名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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過保護な親鳥なのかもしれませんね

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その後、王子のおまじないが効いたのか、気を張っていた疲れが来たのか、本当に寝落ちしてしまい王子に起こされた。

「・・おい、そろそろ起きたらどうだ?オオトリ様にこの寝床を気に入っていただけて大変光栄。だが、イライラして今にも此処に押しかけて来そうな親鳥二羽が下でお待ちかねだ」

とろとろとした眠気の中で王子の呆れかえった声が聞こえる。うーん・・後5分と思いながら、薄っすら目を開けると自分の鼻先と王子の鼻先が触れ合う。起き抜けの所為か一瞬、自分の置かれている状況が分からなくて混乱する。

「・・は?え?え?」

何で王子が目の前に・・?辺りを確認すると普段の寝室とは違う部屋、薔薇の香りがほんのり漂っている。あ、そうだ!此処はうちじゃない。王子の別宅だ。私は飛び起き、手櫛で髪を整える。寝言とかいびきとか大丈夫だったんだろうか?取り敢えずベッドを降り、ささっとシーツの皺を直し王子に頭を下げた。

「す、すいません!本気で寝るつもりはなかったんですけど」
「いや、お気に召したようで何より」

王子の言葉に「その・・お邪魔しました」と返す。王子が眉間に皺を寄せる。

「邪魔も何も。此処はお前の寝室でもあるだろ」

う、言われてみれば、そうなのかもしれないけど・・。愛想笑いしながら身支度をし誤魔化すが、視線をびしばし感じる。雲行きが怪しい気がする。早めに切り上げてしまった方が良いかも。

「あの、お待たせしました。行きましょうか?」

鏡でちらりと自分の格好を確認し、早口でそう言う。寝室のドアを開けようとした時、王子の腕が腰に絡みついて来た。後ろから王子が覆いかぶさるような体勢になり、動けなくなる。

「そんなに慌てるな。・・階段を踏み外すぞ」

腰に回された腕に力がこもり背中に王子の体温と呼吸が密着する。こんな時なのにどきりとしてしまう。顔に熱が集まって来たような気がする。私は王子の腕に手を掛け、動揺を悟られないようになるべく落ち着いた声で話す。

「あ・・分かりました。気を付けますから、は、離して貰っても良いですか?」
「俺のオオトリは本当につれないな。此処に泊まる日には倍にして返して貰うぞ。覚悟しておくことだな」

二人きりなのに、内緒話をするみたいに王子が耳元で囁く。柔らかな唇が触れて「ひゃッ」と間抜けな声を上げてしまう。私の反応に王子が低く笑う。冷静を装い取り繕っていた部分が、王子の唇の感触だけで、綺麗に剥がされてしまう。
私は熱くなった耳元を押さえ背後を振り返り睨む。顔を赤くしたままアルケーさんの所に戻ったら、後でえらい事になるのに!しかし王子は何処吹く風だ。私の腰に回していた腕をゆっくりと外すと、王子は胸元に手を当て恭しくお辞儀し、私に手を差し出した。

「さて、参りましょうか。俺のオオトリ様」


リビングに降りると、アルケーさんはソファから立ち上がり、笑顔で「落ち着きましたか?」と尋ねる。私は「はい。ご心配をお掛けしました」とアルケーさんとミスティコさんに頭を下げる。

「えぇ、とても心配しました。本当に」

アルケーさんは私の傍までやって来て、そう言い終えると王子の隣に居た私の腕をぐいっとやや乱暴に引っ張った。突然引っ張られたのと、かなり強い力だったのでぐらりとバランスを崩す。私が悲鳴を上げるより前にアルケーさんが抱きとめてくれた。悲鳴も視界もアルケーさんの胸に吸い込まれる。

「おかえりなさい、オト。やっと私の所に戻って来てくれましたね」

息苦しくなる位の力でぎゅうぎゅうに抱き締められ、見せつけるみたいに耳元に唇を寄せる。アルケーさんは「やっと」と言うが、そこまで離れてた訳じゃないのに。普通に仕事で神殿に行っている間の方がよっぽど離れている時間が長い。アルケーさんの腕の中に閉じ込められている状態だが、王子とミスティコさんの視線を背中に痛い位に感じる。

「はぁ・・俺がオオトリを拐かして返さないとでも思ったか?オオトリの意思は尊重するし、一番目のトマリギにも出来る限り協力はする、そう言っただろう」
「えぇ。ですが、やはりこの腕に抱いて、体温を感じるまでは安心出来ないのです。殿下が仰る通り、私は過保護な親鳥なのかもしれませんね」

アルケーさんは王子に少しだけ頭を下げた。言い方ッ!雰囲気が悪くなる前にアルケーさんを止めたいが、囲われて完全に動きを封じられているので身動きが取れない。王子も苛立ちを隠さず舌打ちする。

「北の、いい加減にしろ。オオトリ様が大変お世話になりました。差し支えなければ、私共はこれで失礼いたします」

ミスティコさんが疲れ切った声で言い、二人を止める。うぅ・・ミスティコさん、ありがとうございます。声にならないお礼を心の中で呟く。
ミスティコさんの言葉を切っ掛けに、アルケーさんが少し腕を緩めてくれた。息苦しさから解放され彼の傍で深呼吸すると、アルケーさん特有のお香の様な香りが身体の中に浸透して行くようだ。

「・・あぁ、東の副司祭。今日の取り決めは正式な文書にして、俺の所と父の所へ送ってくれ」
「かしこまりました。取り決めた内容に異議はございませんか?」
「異議が有る、と言えば、東の副司祭は手心を加えてくれるのか?」
「ご冗談を。私が手心を加えるタイプに見えますか?」

王子は「神殿の連中は揃いも揃って歪んでるな」と呆れている。王子の独り言みたいな呟きに対して、ミスティコさんが「一番上の上司がアレですからね」と返す。上司って、あの真っ白な神殿の司祭様の事だよね。先代のオオトリに会った事があるかもしれない、という話をふと思い出す。


神殿に帰る為にアルケーさんたちはローブを羽織り、私は髪の色を隠す為の帽子を手に取った所で王子の方を一瞥する。玄関で腕組みをしてむすっとした表情をしている。私は王子の傍に駆け寄った。

「あの、王子。その、色々ありがとうございました」
「あぁ。その『色々』は、お前の為だからな。面倒は仕方ない」

王子は肩を竦め、緑の瞳を細めた。そんな王子に向かって、私は小さく手招きをする。王子が不思議そうに腰をかがめ二人の身体が近付いた所で、少しだけ背伸びをして目の前の彼の頬にキスをした。薔薇の香りとしっとりとした肌の感触が、王子と初めて会った時を思い出させる。あの時の王子は「子ども扱いするな」と怒ったっけ・・。
私がそっと唇を離すと、あの時と違い、王子は唇が触れた頬を押さえて顔を赤らめている。色白だからアルケーさんよりずっと分かり易い。普段は自分からぐいぐい来るのに、攻守が逆転すると乙女のようになるらしい。

「お、お前・・」

王子が私に向かって続きを言うより前に、アルケーさんにぐいっと強引に肩を抱かれた。

「ふふ、私のオトは本当に悪戯好きですね。『丁寧な』挨拶も済んだ事ですし、お暇しましょうか。宜しいですね?」

アルケーさんに顔を覗き込まれる。微笑みを浮かべているが、琥珀色の目は笑っていない。私はその圧に負けて「は、はいッ!」と反射的に返事してしまう。

「殿下、貴重なお時間をいただきありがとうございました」

私の肩を抱いたままアルケーさんが深々とお辞儀をする。私も慌てて頭を下げる。

「いえ、一番目のトマリギ様。こちらこそ今後もご教示賜りたく存じます」

ぐぇぇ・・頭を下げているから王子がどんな表情なのか分からないが、丁寧な物言いは不穏さを孕んでいる。隣のアルケーさんが顔を上げる。

「こちらこそ宜しくお願い申し上げます。二番目のトマリギ様」

二人が睨み合っているのは確認しなくても分かる。だから私は顔を上げられない。うぅ・・「〇番目」って序列を付けて、お互いを呼び合わないで欲しい・・。私がそんな事を考えていると、王子が一歩だけ私たちの方へ進み出た。

「では、約束の日にお会い出来る事ことを心よりお待ちしております。オオトリ様」

王子の言葉にハッして顔を上げると王子と目が合った。な、何か言わなきゃ・・「私も楽しみにしています」?でもアルケーさんが隣に居るのに「楽しみにしている」とか口にしてしまっても良いんだろうか、と躊躇う。いや、隣に居るアルケーさんの所為にするのは違うな。そうやって逡巡したのはほんの一瞬だったと思う。微妙な表情の私とは対照的に王子は表情を崩さず、スマートな所作で玄関の扉を開けた。

「・・では、約束の日に」

帰り際、アルケーさんに肩を抱かれたまま、私が言えたのはその一言だけ。こんな時、気の利いた一言も言えない自分が本当に嫌になる。

帰りの馬車は私の隣にミスティコさんが座り、私と目が合うとにやりと笑った。

「アレ、面白かったですよ」
「アレ?」
「貴女と二番目のトマリギとの別れ際の『丁寧な』挨拶ですよ。普段、冷静沈着で知られた北の副司祭が嫉妬で目の色が変わっていたので」

ミスティコさんはその時の事を思い出したのか、くっくっと笑う。
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