名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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北のも文句は言わないでしょう

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どうして良いの分からず、彼の胸元でくぐもった声で名前を呼ぶと、いつもより少し低い声がすぐ上から声が降って来た。

「オト、このままで。今は、顔を見られたくないんです」
「・・は、はい」

少し迷ったが、大人しくミスティコさんに従う。彼の腕の中に抱かれた状態で、小さく息を吸う。彼の魔力の香りがした。お茶のような爽やかな香りだ。こんな状況なのに何となく懐かしく感じるのは、ミスティコさんが「オオトリ」の子孫だからだろうか。懐かしさから来る安心感なのか、緊張感が緩み、彼にそっと身体を預ける。私の身体の力が抜けたのが分かったからなのか、ミスティコさんが静かに話し始めた。

「・・疲れも有ると思いますが・・多分『嫉妬』が原因なんだと思います」

「嫉妬」という単語に胸が詰まり、身体が強張る。

「アルケーや王子を見ていると・・自身の気持ちを隠さなくても良い・・枷の無いトマリギ達を見ていると・・どうしようもなく苛立つ。何もかも投げ出したくなる」

・・それって・・。でも、何か言ったら戻れなくなりそうで、自分の考えに蓋をしてミスティコさんの言葉に耳を傾ける。今の私にはそれしか出来ない。

「頭ではきちんと理解しているつもりでしたが、実際は違いました」

苦しそうに言葉を紡ぐミスティコさんの背中に私は、そっと腕を回した。ミスティコさんの身体が微かに震える。私は慰めるようにゆっくりと彼の背中を擦った。今、ミスティコさんは、持って行き場の無い感情に戸惑っているんだろう。言葉で伝えるより、こうやって体温を分け合った方が落ち着く時も有る。体温が混じるみたいに、ミスティコさんの苦しさも私に少し混ざれば良いのに、そう思いながら彼の背中を擦った。
どれ位、二人で抱きあっていたのか分からない。ほんの数分だったと思うが、自分の中に彼の魔力の香りが沁み込んだような気がする。
ミスティコさんは落ち着きを取り戻したのか、私から身体を離す。

「もう、大丈夫ですか?」

そう尋ねると、ミスティコさんは私の頬に手を添えた。真っ直ぐ見詰められ視線が絡む。紫の瞳がいつもより濃くなっている気がする。そんな瞳の色が変わる訳無いし、部屋に差し込む光の所為?それとも気の所為だろうか?

「・・オトが俺に『初めて』を教えてくれたんです」
「・・初めて、ですか?」
「何て言うか・・そうですね、自分は物事を達観している方だと思っていました。そこまで物や人に執着した事も無かったですし」

執着した事が無い・・。確かに、王子やミスティコさんには家柄つまり何代も続いて来た血筋から来る、潜在的な自信と言うか余裕みたいなものが感じられる瞬間が時折有る。

「感じた事が無かっただけで、俺には執着も嫉妬も、劣情も俺の中にきちんと内包されていたんだな、と今ははっきり分かります。オトに出会わなかったら、多分、死ぬまで気付かなかった」

そう言い終えたミスティコさんの唇が私の額に触れる。私は額へのキスを受け入れた。いきなりだったら驚いていたと思う。けれど、ミスティコさんの瞳の中に予感と言うか気配と言うか、そんなものを感じていたから、抵抗出来なかった。いや、しなかった。

「・・これ位なら、北のも文句は言わないでしょう」

ミスティコさんはもう一度、同じところにキスを落として、私の頬から手を離した。

「オト、ありがとう。貴女に聞いて貰えて、俺の濁って淀んだ部分が少しは減った気がします」

ミスティコさんは笑顔で言うが、思いっきり作り笑いだ。落ち着いたとは言え、このまま放っておけない気持ちは有るが、これ以上、踏み込んではいけない気がした。私は「そうですか・・」と答える。

「・・あの、ミスティコさん、私で良かったら、何時でも話、聞きますよ」
「はは、ありがとうございます。雛に優しく慰めて貰ったと、トマリギ達に知られては面倒なので、今日の事はどうぞ内密に」

ミスティコさんは恭しく一礼する。そんな彼の姿を見ていると、胸がどうしようもなく苦しくなった。自分でもこの感情が何と言う名前なのか分からない。戸惑う私をよそに、ミスティコさんは席を立つ。

「王子がトマリギになる件で、向こうと色々取り決めをしました。その書類をアルケーに渡しておきますね」
「あ、はい。・・分かりました」

私が頷くと、ミスティコさんは仕事が残っているから神殿に戻る、と言い出て行った。猫がするりと部屋から出て行くみたいにあっと言う間で、声を掛ける事も出来なかった。
私は一人になったリビングで、椅子に座ったまま、しばらく動けなかった。色んな人の顔、感情が浮かんで来て、感情がもつれた。


ミスティコさんを見送って部屋の中が薄暗くなって来た頃、アルケーさんが帰って来た。

「お帰りなさい、アルケーさん」

帰って来たアルケーさんを出迎えると、アルケーさんが神官服のローブを玄関のクローゼットに掛けながら、私に尋ねる

「オト、東のが、こちらに帰って来たでしょう?」
「え、あ、はい。お昼過ぎ位に帰って来ましたけど・・」
「やはりそうですか。神官の報告によると、長い事、うちに居たようですが」

うッ!職場もとい神殿を、長時間と言わないまでも結構な時間、留守にしていたから同僚の皆さんに心配を掛けていたのかもしれない。二人きりのリビングでの出来事を思い出し、ぎくりと身体が反応しそうになるが、ぐっと堪えた。

「・・えっと、ミスティコさん、凄く疲れてたみたいで・・休んで下さいと私が引き留めてました。もしかして・・神殿の皆さんに迷惑を掛けてしまいましたか?」

なるべくしおらしく、申し訳無さそうに言う。こういう演技、自分でも嫌だなぁと思うが話を早めに切り上げる為だ。アルケーさんは私をリビングに促しながら、首を振る。

「いえ。ミスティコが疲労困憊なのは、神官全員が心配してましたから。私たちが言っても聞かないタイプですし、オトが気に掛けて下さって良かったです」
「・・なら良かったです。はは」

アルケーさんからミスティコさんの事をさほど追及されなかった事にホッと胸を撫で下ろし、笑って誤魔化す。
・・私はすっかり忘れていたのだ。アルケーさんが執念深い親鳥だと言う事を。

アルケーさんと普段と変わらない夕食を取り、お風呂も済ませ、ベッドで本でも読もうかな、と一息ついていると、アルケーさんが寝室にやって来た。今日は珍しく早い。大体、私が眠気に負けそうになる頃にやって来るのに。

「アルケーさん、今日のお仕事はもう終わりですか?」
「えぇ。私はミスティコが作成した書類にサインして行くだけですからね。交渉も基本、東の仕事ですし」

私が横にずれ、アルケーさんの場所を作ると「今日はこちらで」と、アルケーさんは私の背後に回り、所謂「バックハグ」の状態になった。後ろから抱き締められ、私は「えっと」と戸惑うがアルケーさんは至って平然と「少し重たいかもしれません。我慢して下さいね」と言いながら、私の肩に頭を乗せた。右頬、肩に彼の銀色の髪が触れ、少しくすぐったい。

「あ、アルケーさん?」

アルケーさんは私の呼び掛けには答えず、私の太ももに手を遣り、ワンピース型のパジャマの裾をするすると腰の辺りまでたくし上げた。下着が丸見えになって「ひぇッ!」と間抜けな声を上げてしまう。

「あ、アルケーさんッ!ちょ、ちょっと!!は、恥ずかしいですから!」
「えぇ、分かってます。あぁ、恥ずかしいからと言って目を逸らしてはいけませんよ」

私は大慌てでアルケーさんの手を押さえ、アルケーさんの方へ顔を向けるが、銀色の長い髪に邪魔されて彼の表情は窺えない。赤くなったり青くなったりしている私にはお構いなしで、アルケーさんは自分の足を使って、器用に私の太ももを左右に割り開く。アルケーさん、身体が柔らかい・・じゃなくて!下着姿で股を開くとか裸より恥ずかしい!羞恥プレイ!!

「あ、アルケーさんッ!ホントに止めて下さいッ!」
「ふふ、そんなに必死に何度も呼ばなくても、ちゃんと聞こえてますよ」
「そ、そうじゃなくてッ!や、やだッ!」

拒否の言葉を口にした瞬間、身体がびくりと震えた。理由は簡単だ。アルケーさんの指が下着越しに花芽を擦ったからだ。濡れていないから、嬌声を上げる事は無かったけど、こんな風にされていたら声を上げるのも時間の問題だ。逃げ出したいけど、彼の足で太ももを拘束されていて、それも叶わない。
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