです」
「そうですか。それならお任せできますかな」
「任せてください。ありがとうございます」
こんなことでスムーズに話が進んでいった。僕は顧問となる教員へと目を向けた。すると、ウインクが返ってきた。
その顧問を担当する教師が、自分の都合がいい教室をとあてがってくれたのがこの準備室というわけだ。
とりあえず、僕は授業が終わったので早速部活をしようと思い、部室へ向かうことにした。
僕らの部室には、真ん中に長方形の机の長辺が二つ合わさったものが二組あり、縦に並んでいる。つまり田の字が縦に伸びた形だ。
そして、それらの横に椅子が五脚ずつ、部屋の奥と手前側に席に三脚ずつ並んでいる。
僕の特等席は部屋の奥側真ん中の席だ。聡は主に僕から見て右側の椅子に座り、未来と美玖は、左側の椅子に、手前から未来、美玖の順に座る。そして、部室の左端には大きなラックが並んでいる。
「よし、みんな集まったな。それでは活動を始めようではないか」
そうは言ったものの誰一人として興味を示さず、無視を決め込んでいる。聡は何かの作業を、未来と美玖は会話という部活動に勤しんでいるのだ。みんな最近弛んでいるのじゃないだろうか。みんなの士気を上げるため、聞いてみることにした。
「君たち!」
「わぁっ、びっくりした。急にどうしたの兄さん」
急に叫んだため、美玖は驚いて目をまん丸にしている。僕は首をねじ切れんばかりに大きく顔を向ける。
「君たち、この部活動の名前を言ってみろ」
「何を言ってるんだヒロ、当たり前のことを聞くなよ、なぁ?」
目の端で見てみると、聡はにやにやしていた。
「おい、お前。朝は普段困っている人を探しているとか言っていたじゃないか」
「冗談だよ、俺だけは部活の趣旨を理解してるつもりだぞ」
一度みんなを教育しなければならないみたいだ。
「ここは人生相談部と言ってだな、依頼人が今後の『未来』について相談しに来たのを、僕が受けるという部活なのだぞ。わかっているのか美玖」
「う、うん、もちろん覚えてるよ」
覚えてるじゃなく、そこは知ってるじゃないだろうか。
「私はもちろん知っていますよ、ヒロくん」
未来は本当に良い子だ。その割には活動していないみたいだが。
「客を探して来るんだ諸君、キャッチだよ、わかるか?」
僕は精一杯の傲慢な態度で言ってみた。
「だったらお前も探して来たら良いんじゃないか?」
聡は首の後ろに両手を回し、哀れなモノを見る目を向けてくる。
「まあ、それもそうなんだけど、そうなんだけど、僕にはちょっときついので」
僕は目が悪いのだが、それを初対面の人に悟られたくないため、できる限り固定の人間としか話さないようにしている。ちなみに、人生相談中については仕方がないとのことで、なるべく離れて会話するためこうして長い机を並べることで対処していた。これは特例で、顧問の先生に直談判した。
「お前は本当に慣れないなぁ。机も長すぎるし、相談者の顔見えてるのか?」
僕はごまかすため、「あっはっは」と言った。
「あー、暇だなー」
この部活は主に僕以外の三名が依頼人をどこからともなく連れて来て、僕が『未来視』の能力を使い、人生相談を受けるという役割分担となっている。部の活動としては、ほとんど僕が働いているのだが、三人がいないと活動すら始まらないため、持ちつ持たれつの精神で活動している。
ちなみに僕の『未来視』の発現の歴史や詳細については、部員の仲間と顧問のみに話してある。他の人間にはインチキ臭い占い師程度の認識なようだ。
部活設立当初、絶対に『未来』を当てる輩がいると話題になり、一度はそれを見ておこうという生徒が部室に殺到していた。部活設立当初までは。
今は七月だから設立してから未だ二ヶ月ほどしか経っていないはずで、まだまだ伸び盛りなのだが、部室は閑散としている。
いくらなんでも飽きが早すぎないか。若人よ、流行り廃りの目まぐるしいことで。暇を持て余していた僕は話をしようと思った。
「なあ未来」
「なんですかーヒロくん」
「今日も可愛いな」
「いやだなぁヒロくん。照れちゃいますってー」
頬に両手を添えながら、全然照れてなさそうに言った。
「兄さん、働こうよ」
呆れて何も言えないという顔をしながら美玖は言う。
「だって、依頼人が、来ないの。なんで、なんでさ。みんな飽きるの早いよ」
「兄さん、頑張って」
両腕でファイトというポーズを決めながら言った。
他人事みたいに言いやがって。
確かにこの部活は僕が部長なのだから、全ての責任を持っているわけだけれど、少しは協力してくれても良いじゃない。
「みんな飽きるのって早いよなー俺も少しこの部活飽きたし」
聡は呑気な調子で言う。
「そ、そんな。どうにかしてくれみんな、頼むよこのままじゃ廃部の危機だよ」
僕は精一杯の面倒な人間を演じていると、それを見かねた未来は「こほん」と咳払いをした。
「しょうがないですねー私がヒロくんのためにも、一肌脱ぎましょうか」
ない筋肉で力こぶを作りながら、未来は言った。なんて良い子なのだろう。すると美玖もそれに乗っかるようにして、「えー未来ちゃんが行くなら私も行こうかな」と名乗りを上げた。
「さて、俺もヒロと二人っきりはいやだから行こうかな」
聡も続けて名乗りを上げた。少し傷つきはするが、如何なる理由だろうとも、やる気に満ちているのは大変喜ばしいことだ。
「じゃあ、僕は一人でお留守番しておきますね。頑張ってお客さんを連れてきてくれたまえ」
仲睦まじい女子たちは話しながら教室を出て行った。聡は一人きりで探しに行くようだ。とりあえず、依頼人を連れてきてくれるのを祈るばかり。
「ふぅ」
ずいぶんと久しぶりに教室で一人になった気がする。
一人でこの教室を占領するのも心地良いものだ。
この部室は実験室に併設された準備室を間借りしている形だ。とは言ってもあちらの部屋の物はあまりない。準備室が準備室として機能していない。
普段部活をするときは、依頼人が僕と対する席に座って貰っている。そして、いざ人生相談を受けるとき、依頼人とは少し距離が離れてしまうのだが仕方ない。
だって、近いと目が合いやすいし。僕の目が悪いのがバレてしまいそうですし。遠ければ明後日の方向を見ていてもどうとも思われないし。目が泳いでいても違和感ないし。ごにょごにょ。
そこで部室に来訪者があった。
「石岡くんーいるー?」
この声は、僕ら人生相談部顧問の、#富士美幸__ふじみゆき__先生だ。この部室をあてがってくれた張本人であり、大学では准教授をしており、高校では理系科目全般の教鞭を振るっている。そして僕らのクラスの担任だ。いつも大学生たちに講義やら諸々をしているかたわら、授業も教えているとはずいぶん忙しそうな先生だ。
「いますよー美幸先生ー」
「ごめーん、ちょっと扉開けて貰えるかなー?」
声が扉を隔てて少し籠り気味に聞こえる。何か口を隠すほどの高さのある物を運んでいるようだ。そりゃあ、一人で扉を開けられないわけだ。
「はいはい、ちょっと待ってくださいね」
僕はドアノブを開けながら言うと、少し扉に寄りかかって休憩していたと思われる先生が倒れ掛かってきた。
「あっ!」
美幸先生が大きな声で叫んだ。
「あっ!」
叫びながら倒れてきた美幸先生に驚き、僕も一緒に叫んだ。
美幸先生が運んでいた広辞苑のような分厚い書籍数冊が頭に直撃した。
この衝撃によって僕は後ろに倒れ、後頭部を教室の床に強打した。目がくるくるしている。意識が飛びそうだ。
「いててぇ、ごめんねぇ」
僕が倒れたと同時に美幸先生も抱きつく形で倒れてきた。
美幸先生は噂では二十代前半らしい。僕らと数年程しか変わらない年齢なためか、大変にお若い体をしている。ちなみに、僕は年上の女性も割と好みだ。美幸先生のような理系らしい白衣を着て、眼鏡を掛けていて知的そうな見た目の女性も割と好みだ。
もしも、年上の女性と付き合えるのならば、美幸先生も良いかもしれない。石岡家は代々一途な家系のはずなのに、どうして僕はこんなことを考えているのだろうか。と妄想と感傷に浸っていたところで、パタリと、そこで意識が途切れた。
「浩、浩」
懐かしい声が聞こえる。
これは、父さんの声だろう。
「お前、またこんな真冬にソファで寝てたのか。風邪ひくぞ」
本当に懐かしい声だ。
「浩、こんなこと言っておいてなんだが、いろいろとだらしない男はモテるぞ。父さんも普段は真面目に生きているが、母さん相手にはてんでダメダメな男だったからな。きっと隅に置けなかったんだろう」
これもまた懐かしいお言葉だ。冷静に考えると、人としてどうかと思う。
途切れた意識が徐々に戻ってきた。
遂に意識が覚醒し、目を開ける。すると目の前には美幸先生の顔があった。しかも、後頭部には柔らかい感触がある。これは太ももだ。つまり美幸先生は膝枕をしていたのだ。ここでこの至福の一時を終えるのはもったいないことだと思い、目を閉じ、また意識を失った振りをした。
「石岡くん、目が覚めたね」
どうやら、先生は欺けないらしい。
「んあぁ、はい……いった!」
未だ後頭部を床に強打したときの痛みが残っていたらしい。じんじんとした鈍い痛みを堪えながら僕は聞く。
「僕は、どれくらい気を失っていましたか?」
「ん~、五分くらいじゃない?」
「あ、意外と短いですね」
過去にした父さんとの会話の夢を見た気がするので、普通の睡眠時間はあったと思ったのだが。もしやあれは走馬灯だったのか。
「ふぅ、もう大丈夫だと思うので。美幸先生、いろいろとありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして」
「ところで、美幸先生は先ほど何を運んでらっしゃったのです?」
「あ、あれ? 広辞苑だよ」
指をラックの方に向けて言った。まさか本当に広辞苑だったのか。
「へ~そうですか、美幸先生小柄なのに大変ですね。五冊はありますよあれは」
慰めようと頭に手を置き撫でてあげようとした。しかし、美幸先生がぷくっと頬を少し膨らまし言う。
「なーにちゃっかりなでなでしようとしているのかな?」
「すんません」
思わず照れてしまい、素直に謝ってしまった。
「さて、美玖ちゃん、未来ちゃんと社陸くんはどこに行ったのかな?」
「相談の依頼人探しに行きましたよ」
「そっかー最近依頼人数減っちゃったしねー厳しいもので」
「そうですねーそろそろテコ入れの時期なのかなぁ」
「どうなんだろうね。さすがにまだ早いと思うけど」
「そうですよ! 早すぎるのですよ! 設立したのが四月で、今は七月。半年もまだまだ経っていないのですよ! それなのに! もう人が来ていない! そいつはおかしい! だいたい近頃の若者は飽きっぽすぎる! やれあれが流行りだーとかこれが流行りだーと熱狂していても、僕が初めて認識して、周りの話に加わろうと思っていた頃には時既に遅し。既に末期だったということが多すぎるのですよ! 僕の足並みに流行を揃えろアベックども! ふざけるな若者よ!」
あまりの怒りに熱弁を振るった。客観視してみると暴論も甚だしいだろうが。
「た、たいへんだね、石岡くんも」
僕の勢いに少し引いてしまったようだ。落ち着かねば。
「こほん。とにかくです、さっきはテコ入れとか言ってしまいましたけど、そんなことは絶対にしないと決めました。僕は自分の意志を曲げる人間ではありません。一途で漢の中の漢なのですから」
僕は例えどんなことが起ころうとも、誰に何を言われようとも、意見を変える人間ではないのだ。
「そっか、意志は固そうだね」
そう言って美幸先生が微笑んでくれ、僕は元気を貰えた。これからも頑張ろうじゃないか。自分の士気を鼓舞させ、未来ら三人の成果を待つことにした。
僕の能力は恐らく、人の身の危険を事前に察知するため発現した。したがって、積極的に使っていくべきだろうと思う。しかし、なるべく部活メンバーには能力を使わないようにしている。
僕は彼女らに能力を得たきっかけを話していないため、どうやら僕のことを人の『未来』を視て、まるで盗撮まがいのことをしている変な奴と思っている節がある。
そんなわけがないのに。
確かに今までの依頼人の中にはあまり人には話したくない内容、例えば犯罪一歩手前のものや、変なものを視てしまったこともある。だからといって、僕がそれを視た姿を見て、彼女らのあの目はなんだろうか。「兄さんには視られたくない」「ヒロくんのえっち」「石岡くん……」とでも言いたげな目は。僕は受け身で視ているだけだというのに。
そこまでの目をしなくても良いではないか。
あくまでも、善意のつもりでやっているのだから。
あくまでも。
勝手に視てしまったときには、きっと殺されてしまうのではないかと恐怖することもある。さすがに早死にはしたくないので、先生含む部員メンバーの『未来』は視ないようにしている。聡についてはいかんせんあまり興味がないので、視ようと思ったことはない。
「ただいま、兄さん。もうくたくただよー」
「ああ、おかえり」
遂に帰ってきた。楽しみにしていたこのときが遂に来たのだ。
「わ~、ヒロくんの顔だー」
満面の笑みで未来が僕を見てくる。僕はなぜだか嬉しくなって満面の笑みを浮かべてしまった。
「兄さん、今凄い顔してるよ。一度鏡見てきて欲しいくらい」
瞬時にいつものクールな顔に戻った。しかし、未来の顔に目を移してみると、にこっと笑みを浮かべてくれ、また僕は満面の笑みを浮かべた。今ちょうど凄い顔をしているのだろうな。あまり見たくはない。
本題を忘れてはいけない。期待の目を向けて聞いてみる。
「気を取り直して、みんな、どうだった?」
「ん~残念ながら」
美玖が全然残念じゃなさそうに言った。
「俺も成果ゼロだよ」
聡もついでのように言った。
「そうか」
僕は落胆した。久々に人生相談部の活動ができると思って期待していたのだが。今も凄い顔をしていると思う。
「あーなんかごめんね?」
僕の姿を見てか、美玖が申し訳なさそうに謝ってくれた。
「いや、良いんだ、気にするな」
「でも……」
「いや、うん、全然、これっぽっちも気にしてないからね。うんうん、大丈夫大丈夫。心配ないよ」
力が抜けたようにへなへなと机に項垂れた。
「ほんと、ごめん」
「ヒロくん、元気出してください、ね?」
未来は心配そうにしながらも、元気の出る笑顔を向け、励ましてくれた。
「本当に、みんなも気にしないでくれ」
そう言ってため息を吐いた。気を紛らわすために机の上に置いてあるシャーペンを握ろうと、手をやった。そのとき、上手く掴めず落としてしまった。集中力が切れているのかもしれない。
反対に僕まで申し訳なくなってきた。話題を変えようと思い、気になっていたことを聞いてみた。
「ところでだが、みんな帰ってきたときなんで疲れていた?」
「なんでって、そりゃ学校が広いからだよ?」
美玖は、「何当たり前のことを言ってるの」とでも言いたいような顔をした。そうだ、当然の話だ、この学校は広いのだった。この部室にずっといたからかすっかり忘れてしまった。僕がこの短時間で当然のことをすっかり忘れるのだから、みんなも人生相談部がどういった部活なのか忘れても仕方がないのかもしれないな。うん。
いや、そんなわけがない。
人生相談部は学校よりも大事ではないか。学校を放ってまでやるべきことではないのか? そこまでの考えを持っているのは僕だけなのか? たぶん僕だけだろう。それほど大事に思っている部活というわけだ。
「そうだよな、この学校は広いもんな」
学校中を回ったならみんなも疲れてしまうのも仕方ない。みんなもなんだかんだ言って働いてくれたというわけだ。感謝をせねばなるまい。
「みんなも学校中回ってくれてありがとうな。例え結果はなくとも、その働きには感謝したい。ありがとう」
少し嫌味に聞こえる部分が有ったかもしれない。悪気はなかったので、口には出さず、少し頭を下げた。
「あーそうだ。もし良かったらなんだけど」
美玖がこの空気を変えるかのように手をパチンと叩いた。
「どうした?」
「あーっと、私が受けても良いかなーってさ」
「な、なにを?」
「だから、人生相談を」
「人生相談を?」
「受ける」
「え、人生相談を受ける?」
驚いた。あんなにも変態とでも言いたげな目をしていた女子たちのうちの一人で、まさか実の妹である美玖が僕に人生相談をしたいとは。僕は唖然としてしまった。
「本当に良いのか?」
「うん、だって、依頼人連れてこられなかったし。兄さん落ち込んでるように見えたから」
「美玖、お前は本当に良い子だな。兄さんとても嬉しいよ」
思わず涙を浮かべてしまった。美玖は僕が困っていたときいつも手を差し伸べてくれる。優しい人間に育ったな。
「う、うん」
美玖は僕の嬉しがる顔を見て、嬉しくなってくれたらしい。頬を朱く染め、微笑んでくれた。
「そ、それじゃあ、さっそくお願いしてもいいかな? 兄さん」
「おう、任せろ美玖」
とてもいい気分になった。
美玖は良い子だ。
それに、僕の能力については特に詮索しないでくれている。
僕が父さんを亡くして意気消沈しているとき、真っ先に慰めてくれたのは美玖だった。自分も悲しいにも関わらず。
僕は、父さんを亡くしてから数ヶ月間は、学校に通うことができなかった。
学校にも行かず家に引きこもり、毎晩不安で眠れない夜を過ごしていた。偶に眠れたかと思うと、かならず悪夢を見てしまい、結局は起きてしまうということの繰り返しだった。そんなとき、ずっとそばにいて支えてくれたのが美玖だった。
僕らはアパートに二人で暮らしている。リビングが付いているので、それなりに大きく、一人一部屋ある。しかし僕が引きこもっていた間だけは、美玖も僕の部屋で一緒に眠っていた。布団を横に敷いて、美玖は僕が眠るまでずっとそばで手を繋いでくれ、悪夢にうなされていると、頭を撫でてくれていたのだ。
そんな美玖も決して強い子ではなかったのだ。一度だけ泣いているところを見たことがある。いつものように悪夢にうなされて目を覚ますと、美玖が横で泣いていたのだ。
「お父さん、お母さん、行っちゃやだ。だめ、行かないで。ごめんなさい、私のせいなのかな? 私って疫病神なのかな?」
美玖は寝言を言っていた。彼女も悪夢にうなされていたのだ。
それをきっかけにして、「女の子一人にここまで背負わせておいてはいけない」「兄は兄らしくせねば」と思うようになり、その翌日からは学校に行くことに決めた。
翌朝制服を着て美玖を起こしてみると、
「兄さん、おはよう!」
と泣き笑いを浮かべてくれた。僕はそれがとても嬉しかった。
それからというもの、僕は高校生活を目いっぱいに楽しもうと思うようになった。
美玖に感謝してもしきれないほどの恩を貰ったのだ。したがって今こそが、恩を返すべきときなのではないだろうか。
「さて、それでは。こほん」
この人生相談部の本分でもある、『未来視』を使うための準備を始めるため、まずは黒いマントを羽織った。
「依頼人である美玖さんは向かいの席に座ってくれ」
「う、うん」
緊張の面持ちで美玖が言う。
「聡と未来はカーテンを閉めてくれ」
「はいはい」
その言葉にはもう飽き飽きといった表情で聡がため息をつきながらカーテンを閉める。
「了解であります!」
未来は、やる気満々と言った表情で敬礼をする。そして、鼻をふんすかと鳴らし、興奮しながらカーテンを閉める。
「えーと、ただいまより、えー石岡美玖さんの、人生相談をするために必要なことを、始めようと思うのですが。よろしいですかな? 美玖さん」
「お、お願いします」
「了解しました。では、始めて参ります」
実は『未来視』を使うための準備など特に必要ない。しかし、身振り手振りを何もしないとあまり見栄えがよろしくないし、信ぴょう性がないのでは。と思ったためにここまで面倒なことをやっているのだ。
僕は目を閉じ、手を合わせた。ここからは本当に必要なことだ。
僕は願った。
(神よ、どうかお許しください。石岡美玖のこれから歩むであろう『未来』のごく一部を私めが盗み見ることを)
すると、瞼の裏側に色のついた景色が見えてくる。
そこには美玖と僕の姿が映っている。
僕が視ることのできる『未来』は、依頼人でも僕自身でもない神の視点からの景色が映るのだ。
ここは我が家の景色か。
美玖と僕リビングにあるテーブルに着いている。
外を見てみると、まだ太陽の眩しい時間帯だということが分かった。僕はカレンダーを見る。この日は七月十八日曜日、明後日だ。そして、時計を見ると十三時十三分だ。
二人共テーブルの椅子に対面して座っていて、美玖は何かを言おうとしているのか、顔を伏せながらブツブツと言っている。
真剣な話でもしようとしているのだろうか。恐らく美玖から話題を振ったのだろう。
すると、意を決したのか、話を始めた。
「あ、あのさ、兄さんはさ、私と暮らしてて楽しい?」
「なんだ藪から棒に。もちろん楽しいぞ」
「そ、そっか。え、えへへ」
美玖は嬉しそうな笑顔を浮かべている。
「そ、その、私も楽しいよ」
照れくさそうに美玖が言った。そして、美玖は話し始めた。
「あのね、私さ、去年の冬お父さんがいなくなっちゃってから、兄さんがすっごく悲しんでるの見ててね、私も凄く凄く悲しくなっちゃったんだ。お母さんがいなくなったのは物心つく前だったからどれほど悲しかったのかあまりわからないんだけど、親という大好きな人がいなくなるのはこんなにも悲しいのかって。でも、私よりもっともっと悲しんでる、兄さん見てて、自分も強くならないと、って奮い立たせようと思ったんだ。そのとき思っちゃったんだよね。兄さんはあまり強くないから私が頑張らないとって。ごめんね」
「いや、いいんだ。確かに、僕は強くないからな」
そうだ、僕は弱い人間だ。だからあんなことを……
「でね、そんな兄さんを見てて本当に失礼かもしれないけど、庇護欲というか保護欲というか、とにかく私がずっとそばにいたい、護ってあげたいって思ったんだ」
なんて情けない男なんだろうか。
こんなにも小さな女の子にそんなことを思わせてしまうなんて。
「それでね、なんでそんなこと思うのかなーってずっとずーっと考えてて、最近になって気付いちゃったんだ。私って兄さんのことが好きだから、こんなにも尽くしたいと思うんだろうなーってね」
そうか、美玖がそんなことを思っていたなんて。僕は女の子に弱いところを見せてしまった情けなさと、妹に対する愛おしい感情とが同時に渦巻いていた。
「だから、私を兄さんに尽くさせて欲しい」
そう言って、そこで『未来視』は途切れた。
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