名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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全部、俺の所為だ

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「あの、エリヤさん、さっきの話の続きなんですけど・・」

私がそう切り出すと、エリヤさんは、待ってましたとばかりに私の方へ椅子ごと身体を寄せた。一言も聞き漏らすまい、という意思の表れの様だ。

「好きな物や苦手な物、思い付きました?」
「えっと、好きな物って言うか、お城でいただいたタルトが凄く美味しかったです。後は、今日の昼食も美味しかったです」

エリヤさんとフォスさんが一緒に頷く。

「苦手な物は、今のところ特に無いです。神殿のシンプルな味付けも好きですし、お城でいただいたスパイスの効いた食事も美味しかったです」
「成程。苦手な物が無いのは良い事です!泊まりに来られる日の夕食はお祝いのコースにしちゃいましょう!えぇ、坊ちゃんのお祝いですものね!フォス様、お城の料理人、ちょっとお借り出来ないかしら?ほんのちょっとで良いんですけど」

エリヤさんは前のめり気味でフォスさんにお願いしている。
え、お、お祝いのコース?美味しい料理は嬉しいが泊まるだけだし、さすがにちょっと大げさと言うか大事と言うか。私が余程、どうしようと焦っている雰囲気を出していたんだろう。フォスさんが盛り上がるエリヤさんに「まぁまぁ」と声を掛ける。

「・・エリヤさん。あんまり派手にすると・・殿下は全然構わないと思うんですが・・その、オオトリ様は困られるのでは?」

エリヤさんに歓迎されている事は嬉しいが、ヒートアップし過ぎかもしれない。一旦、落ち着いて貰わないと。

「あはは、そ、そうですね。美味しい食事は嬉しいんですが・・その、何と言うか・・あまり仰々しいのは、ちょっと恥ずかしいかも、しれません」

場の雰囲気が悪くならない様に努めて明るく言うと、エリヤさんが「あらやだ!」と申し訳無さそうな声を上げた。

「私ったら!坊ちゃんのお祝いだから、ついつい一人で興奮してしまって。オト様、ごめんなさいね。そうよね、そうよね。お祝いのコースはまた違う機会にしましょうね」
「エリヤさん、その時は宜しくお願いします」
「はは、『その時』が来れば、お城の料理人を何人だってご用意しますよ。エリヤさん、どうぞ落ち着いて『その時』をお待ち下さい」

フォスさんは言い終えると、私とエリヤさんに人当たりの良さそうな笑顔を向けた。

「あら、私は坊ちゃんは勿論ですけど、フォス様も適齢期ですし、フォス様の『その時』も私、心待ちにしておりましてよ」

エリヤさんが悪戯っぽく言うと、フォスさんは一瞬、困った顔になったが「これは、一本取られましたね」と肩を竦めた。その様子が、普段の落ち着いた雰囲気の彼とは違って少年の様に見えた。エリヤさんと顔を見合わせて笑うと、フォスさんも私たちにつられて笑顔になった。
三人で和やかな雰囲気になっていると、キッチンの入り口をコツコツと叩く音が聞こえた。そちらに視線を向けると、物凄い不機嫌そうな王子が入り口に寄りかかっていた。

「おい、そこの三人。仲が良いのは大変、大いに結構。だだいつまでこの俺に、あの気難しい親鳥の世話をさせる気だ」
「これは、殿下。申し訳ございません」
「あ、す、すいません!」
「あら、坊ちゃん。すいません、おしゃべりが楽しくってついついオト様をお引止めしてしまって」

慌てて椅子から立ち上がるが、三人同時だったのと狭い場所だったのでもたついてしまう。それがまた可笑しくて三人で、こっそり笑い合う。王子は不貞腐れたのか「おい、オオトリ」と荒っぽく私に声を掛けた。

「これから先、幾らでもエリヤとの時間を取ってやるから、今は俺の相手をしろ」

・・う、王子はやっぱり『俺様気質』だ。

王子に呼び戻されて、食卓に戻ると置物みたいに微動だにしない無言のミスティコさんといつの間にか戻って来ていたエナさんが居た。私が席に着くと、エナさんが自分の頬を抑えながら聞いて来た。

「ねぇねぇ、オトちゃんはしっとり系、それともさっぱり系、どっちが好み?」
「あの、エナさん、何の話でしょう?」
「えー、基礎化粧品に決まってるよぉ。オトちゃんの言う所の『うち』で使ってるのと一緒の物を揃えても良いけどさぁ、それだと、うちのハルくんがご不満らしいんだよねぇ」

そう言えば、さっきエリヤさんが「入浴の際に使う物」と言っていたが、その事か。私が納得しているとエナさんが思わせ振りな笑みを浮かべる。

「オトちゃんが此処から『うち』に帰った時に、羽から違う香りがしたら、さすがの北の副司祭様も嫉妬しちゃうんじゃない?見てみたいなぁ。あの鉄仮面の歪む所」

戻って来て早々、アルケーさんの事を持ち出すとは。何と答えて良いか分からず黙り込んでしまう。エナさんの言葉の所為で、不穏な空気が漂うが、王子の傍に控えていたフォスさんが「エナ様」と低く落ち着いた声で呼び掛けた。

「この場にいらっしゃらない方の気持ちをあれこれ邪推するのは、いかがなものかと存じます」
「あは♡それが楽しいんじゃん。フォスっちは、ホーント良い子ちゃんだよねぇ♡」
「ありがとうございます。お褒めの言葉、大変光栄でございます」

フォスさんがスマートにお辞儀をすると、エナさんは「もうもう!これだからフォスっちとは相性最悪なんだよ」と文句を言い、ぷいっと横を向いて頬を膨らませた。どうやら、エナさんの言う「相性最悪」は、好き嫌いではなく「自分の攻撃が無効化される」という意味らしい。

「すいません、オオトリ様。お話の途中でしたよね。私はそういった事に疎いのですが・・私の方からエリヤさんには伝えておきます」
「えっと、じゃあ、しっとり系って伝えて下さい。宜しくお願いします」
「はい、かしこまりました」

フォスさんが左手を胸元に当て礼儀正しくお辞儀をする。不満気なエナさんは横を向いたまま王子に話し掛けた。

「ねぇ、ハルくん。言っとくけど、フォスっちみたいなタイプが一番危険だからね!最後、美味しい所だけ持って行くタイプだからね!」

私はエナさんの言葉を聞きながら、こそっとフォスさんの方を見遣る。人当たりが良く、王子からの信頼も厚い。もしかしたら、フォスさんはアルケーさんに似たタイプなのかもしれない。

それから、少しして私とミスティコさんはお暇する事になった。玄関の手前でもまだ王子は「来たばかりなのに」と不満たらたらだったが、ミスティコさんが「王子がトマリギになる手続きの雑務が残っている」と告げた途端、ぴたりと文句を止めた。その変わり身に、王子の隣で思わず笑みを漏らしてしまう。すると、目敏く気付いた王子に問い詰められた。

「おい、オオトリ。誰の所為で、面倒くさい親鳥の言う事を聞く羽目になってるんだ?俺か?お前か?」
「う・・だ、誰の所為でしょう・・はは」

誰の所為も何も、トマリギになりたがっている王子がミスティコさんの言う事を聞いているんだから、自分の所為なのでは?と思うが、勿論そんな事は言えない。隣で愛想笑いをして誤魔化す。すると右手をぐいっと引かれて、そのまま王子に覆い被さる様に抱き締められた。

「・・分かっている。全部、俺の所為だ。余裕の無い俺の所為だ」

王子の切なげな声に、胸の辺りにチリッとした痛みが走る。
ミスティコさんも、他の皆さんも居る。迷ったが、王子の背中に腕を回した。王子の腕の中だから、周りの皆さんの視線とか表情とか見えなくて助かった・・かもしれない。そう思いながら王子の背中をそっと撫でていると、彼の身体が少しだけ離れた。お別れの挨拶が済んだのかな、と油断していたら両頬に手を添えられ、綺麗な緑の瞳が近付いて来た。気が付いた時には、唇が触れ合っていた。触れ合うというより、押し付けられていた、という方が近いかもしれない。彼の薔薇の香りが一層強くなる。背後から、エナさんの「ハルくん、やるぅ♡」と冷やかす声が聞こえて来た。
こっちの世界に来てから何度もキスはして来たが、人様の前でするのは初めてかもしれない。恥ずかしくて、顔に熱が集まるのが分かった。周りの様子が見えない様に、現実逃避をするみたいに目を固く閉じる。肩を掴んだりして抵抗しようかと思ったが、王子が零した切なげな声が頭の中で響いて抵抗を躊躇ってしまう。
王子は「はぁ」と苦し気な息を吐いて私から離れた。私は魔力の香りに弱いから、唇も呼吸も奪われたままだったら酔っていたかもしれない。私が自分の胸元を抑え呼吸を整えていると王子の満足気な声が聞こえた。

「一週間後だが、いつ来ても良い様にしておく。遠慮はするな」

私が答えるより前に、王子と私の間にミスティコさんが身体を入れた。ミスティコさんって、王子に対しては嫌味を言う事の方が多いのに、こういうあからさまな行動に出るんだ、と意外に思っていると私の代わりにミスティコさんが答えた。

「トマリギ候補様、お気遣いありがとうございます。オオトリ様に代わって御礼を申し上げます」

ミスティコさんの背中が目の前だから、皆さんの表情は見えない。けど、その場が王子の怒気で凍った事だけは分かった。そんな状況なのに、エナさんの声はどこまでも軽やかだ。

「東の副司祭様、やるぅ♡」
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