名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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・・お前、意外に狡いな

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私の左手を取ると、王子は薬指に恭しく口付ける。

「貴女が元の世界に渡るまで、私をどうか傍に」
「・・はい。私のトマリギ様」

アソオス様と見詰め合う。ある種の期待や予感を含んだ熱っぽい雰囲気の中、どちらからともなく唇を重ねる。角度を変え、何度も唇を触れ合わせる。何だか誓いのキスのようだと思う。

王子が私の背中に手を添え、寄りかかる様に体重を掛ける。そのまま二人でベッドにどさりと倒れ込む。その時、王子の薔薇の香りが一層強まっている事に気付く。余り吸い込むと軽い眩暈を起こしそうだ。
こ、この香りの強さでこの体勢は良くない。このままだと判断も鈍りそうな気がする。そして状況も凄く良くない。一階にはアルケーさんもミスティコさんも待っている。

「あ、あのッ!お、王子・・」

流されまいと焦りながら、私を組み敷く王子を見上げる。王子と視線が絡む。彼の瞳の奥にゆらりと劣情の翳が見えた気がした。その圧に何も言えなくなってしまう。
私の身体からフッと力が抜けたタイミングで、覆い被さるようにして王子が耳元で囁く。

「・・俺のオオトリはいたく体調が悪い。このまま今日は此処に泊った方が良いな」

王子は低く笑いながらそう言い、私の耳の端を数度甘噛みする。さっきのキスの名残も有ってかぞわりとした生暖かい気持ち良さがうなじから背中に走る。その所為で「泊まりません!」という一言が言えない。鼻にかかった声だけが漏れる。

「ひゃッ!んッ!」

繰り返される濡れた刺激にシーツを掴んで意識を「快楽」に持って行かれないようにする。その反応に王子の口角が上がる。満足気な笑みを浮かべたまま、私の右胸に手を添え柔らかく揉み始めた。性急な手付きではない。私の中から何かを引き出そうとする様な、ゆっくりと身体の熱を上げて行く様な、そんな手付きだ。アルケーさんに散々、快楽を教え込まれた身体は、こういった刺激に非常に弱い。こんな状況なのに腰の辺りがそわそわし始める。

『こんな風に身体が反応するのは、絶対、絶対、アルケーさんの所為!アルケーさんが毎晩あれこれするから!』

アルケーさんへの八つ当たりを原動力にして王子の手をぐっと掴み何とか押し留め、彼の名前を呼ぶ。

「あ、アソオス様!こ、これ以上は駄目です」

私の制止に王子は眉間に皺を寄せ、むっとした表情になる。「どうしてだ」と咎める様な低い声で尋ねる。

「わ、私、此処に泊まる日、ちゃ、ちゃんと約束しましたよね?きょ、今日は帰ります・・」

私がそう言うと、やや間が有って王子は思い出したように「・・そうだったか」と呟く。いやいや絶対に覚えてるでしょう!私が彼の手を掴んだまま、じとりと睨むと王子がにやりと笑う。

「別に早めても構わんだろう?・・オト」

王子は私の名前を囁き、私に腕を掴まれたままなのに器用に指で私の胸の先をくんっと摘まむ。すっかり立ち上がっていた部分を不意打ちで摘まみ上げられ、意図せず「あ゛ぁッ♡」と悲鳴に似た声を上げてしまう。胸の先から広がるつんっとした快感の所為で、掴んでいた王子の手を離しそうになるが、何とかもう一度手に力を込める。
ま、前も有った!こんな状況!こうやって流されて身ぐるみ剥がされた事が有った!しかもつい最近!

「あぁ、俺のオオトリは本当に素直に頷かないな。改めて躾け直す必要が有るな」

独り言つ王子は、ぎゅぎゅと私の乳首を摘まむ。摘ままれるタイミングに合わせて、律儀に身体がぶるりと震える。熱を持った胸の先が下着と擦れて、もどかしさがじくじくと下腹部に溜まる。流されるのは時間の問題だ。

「あ、あ、アソオス様!や、約束は守ってく、下さい!」
「さぁ?エナに言わせると『約束は破る為に有る』らしいが?」

馬鹿!エナさんの大馬鹿!変な入れ知恵をしないで欲しい!与えられる刺激の合間に王子に必死に訴える。

「わ、私は!『トマリギ』とした、や、く、約束は、ま、守りたいんです!」

王子がぴたりと動きを止める。・・トマリギという単語を出せば冷静になってくれるかも、と思っていたが当たりだったらしい。上から王子の苛立った声が降って来る。

「・・お前、意外に狡いな。『トマリギ』と言えば、俺が退くと考えたんだろう?」

ぐ・・図星。私が目を泳がせていると、王子は「あー」と不機嫌な声を上げながら身体を起こす。ふっと重みが消える。このままベッドに横になっていると同じ事の繰り返しになりかねないので、私も起き上がり、ジタバタした為に乱れてしまった服や髪を直す。そんな私の隣で王子がぽつり呟く。

「・・いや、違う。俺に非が有るな。性急に事を進め過ぎた。今日、お前を此処に留め置きたいと思うのは俺の我儘だな」

今度は私が「え・・」と呆気にとられる。まさか、あの王子が自分から「非が有る」と言い出すとは。何か変な物でも食べたのか、何処かで頭でもぶつけたのか。それとも熱でも有るんだろうか。予想外の言動をしたのがアルケーさんやエナさんだったら絶対に何か企んでいるパターンだ。だが王子の場合は多分、本心からだと思う。本当に突然どうしたんだろう。

「えっと・・すいません・・いや、ありがとうございます、なのかな・・」

今日、此処に泊れないのは仕方ないとは言え申し訳ない気持ちも有る。王子が自分から色々気付いて無理強いをしない姿勢は有り難い。王子が小さく笑う。

「礼も謝罪も不要だ。お前を困らせたのは俺自身だからな」

ほ、本当にどうしたんだろう。私は思わず隣の王子の額に手を遣り「だ、大丈夫ですか?」と直球で尋ねてしまう。王子は訝し気な表情だ。

「・・おい、大丈夫とは?」
「いつものアソオス様と様子が違うと言うか・・しおらしいと言うか・・失礼ですよね、すいません」

ごにょごにょと謝罪する私の手を取り、王子は「成程」と苦笑いする。

「あぁ、心配するな。ただ、北の副司祭と足を踏み合っても仕方ないと思っただけだ」
「足を踏み合う?」
「お互いの足を踏んで、いざという時に動けないのは馬鹿らしいだろう?北の足を踏みつけてやりたいのは山々だが、オオトリの為にはならない。それに気付いた。そんな所だ」

確かにアルケーさんと王子がいがみ合うのは私も望んでいない。しかし二人に「仲良くして欲しい」とお願いするのは気が引けた。原因を作っているのは私だからだ。だから、仲良くは無理でもいがみ合うのは止める、と言う彼の言葉は有り難い。今回は王子の厚意に甘えてしまっているが、此処で「トマリギ」として生活して行く上で私自身も考えないといけない問題だ。

「あの、ありがとうございます・・本当に」

私の言葉には答えず、王子は私の肩にこてんと頭を預けて来た。

「・・お前と出会ってから、先代のオオトリの事を考えていた」
「お城で過ごしていたオオトリですよね」

王子が「あぁ」と頷き、少しだけ口を噤む。私の肩に頭を預けているから王子の表情は伺えない。

「大叔父が先代のオオトリを独占したがっていた気持ちは理解出来る。本当に。・・だがお前は誰の『独占』も望んでいない。・・だろ?」
「・・はい」

私は『オオトリ』としてバシレイアーに召喚された。その役目を考えると、誰かに独占されることは望ましくない。それに、ミスティコさんから聞いた一本のトマリギを寵愛したオオトリの悲劇が頭の片隅に染みのように消えない。
王子は溜息を吐く。

「あぁ、俺も理解しているつもりだ。それに今日、北の副司祭と話をして思い知った。確かに・・アレは一番目のトマリギに相応しい。俺と北の副司祭、出会う順番が逆だったとしても、アレが一番目になっていただろうな」
「・・アソオス様もトマリギに相応しいですよ」
「知っている」
「それに・・私の事、一番分かっている『トマリギ』になる予定なんですよね?」
「・・予定じゃない。確定だ」

王子のムッとした声色に思わず笑ってしまう。王子は私の肩から頭を離すと私の頬に手を添えて自分の方へ向かせた。吐息が溶け合う至近距離で見詰め合う。鼻先が触れ目を閉じると、そっと唇が重なった。

「・・愛している」
「・・私も」

そうだ。以前、アソオス様に『愛している』と言われた時、私は「待っている」と答えた。それが狡いな、と感じた事を思い出す。
でも、今日はごく自然に「私も」と口から零れた。王子はぎゅうと苦しい位に私を抱き締める。

「あぁ、俺はお前のものだ」

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