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別宅で何が有ったんですか?
しおりを挟む唇を離し、花がほころぶみたいに嬉しそうな表情のアルケーさんと黙ったまま見詰め合う。アルケーさんは私の肩に置いていた手を私の頬にそっと添える。
「・・寝室に行きましょうか」
そ、それ絶対にダメなヤツだ!行ったら最後、アルケーさんは確実に大遅刻だし、私は今日一日足腰が立たなくなる!
でも、アルケーさんを恥ずかしがらせる為とはいえ誘う様な事をしたのは紛れもなく自分自身だ。私がアルケーさんの首に腕を回したまま俯いて「えっと、その・・」と言い淀んでいると小さな笑い声が聞こえた。
「ふふ、嘘ですよ・・あ、でも嘘とも違いますね。オトが私の誘いに素直に頷いてくれたら、そのまま抱いていたので」
「う、アルケーさんが遅刻すると、皆さん、困ると思うので・・その、朝食しませんか?」
「そうですね。時間が無いので、私はこのままいただきますね」
「このままいただく」って何を!まさかいかがわしい行為を続行するつもり?とアルケーさんの膝の上で私が慌てていると、アルケーさんは腕を伸ばしてテーブルの上のフルーツをフォークで私の口元まで運んでくれた。冷たい感触が唇に触れ、親鳥から給餌されている気持ちになる。
「オト、口を開けて」
ぐ、向かい合ったまま、こんな事を言われるとやっぱり羞恥プレイみたいだ。アルケーさんが至近距離に居るから、このまま大きな口を開けるのは抵抗が有るが、フルーツの果汁がぽたりと垂れる。果汁は服に付くと染みになってしまう。これは迷っている場合じゃない。私は遠慮がちに口を開けた。梨に似たみずみずしい食感と味が咥内に広がる。ひ、久々の固形物!余程、美味しそうに食べていたのだろう。アルケーさんは「どうぞ」と続けて口に運んでくれた。アルケーさんは「このまま」と言っていたが、さすがにこんな状態で食事は続けられない。これから神殿に行くアルケーさんが食べられない。
「・・あの、アルケーさん、自分で食べますよ」
「おや?親鳥から雛に餌を与えると言う喜びを奪うんですか?」
アルケーさんが芝居がかった悲しそうな表情をする。分かり切っているのに、一瞬、罪悪感を感じてしまう。騙されちゃいけない。絆されてちゃいけない。呪いの様に何度も心の中で呟く。私が黙り込んでいると、アルケーさんが次のフルーツを口元に寄せた。
「ねぇ、オト、ご存じですか?餌を与えるという行為はそれはそれは尊い行為なんですよ。『食』は命に直結しますからね」
「・・た、確かにそうなんですけど」
そんな事を言われると、口を開けざる得ないじゃないか。運ばれた果物を咀嚼すると瑞々しい果汁が広がる。そんな私の様子にアルケーさんは悲しそうな顔から一転、コテンと首を傾げ可愛らしくお願いして来た。
「ふふ、オトは美味しそうに食べますね。私も空腹なので、宜しければその半分、私に下さいませんか?」
こ、これ?今、これ食べかけだから!半分って無理無理!私はアルケーさんからの提案に驚いて慌てて果物をゴクンッと飲み込む。これでどうだ!無い物はアルケーさんに渡せない。私のアルケーさんはくすくす笑う。
「おやおや、私の分まで飲み込んでしまったのですか?じゃあもう一度。オトは良い子ですから出来るでしょう?」
今度は葡萄(多分)が口元に運ばれた。アルケーさんは諦めてくれないらしい。うぐぐ・・これ、所謂ポッキーゲームのフルーツ版だ・・。ポッキーゲーム状態を回避する為に、葡萄を完全に口の中に入れてしまうと「おやおや、折角の餌が見付からない」とか言われながら、アルケーさんに咥内を蹂躙されかねない。それなら、大人しくアルケーさんの希望を叶えた方が良さそうだ。上手く唇と歯を使って葡萄を挟まないと。意を決して何とか葡萄をくわえる。
「ふふ、上手ですね」
アルケーさんが「では・・」と言い、顔を近づけて来た。今、気が付いたが・・むちゃくちゃエッチなキスをされたらどうしよう。そんなのしてたら葡萄が喉に詰まったりするんじゃない?私の不安の様な期待の様なごちゃ混ぜの感情はまるっと無視して、アルケーさんは少しだけ唇を触れ合わせると、器用に口だけで私の葡萄を奪った。
「半分、の約束でしたけど、難しいですね」
アルケーさんが「はは」と無邪気に笑う。
彼の子どもの様な笑顔に後ろめたい気持ちになる。思いっきり邪な想像をした自分が恥ずかしい。アルケーさんは、そんな私の思いを知ってか知らずか「次はどれにします?」と私の耳元で囁く。私は自分の思いを見透かされない様に、アルケーさんの胸に手を当て押し返す。
「あ、あの、アルケーさん、も、もう良いですか?」
「おやおや、もう降参ですか?」
「あの、アルケーさんが遅刻しちゃうんで・・」
アルケーさんは指を自分の唇に当てて「ふむ」と考え込んだ。いや、考え込んでいる振りをしている。次はどんな事を言われるんだろう。
「・・では、夜なら良いですか?それなら仕事に支障は無いでしょう?」
これって・・婉曲的な夜のお誘いだよね?私、既にかなりの満身創痍な状態ですけど。ぐ・・「無理」と言いたい。けれど、私の言いたい事とは反対に、お腹の奥がきゅうと疼く。身体なのか本心なのか分からないが、私の何処かは「沢山出される」事を確かに喜んでいる。
・・私の身体が・・自分では止められない早さで、どんどんアルケーさんに馴染んで行ってるような気がする。
「・・う、その・・手加減して下さいね」
「えぇ、年甲斐もなく歯止めが利かない、なんて事にならない様に気を付けます」
私の身体を作り変えている(かもしれない)人は、悪戯っぽく笑う。その笑顔に何故か胸がちりっと痛む。
・・困る。本当に困る。アルケーさんとの関係が深まれば深まる程、先代のオオトリとトマリギの話が頭の中でチラつく。
王子、アソオス様はオオトリが消滅した後のトマリギの末路を教えてくれたが・・時折、私の頭の中でチラつくのは、誰も知らない元の世界に戻ったオオトリの末路だ。けれど、私には「オオトリの末路」が分かる様な気がする。
私がアルケーさんの言葉に何も答えないから、心配したのかアルケーさんが顔を近づけて来た。鼻先が触れ合う。
「・・オト、どうしました?何か気に障りましたか?」
「あ、いいえ。ちょっと、その・・考え事してました」
「・・そうですか」
アルケーさんは私が何を「考えていた」のかは聞いて来なかった。彼はそういう人だ。
「・・はぁ、そろそろ時間切れですね」
アルケーさんは溜息を吐きながら、そう言うと隣の椅子をずらして私にそちらに座るよう促した。どうやらそろそろ家を出ないとマズいらしい。っていうかアルケーさんの朝食、少しの果物だけなんですけど。
「あの・・アルケーさん、お腹空いてますよね?」
「ふふ、私なら大丈夫ですよ。オトはゆっくり食べて下さいね。片付けは戻った時に私がやりますから」
「え、自分で出来るので大丈夫ですよ」
「いいえ、雛のお世話は親鳥の務めですから」
此処で押し問答をしても仕方ない。私は「すいません、お願いします」大人しく頷く。後から自分で片付けておこう。
本当に時間切れだったらしくアルケーさんは私が隣に座ると、すぐに私の左の頬にちゅっとキスをした。キスだけして彼にしては珍しく「それでは行って来ます」と急いで出て行った。私も慌てて「行ってらっしゃい」と閉まりかけのドアに向かって声を掛けた。もしアルケーさんが遅刻したらミスティコさんに何か言われるんだろうな。
そんな事を呑気に考えていたが、私はとても非常に大切な事をすっかり忘れていたのだ。
・・昼食の時間、本当にアルケーさんは中抜けして帰って来た。ミスティコさんに何か嫌味を言われていたら、どうフォローしようかと考えていたが無駄に終わった。どうやら仕事には間に合ったらしい。
お昼休憩で時間が無いからか朝食の時の様ないかがわしい行為は一切なく向かい合って普通に食事ととる。
アルケーさんは色々な豆の入ったスープを食べ終えると、私が食べ終えるのを待って口を開いた。
「ねぇ、オト。王子の別宅で何が有ったんですか?」
直球ど真ん中。160キロのストレートだ。食事中だったら動揺してカトラリーを落としていたかもしれない。
「・・え、えっと・・」
思わず言い淀む。すぐに答えられない。身体の中から自分の鼓動がハッキリ聞こえる。アルケーさんの所まで聞こえてしまいそうだ。動揺している私とは反対に、向かい合う彼の瞳は穏やかだ。けれど「正直に言え」という無言の圧を感じる。・・絶対に誤魔化せない。私は覚悟を決める。手元のナプキンをぎゅっと握りしめる。
「えっと・・ですね、その・・ご存じの通り・・王子の所で、服は、その・・脱ぎました」
「全部?下着も?」
「う、はい。全部・・です」
「・・そうですか。服を脱いで、裸の男女がおしゃべりだけ、なんて事は無いですよね?」
「ぐ・・そう、ですね。アルケーさんの仰る通りです」
アルケーさんは銀色の髪を掻き上げて、はぁと溜息を吐く。具体的に何処までやったか聞かれたらどうしよう。
「まぁ、良いでしょう。中に出されていない事は昨日、私自身で確認した訳ですし」
何で普通に涼しい顔で、そんなエッチな事が言えるんだろうか?目の前のアルケーさんはミスティコさんと話す時と同じ感じなのに。私は昨日、ソファでやられた事を思い出して動揺しまくって熱い頬を両手で押さえた。
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