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言いたかった事はそれだけだ!
しおりを挟むその後、王子のおまじないが効いたのか、本当に寝落ちしてしまい王子に起こされた。
「・・おい、おい、聞こえているか?オオトリ様にこの寝床を気に入っていただけて大変光栄。だが、イライラして今にも此処に押しかけて来そうな親鳥二羽が下でお待ちかねだ」
とろとろとした眠気の中で王子の呆れかえった声に気付き、薄っすら目を開ける。自分の鼻先と王子の鼻先が触れ合う。眠気の所為か一瞬、自分の置かれている状況が分からなくて混乱する。
「・・は?え?え?」
何で王子が目の前に・・?あ、そうだ!此処はうちじゃない。王子の別宅だ。私は慌てて起き上がり手櫛で髪を整える。寝言とかいびきとか大丈夫だったんだろうか?取り敢えずベッドから出て、ささっとシーツの皺を整え王子に頭を下げた。
「す、すいません!本気で寝るつもりはなかったんですけど」
「いや、お気に召したようで何より」
王子の言葉にもう一度頭を下げる。
アルケーさんたちの所に戻る前に、姿見で自分の格好を確認するが、王子の視線をびしばし感じる。何がそんなに気になるんだろう。尋ねてみたい気もするが、今は下で待たせているアルケーさんたちを優先しないと。
「お待たせしました。行きましょうか?」
私が早口でそう言い、寝室のドアを開けようとすると王子の腕が腰に絡みつき、後ろから王子が覆いかぶさるような体勢になる。
「そんなに慌てるな。・・階段を踏み外すぞ」
腰に回された腕に力がこもり背中に王子の体温と呼吸が密着する。こんな時なのにどきりとしてしまう。顔に熱が集まって来たような気がする。私は王子の腕に手を掛け、動揺を悟られないようになるべく落ち着いた声で話す。
「あ、分かりました。気を付けますから、は、離して貰っても良いですか?」
「俺のオオトリは本当につれない。ここに泊まる日には倍にして返して貰うぞ」
耳元で王子が囁く。柔らかな唇が触れて「ひゃッ」と間抜けな声を上げてしまう。王子が低く笑う。冷静を装っていたのに、唇の感触だけで、取り繕っていた部分が綺麗に剥がされてしまう。
私は熱くなった耳元を押さえ、背後を振り返り睨む。顔を赤くしたままアルケーさんの所に戻ったら、えらい事になるのに!しかし王子は何処吹く風といった表情だ。私の腰に回していた腕をゆっくりと外すと、王子は胸元に手を当て恭しくお辞儀し、私に手を差し出した。
「さて、参りましょうか。俺のオオトリ様」
リビングに降りると、アルケーさんはソファから立ち上がり、笑顔で「落ち着きましたか?」と尋ねる。私は「はい。ご心配をお掛けしました」とアルケーさんとミスティコさんに頭を下げる。
「えぇ、とても心配しました」
アルケーさんは私の傍までやって来て、そう言い終えると王子の隣に居た私の腕をぐいっと引っ張った。突然引っ張られたのと、かなり強い力だったのでぐらりとバランスを崩す。私が悲鳴を上げるより前にアルケーさんが抱きとめてくれた。悲鳴も視界もアルケーさんの胸に取り込まれる。
「おかえりなさい、オト。やっと私の所に戻って来てくれましたね」
息苦しくなる位の力でぎゅうぎゅうに抱き締められ、アルケーさんが耳元でそう囁く。アルケーさんは「やっと」と言うが、そこまで離れてた訳じゃないのに。普通に仕事で神殿に行っている間の方がよっぽど離れている時間が長い。アルケーさんに閉じ込められている状態だが、何故だかはっきり王子とミスティコさんの視線を痛い位に感じられる。
「はぁ・・俺がオオトリを拐かして返さないとでも思ったか?オオトリの意思は尊重するし、一番目のトマリギにも出来る限り協力はする、そう言っただろう」
「えぇ。ですが、やはりこの腕に抱いて、体温を感じるまでは安心出来ないのです。殿下が仰る通り、私は過保護な親鳥なのかもしれませんね」
アルケーさんは王子に少しだけ頭を下げた。言い方ッ!雰囲気が悪くなる前にアルケーさんを止めたいが、囲われて完全に動きを封じられているので身動きが取れない。王子も苛立ちを隠さず舌打ちする。
「北の、いい加減にしろ。オオトリ様が大変お世話になりました。差し支えなければ、私共はこれで失礼いたします」
ミスティコさんが疲れ切った声で言い、二人を止める。
アルケーさんが少し腕を緩めてくれたので、すーぅと息を吸い込む。アルケーさん特有のお香の様な香りが身体の中に浸透して行くようだ。
「・・あぁ。東の副司祭、今日の取り決めは正式な文書にして、俺の所と父の所へ送ってくれ」
「かしこまりました。取り決めた内容に異議はございませんか?」
「異議が有る、と言えば、東の副司祭は手心を加えてくれるのか?」
「ご冗談を。私が手心を加えるタイプに見えますか?」
王子は「神殿の連中は揃いも揃って歪んでるな」と呆れている。王子の独り言みたいな呟きに対して、ミスティコさんが「一番上の上司がアレですからね」と返す。上司って、あの真っ白な神殿の司祭様の事だよね。先代のオオトリに会った事があるかもしれない、という話を思い出す。
神殿に帰る為にアルケーさんたちはローブを羽織り、私は髪の色を隠す為の帽子を手に取った所で王子の方をちらりと見る。玄関で腕組みをしてむすっとした表情をしている。
「あの、王子。その、色々ありがとうございました」
「あぁ。お前の為だからな。仕方ない」
王子は肩を竦め頬を緩める。そんな王子に向かって小さく手招きをする。王子が不思議そうに身体を近付けた所で、頑張って背伸びをして目の前の彼の頬にキスをした。
エナさんが居たら間違いなく口笛や野次を飛ばしていただろう。エナさんが不在で良かった。
王子は頬を押さえて顔を赤らめている。色白だからアルケーさんよりずっと分かり易い。普段は自分からぐいぐい来るのに、攻守が逆転すると乙女のようになるらしい。
「お、お前・・」
帰りの馬車は私の隣にミスティコさんが座り、私と目が合うとにやりと笑った。
「アレ、面白かったですよ」
「アレ?」
「貴女の一番目のトマリギですよ。普段、冷静沈着で知られた北の副司祭が嫉妬で目の色が変わっていたので」
ミスティコさんはその時の事を思い出したのか、くっくっと笑う。目の前のアルケーさんを恐る恐る見ると表情は微笑んでいる。それが「笑顔」で無い事は凄く良く分かっている。私と目が合うと、アルケーさんは笑みを深めた。
「えぇ、そちらの方が仰る通りですね」
ミスティコさんの事を「そちらの方」呼びしている・・。い、家に帰ったら私はどうなるんだろう、とぶるりと震える。
「・・あの、アルケーさん・・お礼と言うか、感謝と言うか・・すいません」
「何で謝るんです?感謝の表現なんでしょう?私は良いと思いますよ。私もこれから、オトに感謝されるような事をどんどんして行きますね。そうしたら、殿下と同じ様にして貰えるんでしょう?」
何で謝っているのか自分でも分からない。そんな私の「すいません」に対してアルケーさんは可愛らしく首を傾げ微笑んでいる。
「ふふ、皆の目の前でね」
満足気にアルケーさんは口角を上げるが、対照的にミスティコさんは苦々し気に「悪趣味だな」と呟いた。
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