名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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可愛らしく啼くんですよ

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「・・」

人の声が聞こえて、目を覚ました。はっとして隣を見るとアルケーさんは居なかった。やってしまった。これは絶対に寝過ごした。アルケーさんが居た所を確かめると少しだけ温かさが残っていた。

「・・」

また微かに声が聞こえる。カーテンから漏れる光の眩しさに段々頭がはっきりして来る。
えっと、昨日、王子の所から帰って来て、寝室で一回。その後、そのまま眠ってしまって気が付いたら夜中だった。隣で手ぐすね引いて待っていたアルケーさんに迫られて、もう一回。「綺麗にしましょうね」とお風呂に連れて行かれて、成り行きでもう一回。ベッドに戻ったら、空が白み始めていたと記憶している。
はっきりとは分からないが多分、リビングでアルケーさんとミスティコさんが何か話し合っているのだ。一瞬、二人に朝の挨拶しに行こうかと思ったが、考え直す。下半身に違和感が有る。こんな疲労困憊な状態でミスティコさんの前に出られる訳ない。私の雰囲気、見た目どちらにも、ありありと「昨日の痕跡」が残っている。

「・・仕方無い。もう一度寝よう」

完全に開き直りベッドにごろんと転がって、ある事に気が付く。や、やばいッ!と慌てて体を起こす。

「わ、私、王子との事、アルケーさんに言ってないッ!」

その事に気が付いて血の気が引く。帰って来てから言うタイミングが全く無かった。アルケーさんとミスティコさんがリビングで何か話し合っているが、私が告げるより前に王子の家に泊まりに行く件をミスティコさんが話してしまったらどうしよう。私が言った方が良い、と自分で言っときながら無責任な事をしてしまった。
こうなって来ると、二度寝をしている場合では無い。私は簡素なワンピースのまま、よたよたとベッドから降りリビングへ続くドアの前に息を潜め張り付いた。良い趣味とは言えないが、リビングでの会話に耳を澄ませる。さっきより鮮明に二人の会話が聞こえて来た。

「アルケー、今日の予定は?」
「どうぞご安心を。休みを取ったりはしませんので」
「・・オトの世話が有るんじゃないのか?・・動けないんだろう?」

ミスティコさんの「動けないんだろう?」という言葉に恥ずかしさの余り、ひゅっと息を呑む。
私、本当にミスティコさんには色んな場面で「気付かない振り」をして貰っている。ミスティコさんの気遣いに感謝すると同時に、申し訳無くなって来た。

「ご心配いただかなくても大丈夫ですよ。時間を作って、なるべくこちらに戻って来ますので」
「おい、合間合間で上司が家に戻ったら、見習い達が困るだろう」
「北の見習い達なら、大丈夫だと思います。お気遣いいただきありがとうございます」

声を荒げるとかそんなのは一切無いが段々、険悪な雰囲気になっている。
「私は動けるので大丈夫です。二人ともご心配なく!」と明るくリビングへ出て行けたら良いが、勿論、私にはそんな勇気は無い。ハラハラしながら扉の向こうの展開を見守る(聞き守る?)

「・・前にも注意したと思うが、余り無理をさせる事の無い様に。お前はオオトリ様の恋人でも夫でも無い」

一瞬、息が止まる。雰囲気を悪くする決定的な一言だ。扉一枚隔ててはいるが、向こうの様子が手に取るように分かる。私は緊張感で自分の服を掴む。辺りが水を打った様に静かになる。その静寂を破ったのはアルケーさんの「フッ」という笑い声だった。

「・・ふふ、ご忠告ありがとうございます。確かに東の副司祭の仰る通りです。私も細心の注意を払って気を付けているのですが、オトに可愛らしく強請られると、年甲斐もなく歯止めが利かなくなってしまうのです。えぇ、オトは・・ふふ、それはそれは可愛らしく啼くんですよ」

恐らくミスティコさんだと思うが、ガチャンと食器がぶつかり合う耳障りな音が聞こえた。私はその場にうずくまり頭を抱える。
アルケーさんは、何て事をミスティコさんにさらりと暴露しているんだ!絶対に間違いなくアルケーさんは満面の笑顔で嬉しそうに話しているに違いない。今すぐ、ドアを力任せに開け「ストップ!!そこまで!!」とアルケーさんの口を押さえつけてしまいたい。もう此処まで雰囲気が最悪になっているのなら、出て行っても保留を選択しても変わらない気がして来た。私は頭を抱えたまま、どうしたら良いのか考える。

「・・お前、本当に性格がひん曲がってるな。オトはお前の何処が良くて『トマリギ』にしたのか全く分からん」
「そうですね。私は非常にひねくれているのかもしれません。ですが、私の良さは・・オトが知っていれば十分です。オトが私を『トマリギ』に選んでくれた、その事実だけで私は幸せです」
「随分、殊勝な事を言うじゃないか」

ミスティコさんが鼻で嗤う。
どちらが口を開くか分からないが、次の言葉を息を詰めて待つ。このままやり合いが続いたらどうしよう。リビングに乗り込む覚悟を決めた方が良いかもしれない。

「・・俺は先に神殿へ行くが、お前は?」
「私は朝食を準備してから行きます。オトは今日一日動けないでしょうから」

此処で切り上げると思っていたのに。何で、何で蒸し返すかなぁ。後半は本当に余計な一言だ。ミスティコさんが何時もより低い声で「あぁ」と呟く。

「・・お前に伝え忘れていた」

ミスティコさんの一言にさぁっと青ざめる。あんまりアルケーさんが煽るから、私が王子の所に泊りに行く事をこの場で話してしまうんだろうか?

「ガラノース家の三男、問題の多いトマリギ候補が言ってたぞ。『今の内だ』って」
「『今の内』・・ふむ、含みが多過ぎて解釈に迷いますね」
「どの口が言うんだか。お前と気が合いそうなトマリギ候補じゃないか。北の副司祭なら寸分違わず意を汲み取れると思うが」

気が合いそう、ミスティコさんの言葉を反芻する。エナさんとアルケーさん、共通点が有るとしたら「本心」が何処に有るのか分かりづらい、という点だ。アルケーさんはエナさんが「鉄仮面」と表現する様に、表情を余り崩さないから感情が読めない。エナさんは百面相の様にコロコロ表情が変わるが、それが本当に感情の発露なのか分からない。

「ふふ、確かにミスティコとエナ様の相性は良くないでしょうね。さぁさぁ、今日のオトは貴方と会いたくないと思いますよ。さっさっと仕事に行って下さい」

あ、会いたくない訳じゃなくて、気まずいだけなのに!これだけアルケーさんが追い出そうとしているから、今日は無理だと思うが、次にミスティコさんに会った時にはフォローしなければ。
ガタッと椅子を引く音が聞こえた。恐らくミスティコさんは神殿に行くんだろう。

「・・邪魔したな。重ねて言うが、オオトリ様には無理をさせるな」
「ふふ、何度もご忠告ありがとうございます。えぇ、外ならぬ『トマリギの選定』を任されている東の副司祭の頼みですからね。配慮致します」

う、全く感情のこもっていない。配慮すると言っているが絶対に嘘だ。いや、配慮はしてくれると思う。けど、ミスティコさんに言われたから、ではないだろう。
長い溜息の後、ドアが開く音と大きなバタンというが聞こえた。その音に慌てる。あ、もしかしたらアルケーさんが私を起こしに来るかもしれない。こんな所で頭を抱えていたら盗み聞きしてた事がバレる。べ、ベッドに戻らないと!私は急いでベッドに潜り込んだ。

「・・オト、起きてますか?」

寝室のドアがノックされる。普段の私なら、これ位では起きたりしない。狸寝入り一択だ。
ドアが開く音がしたので、ベッドの中でじっと息を潜める。不自然な呼吸になってないと良いんだけど。私の隣が沈み込む。アルケーさんがベッドに腰掛けたんだ。

「・・オト、体調は?辛い所は有りませんか?」

アルケーさんは、私が起きている時と同じ感じで話し掛けて来る。これって起きてるってバレてる?でも完全に掛布を被ってるし、そんなに簡単に分かる訳無い。正直に起きるべきか、それともこのまま寝た振りを続けるべきか。私が逡巡していると、アルケーさんのふふっと楽しそうに笑う声が聞こえた。

「・・ねぇオト、正直に話さないとどうなるか、昨日、しっかりと貴女の身体に教えて差し上げた筈ですが」

ま、まずい!!昨日のソファでひん剥かれた件が脳裏に蘇る。
アルケーさんは私の事は何でも見透かしてしまう。保留は良くない、とあの時、身をもって知った筈なのに!

「す、す、すいません!!起きてました!」
「おや、謝る事は無いですよ。オト、おはようございます」

私が掛布からガバッと顔を出すと、隣に座って私を見下ろすアルケーさんと視線がぶつかった。私の慌て振りとは対照的に余裕たっぷりの笑顔だ。私は笑顔の圧に押されながら「おはようございます」と小声で答える。アルケーさんは表情を崩さず、私の額に掛かる髪をそっと指で払う。

「さて、時間が有りませんので、手短に済ませましょうか」
「・・う、えっと・・何でしょう?」

頭の中で危険信号がチカチカしている。私は何となく落ち着かなくて掛布を目元の辺りまで上げる。

「オトの可愛らしい姿にうやむやになってましたが、昨日、王子の別宅で何が有ったのか。後は、私と東との会話と盗み聞きしていた理由。どちらからでも構いませんので、どうぞ」

琥珀色の目が細められる。・・あ、これは昼までコースかもしれない。

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