名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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『チャンス』を差し上げているのです

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王子の別宅の玄関ドアのドアノッカー(最初来た時には気付かなかったが、あんまり見た事無い幾何学模様だった)を叩くと、エリヤさんでもフォスさんもなくラフな格好の王子本人が出迎えてくれた。普通なら、ここでお互いに挨拶という流れだと思うが王子は身振りで早く入れと促す。私たちが足早に入ると、王子がドアを閉めた。私やアルケーさんたちが何か言うより前に、腕組みをした王子の方が先に口を開く。じとりとした視線が痛い。

「・・おい、オオトリ。前に余計な『もの』を付けて来るな、と言ったのを覚えているか?」

うわぁ・・開口一番そう来るか。まだ玄関だがそう来るか。私は「も、勿論です」と蚊の鳴く様な声で答え、愛想笑いで誤魔化す。
私とミスティコさんが「先が思いやられる」とHPを削られている横で、アルケーさんがにこやかな笑顔で胸元に手を当て少し頭を下げる。

「殿下、余計な『もの』が付いて来て、すいません。ですが、心の広い殿下の事、余計なものが一つや二つ付いて来た所で、ご気分を害するなんて事、勿論ありませんよね?」
「・・あぁ、無論だ。トマリギ『様』」

王子が腕組みをしたまま「様」を強調して低い声で言う。恐る恐る王子の表情を伺うと、王子の緑の瞳に苛立ちが覗いている。あぁ・・玄関の空気がどんどん重苦しくなって来た。

「では、殿下。今日は、オト共々お世話になります」

隣のアルケーさんは王子の苛立ちなんて気にならないようで、悠然と微笑む。不機嫌そうな王子がより一層苦々しい表情になる。
う、頭が痛くなって来た・・回れ右して帰っても良いだろうか・・。ちらっと傍のミスティコさんが気になり、視線を向けるとばっちり目が合う。私の考えている事が分かったのか、目線で「逃げるなよ」と私に圧を掛けて来た。

「世話も何も、東の副司祭の要望で今日は人払いをしている。俺では歓待など出来ないがな」

王子はそう言いながら、私たちをリビングへと案内した。
あ、成程。人払いしているから王子自ら出迎えてくれたんだ、と納得するが、同時にじわじわと不安になって来る。エリヤさんとフォスさんが居ない、と言う事は雰囲気が最悪になった時、助けてくれる人が皆無、と言う事だ。果たして、乗り切れるんだろうか?私が一人、落ち着かない気持ちで居るのに対して、アルケーさんは楽しそうにリビングをぐるりと見渡し、王子に気安げに話し掛ける。

「噂には聞いておりましたが、明るくて良い邸宅ですね。」
「お褒めに預かり光栄」
「あぁ、きっと他の部屋も素敵なんでしょうね。二階の寝室を拝見したい位です」

アルケーさんの一言で、空気がひりつく。ひぇッ!息を呑んで、思わずアルケーさんのローブの端を掴む。にこやかに王子を刺激するのは止めて欲しいッ!私が掴むのと、ほぼ同時にミスティコさんのやや怒気を含んだ声がリビングに響き渡った。

「おい、北の。調子に乗り過ぎだ」
「・・そうですね、言葉が過ぎました」

ミスティコさんはアルケーさんを咎めると、王子に向かってゆっくり頭を下げた。

「北の副司祭が大変失礼を致しました。・・私とオオトリ様が帰った後でしたら、殴り合いでも罵り合いでも、どうぞお好きになさって下さい」
「・・構わん。だが、北の副司祭は新しい『トマリギ』が余程面白くないらしいな」

王子はそう言うと、ソファにどさりと身体を預けた。王子は手振りで皆にソファに座るよう促す。リビングのソファは二対二だから、王子の向かいにはアルケーさんが掛け、ミスティコさんと私が取り残される形になった。どう考えても勢力図(?)的には、アルケーさんの隣にミスティコさんが座るのが妥当だろう。そうなると、王子の隣は私になる・・んだろうか。あー、駄目だ。王子の隣もアルケーさんの隣もいたたまれない。

「あの・・すいません、ちょっと失礼しますね・・」

私はそそくさとリビングから出て行き、キッチンに置いて有ったエリヤさんの椅子を拝借し、向かい合うソファの真ん中辺りに椅子を置いて座った。司会みたいだが、誰かの隣より収まりが良い。
私の様子を眺めていたミスティコさんはニヤニヤしながらアルケーさんの隣に腰掛ける。

「段々、雛も知恵がついて来たんじゃないですか?そう思いませんか?」

ミスティコさんは二人に同意を求めたが、アルケーさんも王子も無言だった。
全員が腰掛けたところで、最初に切り出したのは王子だった。

「・・さて、今日の面会は、北の副司祭たっての要望と聞いている。俺に色々と言いたい事が有るんだろう?」

王子がソファに背を預けたまま、足を組み直してアルケーさんに尋ねた。偉そうというより、産まれた時から人にかしづかれて来た人独特の雰囲気が有った。

「・・そうですね。・・話し合いの場を設けて下さりありがとうございます」
「北の副司祭とは、ゆっくり話がしてみたいと思っていた。良い機会だ、トマリギ同士、意見交換と行こうか」
「えぇ、そうですね。ぜひ」

私は二人がやり取りしている間、自分の手を握って視線を下に向け、アルケーさんの言葉の意味を考えていた。
・・アルケーさんは、王子と自分の話し合いの時「『抵抗』しないで下さいね」と言っていた。ベッドでの最中に言われたから、その時は余り深く考えていなかった。あれはどういう意味なんだろう。わざわざ「抵抗しないで」と事前に言う、という事は、私が大騒ぎする様な何かをやるつもりなのでは?ざわざわしたものが水紋の様に胸に広がる。

「お二人の挨拶も済んだ事ですし、始めましょうか。・・第5王子が正式な『トマリギ』になりますが、オオトリ様、宜しいのですね?」

ミスティコさんの言葉に我に返り、ハッと顔を上げた。三人の視線がこちらに集中する。

「あッ、はい。ひ、東の副司祭様が言うように・・私は・・王子を、トマリギにしたい、です」

王子が満足気に頷く。ミスティコさんは眼鏡を直すと、隣のアルケーさんの方へ顔を向けた。

「本来なら聞く必要は無いんだが、北の副司祭、何か意見が有れば、どうぞ」

私は息をつめてアルケーさんの言葉を待つ。
二人きりの時、アルケーさんは私の決めた事に最終的には賛成してくれた。あの時の「私の我儘ですね」と苦笑いしていた彼を思い出すと、ぢくぢくと胸が痛む。私のそんな気持ちを察しているのかどうかは分からないが、アルケーさんは私と視線を合わせ、ゆっくり口を開いた。

「・・オトから、殿下をトマリギにするのは『自分がそうしたいから』とはっきり言われました。私は、彼女の意思、決意を尊重します」

アルケーさんが言い終えると、リビングに何とも言えない複雑な空気が広がる。それは安堵だったり、諦めだったり、苛立ちだったり・・。私は何故だか鼻の奥がつんっと痛くなる。

「・・ですが、一つ、殿下に確認したい事が有ります」

アルケーさんの一言に、私はびくりと肩が揺れる。本能的に「これだったんだ」と感じる。アルケーさんにとって、私が王子の所にどれ位通うとか、重要ではあるが二の次だったに違いない。本題は、今から彼が口に出す「確認したい事」なんだ。・・『抵抗しないで下さいね』、アルケーさんの言葉を思い出す。
王子は若干、緊張した面持ちで「確認したい事とは?」とアルケーさんに尋ねる。

「殿下は『トマリギ』になる事に対して、本当に後悔や不安はございませんか?」
「・・後悔は無いな。不安が有るとすれば・・他のトマリギと上手くやって行けるかどうか、だけだな」

王子の答えに対して、ミスティコさんが「だそうだ。満足か?」とアルケーさんに尋ねる。アルケーさんは一言「そうですか」と呟いた。それは答えにも独り言にも取れた。終わった?アルケーさんは納得した?私はドキドキしながらアルケーさんを見詰める。

「・・オオトリ様の事を考えれば、優秀な『トマリギ』が増える事は大変、喜ばしい事です」

アルケーさんが私に笑顔を向けた。この場で笑顔なのは彼だけだが、その表情は怖い位に綺麗だ。普段、アルケーさんは私の事は名前で呼ぶ。「オオトリ様」という呼び名に不安感が増す。

「なら、問題ないな。バシレイアーには、第5王子以上にトマリギに相応しい男性は居ないからな」

ミスティコさんがこの話題を切り上げようと結論付ける。おそらく、ミスティコさんは隣に居るアルケーさんが何か企んでいる事を肌で感じているんだろう。だから、この話題を早く終わらせようとする。

「・・えぇ、問題は無いです。ですが、話は終わっていませんよ。私は殿下に『チャンス』を差し上げているのです」
「チャンス?何の事だ」
「『オオトリ』様から逃れるチャンスですよ」

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