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俺が『トマリギ』になっても良い
しおりを挟むミスティコさんに強く腕を引っ張られ、引き摺られるようにして迎えに来ていた馬車に押し込まれた。お、王子に挨拶してない!その事が頭をよぎるが、私の腕を掴むミスティコさんの力が強くて言い出せない。
来る時にはミスティコさんのローブを借りて髪を隠していたが、帰りは家の前に馬車が来ていたからか、隠さず普段通りだった。家の前まで迎えが来ていたとはいえ、人の往来の多い場所に有る家なので、行き交う人たちの視線が気になった。
馬車の窓から王子たちの様子を確認すると、エナさんとエリヤさんは手を振って見送ってくれたが王子は居なかった。
あー、これは、次に会う時にはフォローした方が良いかもしれない。私が溜息を吐くと、向かい合うミスティコさんが口を開いた。
「オト、1週間後、本当に宜しいんですか?」
やはり、その話題から詰められる。予想通りと言うか何と言うか。
「う、えっと・・大丈夫です。無理やりとかじゃないんです。勝手に決めてすいません」
私は頭を下げる。
「いえ、トマリギや候補の方々との交流は、オオトリ様が自由にされるのがあるべき形です。ご自分でお決めになられたのなら大変結構。謝る必要はありません」
ミスティコさんの事務的な口調に思わず怯んでしまう。ちらっと表情を伺うと、感情をストンと落とした表情だ。普段のミスティコさんは眉間に皺を寄せている事が多い。それも無い。今の彼は無表情だ。その事がとんでもなく私を不安にさせる。
「・・それ、なら、その、良かったです」
落ち着かなさの所為か、言葉が途切れがちになる。ミスティコさんが少しだけ身体を乗り出す。
「では、オオトリ様、その、王子を、正式な・・『トマリギ』にする手続きに入っても宜しいですか?」
「あ、あの、そういうのって何か手続きが必要なんですか?」
「正式な手続き」?アルケーさんの時は、特に何か言われた記憶は無い。
「北のは、神官ですし後ろ盾も無いので、特に煩雑な手続きは無かったんですが、王子は王位継承順位の関係も有りますし、手続きも発表も必要です」
「は?え?ミスティコさん、今『発表』って言いました?」
「えぇ、言いました。時期を見て、オオトリ様が顕現した事と王子と神官がトマリギになった事、明らかにしましょう」
ミスティコさんは淀み無くすらすら説明してくれたが、私は話の途中から身体を折って頭を抱えた。発表?明らかにする?
「あの、ミスティコさん・・それ、絶対しなきゃダメな事なんですか?」
「王子をトマリギにするなら、発表しない、という選択肢はございません」
『王子をトマリギにするなら、発表しない、という選択肢は有りません』その言葉がずしんとした重みを持つ。相手が王族の末っ子である、アソオス様だから発表しなければならない、と言う事か。私が頭を抱えたまま「そうなんですね、あぁ」と呻いていると、ミスティコさんが先程より柔らかい口調で、私に一つ提案して来た。
「・・オト、どうしますか?広く自分の事が知れ渡るのが嫌なら、王子をこのまま『トマリギ候補』に留めておくのも、一つの手です」
彼の言葉に顔を上げる。
自覚は全く無いが、オオトリは「吉祥の象徴」と言われている。このバシレイアーに居るのは数年~10年程度。その間、好奇の目に晒される生活はハッキリ言って嫌だ。あまり大事にしたくない。ミスティコさんからの提案にぐらりと心が揺れる。
「『トマリギ候補』のままって・・その、オオトリとトマリギが親密な関係になっても、正式なトマリギにならずに候補のままって許されるって言うか、良いんですか?」
私がそう質問すると、ミスティコさんの眼鏡の奥の目がすぅっと満足げに細められた。
「えぇ、今までそんな事、そう・・それは沢山有りましたよ。その点はご安心を」
「じゃあ、トマリギとトマリギ候補の差って、関係うんぬんより、オオトリ自身がその人を『トマリギ』として認めるかどうか、だけなんですか?」
ミスティコさんはふっと薄く笑うと、腕組みをして少し考え込む。
「・・仰る通りです。そういう解釈で間違っていないと思います。まぁ、トマリギは『オオトリが羽を休める場所』なんですから、本来の意味から考えれば肉体関係なんてオマケみたいなものでしょう」
「・・オマケ、みたいなものですか・・」
ミスティコさんの言う通りなのかもしれないけど・・。ミスティコさんの「オマケ」という表現に何となく違和感を覚え、その後は口を噤む。居心地の悪い沈黙が狭い空間に溜まる。馬車が立てるガタゴトという音だけが響く。
「・・オマケ、は言い過ぎましたかね」
ミスティコさんは後ろに背を預けると大きな溜息を吐いた。
「王子と親密な関係になるから、責任を感じて王子を「トマリギ」にしなければ、とお考えならその必要は無い、と言いたかっただけです」
「・・お気遣い、ありがとう、ございます」
私はようやく聞こえる位の声でお礼を言う。
「・・まぁ蛇足にはなるんですが、全く身体の関係の持たないオオトリとトマリギも居たそうですよ」
何となくミスティコさんの言葉に答えられない。気まずさから窓の外に目を遣る。ミスティコさんの表情は見えないが、少しだけ冷たい空気が流れて来た気がする。
「・・そういった前例を踏まえると、王子やエナ様じゃなく、俺が『トマリギ』になっても良い、と言う事です」
一瞬、聞き間違いかと思った。けれど、はっきりとミスティコさんは「俺が『トマリギ』になっても良い」と言った。私はミスティコさんの真意が分からず、まじまじと向かい合う彼を見詰める。どうして、何で、そんな事を言ったんだろう?ミスティコさんも無言だ。私が何か返すのを待っているのかもしれない。でも、何て言えば良いんだろう?何を言っても、ミスティコさんを傷付けてしまいそう気がして、言葉が出て来ない。
「・・どうです?」
私のもつれる考えに追い打ちを掛ける様にミスティコさんが、短い言葉で私に返事を促す。
待って、待って。何も思い付かない。私はいたたまれなくなって視線を落とした。ミントグリーンのスカートが目に入る。
口の中がカラカラだ。身体の中から自分の鼓動が聞こえる。それ位、緊張している。私が何か答えれば、ミスティコさんとの関係が変わってしまう。それは確信に近い。此処が逃げ場の無い馬車の中でなくて、普通の部屋だったら間違いなく「お手洗い!」と適当な事を言って逃げていただろう。落ち着け、落ち着け。私は手に力を込める。すると、私の握りしめた手に冷たい指先が触れた。
「・・そろそろ着きますよ」
ミスティコさんの言葉に、ハッとして顔を上げ窓の外を見ると確かに神殿の近くだった。この辺り、見覚えがある。そうか、街中から神殿って思っていたより早く着くんだった。
・・た、助かった。安堵の溜息を漏らす。途端、物凄い自己嫌悪に襲われる。私、この場から逃げる事しか考えてなかった・・。
私に触れていた手がふっと離れる。
「時間切れですね。俺は、今日は一緒には帰りません。夕食は北のとどうぞ」
「・・あの、ミスティコさん怒ってます?」
私は思わずミスティコさんの腕をがしりと掴む。本当はもっとオブラートに包んだ言い方が有ったと思うが、考えている内に今度は私の方が「時間切れ」になりそうな気がした。ミスティコさんが苦笑いする。
「随分とはっきり聞きますね」
「す、すいません。言い方・・もう少し考えれば良かったですね」
「・・怒ってないですよ。自分に嫌気に差してるだけです」
その時、馬車が大きく揺れて停まった。どうやら神殿から近い場所に着いたらしい。
二人で並んで、神殿への道と居住区への道の分かれ道まで歩く。人影はまばらだ。夕方が近い所為か少し風が強い。ミスティコさんが口を開く。
「・・一週間後の事、北のには俺から伝えましょうか?」
「えっと、私から言います。それは・・東の副司祭様に頼っちゃ駄目だと思うので」
「・・そうですか。貴女が決めた事なら、俺はそれに従うだけです」
ミスティコさんは私と目が合うとそう言い微笑んだ。ぎゅうと胸の辺りが苦しくなる。何か言わなきゃ。
「あの・・いつ、うちに帰って来ます?」
私の言葉にミスティコさんが少し息を呑む。彼の困惑した表情にこちらが驚く。そんなに意外な質問だったんだろうか?
「えっと、ですね。北の副司祭様と二人で夕食を食べるのも良い、んですけど、三人で食べる方が賑やかで楽しい、かなって・・はは」
慌てている所為か何時もより早口になる。焦っている私をまじまじと見詰め、ミスティコさんはふっと緩んだ笑顔を浮かべた。
「・・今日は無理ですが、明日には帰ります」
その言葉と声を聞いてホッとする。何時ものミスティコさんだ・・。私は「はい」と頷いた。
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