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私の『トマリギ』になってくれませんか?
しおりを挟む私がぐずぐず泣き止まないので、王子が傍までやって来て「落ち着くまで寝室で休ませよう」と言った。アルケーさんは私の背中を撫でながら「どうしますか?」と尋ねる。顔面は涙でぐちゃぐちゃだし、泣き過ぎた所為か頭がぼんやりする。休ませて貰うのは有り難いが、甘えてしまって良いんだろうか?私が答えに迷っていると、代わりにアルケーさんが王子に声を掛けた。
「殿下、オトを寝室までお願い出来ますか?」
「あぁ」
王子がアルケーさんの首に回していた私の手を取る。アルケーさんから私を剥がすみたいにして支えてくれた。
「ご迷惑を、お掛けしてすいません・・」
大失態だと思う。今後の事を話し合う為に此処に集まった筈なのに、話し合いを完全に中断させてしまっている。本当に申し訳ない。王子がハンカチで私の顔を拭う。
「謝るなら落ち着いてからにしろ。泣きながら謝られても困る」
「・・そう、ですね。すいません」
確かに王子の言う通りだ。落ち着いたら改めて謝ろう。
私が大人しくなると、王子がひょいっと私を横抱きにした。突然の身体が浮く感覚に「ひぇッ!」と間抜けな声を上げてしまう。アルケーさんには何回かこうやって運ばれた事は有るが、王子はアルケーさんより細身な気がする。こんな事して腰でも痛めたら大変だ。
「お、重いですよ!お、降ろして下さい、自分で歩けますから」
「あぁ、軽くはないな」
さらりと王子が言う。ぐ、やっぱり重いんだ。こっちの世界に来て三食しっかり食べているから、何となく予想してたけど。って言うか、寝室の有る二階に上がると言う事は階段を昇らなければならない。私という荷物を抱えたまま階段を昇って大丈夫なんだろうか?バランスを崩したりしたら大惨事間違い無しなんだけど。
「あの・・お気遣いは嬉しいんですけど、本当に大丈夫ですから」
「グダグダ言わず、大人しくしてろ。俺が階段から落ちても良いのか?」
「う、大人しく、しときます」
じろっと緑色の瞳に睨まれたら「すいません」と黙り込むしかない。アルケーさんもミスティコさんも止める様子は無い。
王子が私を抱えて階段を昇っている最中、本気で後ろにひっくり返ったらどうしようと心配していたが、よろけたりする事も無かった。本当に良かった・・。
王子は私を抱き上げまま、器用に寝室のドアを開け私をベッドに寝かせる。そして甲斐甲斐しく掛布を掛けてくれた。私がお礼を言うと、寝室からは出て行かず、当然と言う風に横になっている私の隣に腰掛けた。私を一人残すのが心配なのかもしれないが、まだ話し合いの途中だし・・。
「あの・・私が言うのもアレなんですけど、戻らなくても良いんですか?」
「あぁ」
「私なら、大丈夫ですよ。多分・・ひ、東の副司祭、さんたち待ってると思いますけど」
何となく「北の副司祭」というワードは出しづらい。私は「ちゃんと大人しくしてますから」と言い、掛布を目元の辺りまで上げる。
「『待ってる』ねぇ・・どうだろうな。今日の話し合いは、ほぼほぼ終わったからな」
王子はそう言い肩を竦める。「ほぼほぼ終わった」?どういう事だろう。
「え、でも、私が王子の所に来る日にちとか具体的な事、まだ決まってませんけど」
「そんな事は、此処に来る為の口実だろう」
「えっと、口実・・ですか?じゃあ、あ・・北の副司祭さんの本当の目的は違うっていう事ですか?」
「北の副司祭が俺に会いに来た本当の目的は・・アレの言葉を借りるなら『チャンスを差し上げる』為、だろうな」
えっと・・じゃあ・・アルケーさんは王子の覚悟が知りたかった、と言う事なんだろうか。王子は面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「北の副司祭からわざわざ言われなくても、俺はきちんとトマリギの『覚悟』と『矜持』を理解しているつもりだ。お前も知っているだろう?」
王子は私をじっと見下ろす。何かを言う代わりに、私は身体を起こし傍に置かれた王子の手に自分の手を重ね、彼にそっと寄り添う。
『覚悟』と『矜持』。その言葉を切っ掛けに、王子が以前、私に『お前との時間が無限じゃない事をトマリギの中で一番良く分かっている』と声を荒げた時の事を思い出す。お城には、先代のオオトリと一番目のトマリギが仲睦まじく過ごしていたであろう痕跡が沢山残っている。旅立ったオオトリと残されたトマリギの面影、王子はそれを見て育って来たに違いない。だから、彼の言う「トマリギの覚悟」は重い。胸の辺りがひやりとする。
私は少し顔を上げ、王子の初夏の若葉みたいに鮮やかな緑の瞳を真っ直ぐに見詰める。
「・・大丈夫です。私も王子の気持ち分かっているつもりですし、北の副司祭さんにも伝わったと思います」
王子は少しだけ表情を緩め、もう片方の手で私の頬をそっと撫でる。
「分かっているつもり、は困る・・が今は仕方ないか。先人の言葉を借りるなら『時間の積み重ね』とやらが俺達には必要だな」
「ふふ、言われてみれば、確かにそうですね」
私が笑うと王子もつられて目を細める。そんなやり取りに、どうしようもなく満たされた気持ちになる。悲しくもないのに鼻の奥がつんっとするのは何でなんだろう。私は泣きたくなった気持ちを抑え込む為に、ぎゅうと自分から王子に抱き着いた。彼特有の薔薇の香りがする。
「・・お前にはもう北の副司祭が居る。認めたくはないが、アレは一番目のトマリギだし、お前への愛情は本物だ。俺はどうあっても一番目のトマリギにはなれない。なら俺は・・一番、お前の事を分かっていたい」
「あ、その、あ、ありがとう、ございます。嬉しいです」
あ、ヤバい。涙を我慢出来ないかもしれない。此処で泣いたら、王子が話し合いに戻れなくなる。
私は二番目のトマリギの腕の中で、初めて彼と出会った時を思い出す。強引で真っ直ぐな人だなと思った。私は抱き着いている腕に力を込める。
「・・アソオス様」
彼にしがみ付くような体勢だから私の声はくぐもっている。王子は返事をする代わりに私の背中を撫でた。私は少しだけ王子の腕を掴んで身体を離し、目の前の彼と向き合う。
こうやって王子様然とした綺麗な顔を直視すると緊張する。息を一つ吸い込んで、心からのお願いをする。
「・・あの、アソオス様。私の『トマリギ』になってくれませんか?」
本当は「後悔しませんか?」も聞きたかった。だが、王子はアルケーさんたちの前で「私の事は恨まない」と言った。「後悔しませんか?」はもう不要な気がした。「トマリギになってくれませんか?」が王子には相応しい。きっとそうだ。
私の突然の求めに王子は少し驚いた表情になる。私がこんな事を言い出すなんて思ってなかったんだろう。私自身もちょっと唐突だったかな、とは思う。けど、感情が溢れ出して来て、口を突いて出てきてしまった。
王子は驚いた表情を引き締めると、私の事をまじまじと見詰める。私が思い掛けずプロポーズみたいな事を言い出した真意を探っているみたいだ。
「・・前にみたいに『言っちゃった』とか言うなよ」
どうやら少し前の事を根に持っているらしい。けれど、拗ねる王子の声色には甘さが有った。
「言いませんよ」
「じゃあ、もう一度言ってくれ。・・オト」
王子はそう言い、照れた感じの嬉しそうな笑いを浮かべる。その笑顔はズルいと思う。私の心の柔らかい所がくすぐったい。私は極力務めて低い声で「最後の一回ですよ」と王子に念押しする。
「えっと・・アソオス様、私のトマリギになってくれませんか?」
「あぁ、勿論。俺のオオトリ」
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