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渡り鳥も毎年巣を変えると聞く
しおりを挟むベッド周りに落ちていた服を手に取って気が付いた。皺だらけになっている。何と言うか情事の名残っぽいな、と思う。これは下着も服もお借りしなければならない。私が着替えずに黙って自分の服をまじまじと見ているので、王子が不審がって私の手元を覗き込んだ。そこで、彼も事態を理解したらしい。王子は「ちょっと待ってろ」と言い、隣の部屋、つまり私の寝室(予定)から似たテイストのブラウスとスカートを手に戻って来た。
「すいません。ありがとうございます。あの、助かりました」
「・・まぁ、俺の所為だからな」
「・・アソオス様だけの所為じゃないですよ」
私の言葉が意外だったのか、王子は少し吃驚した表情を浮かべ「じゃあ、俺達は共犯だな」と言い笑い合う。自分の行動が軽率だったかな、と後ろめたく思っていたが、こうやって王子と感情を共有すると、どの選択肢を選んだとしても結果は同じだっただろうと思う。
借りた服に袖を通しながら思いを巡らす。似た感じの服とは言え着替えた事はバレてしまうだろう。服が違う、という事は着替える様な事をしたという決定的な証拠だ。ミスティコさんもエナさんも大人だから敢えて指摘したりはしないと思う・・と言うか指摘しないと信じたい。されたら恥ずかしさで悶絶する。当分立ち直れない。
手櫛で自分の髪を整えようとして、指にもつれた部分が引っ掛かる。アルケーさんが朝、綺麗にしてくれていた髪が崩れてしまっている。あれだけベッドの上でジタバタしてたら、そりゃそうなるわ。私はクローゼットの近くに有る大きな鏡で確認する。私のそんな様子を眺めていた王子は私の傍までやって来るとふわっと私を抱き締め、私の髪にゆっくりと指を通し、絡まった部分を解いてくれた。
「・・俺が元通りに出来たら良いが無理だな。エリヤならきちんと直してやれると思うが、どうする?」
王子からの提案に「お願いします」と言い掛けるが考え直す。朝出掛けた時とは違う服で帰って来たら「何か」有ったのは、アルケーさんに気付かれてしまう。多分、服装や髪形が朝と同じだったとしても、私の様子や雰囲気で何もかも勘付く人なのだ、アルケーさんは。
「お気遣いありがとうございます。・・でも、大丈夫です」
「・・そうか」
王子は一言だけ言うと、ベッド横のサイドテーブルからブラシを取り出し渡してくれた。王子も鏡の前でシャツを整えた。二人で並んで身支度を整えていると、隣から視線を感じ「どうしました?」と王子に尋ねる。王子は私の上から下までまじまじと見詰め、遠慮がちに口を開く。
「その、今更こんな事言うのは変かもしれないが、身体は、平気か?何処か・・痛かったりとか、違和感は無いか?」
身体は痛くない。ただ、王子の言う通り違和感は有る。お腹の下辺りと花芽が緩く痺れている感じが残っている。一回、イッてしまった所為だろう。私は自分のお腹辺りを一撫でして答える。
「ご心配ありがとうございます。えっと、あはは・・一応、大丈夫です」
「そうか」
王子は私の額にちゅっと音を立ててキスをした。視線を上げ、彼と目が合うと王子は改まって一つ咳払いをした。
「・・一週間後、朝まで俺と居るんだな」
「泊まるんですから、朝まで一緒に居ますよ」
「言ったからな。後からさっきみたいに『言っちゃった』とか言うなよ」
言っちゃった、と私が口を滑らせた事を気にしているんだ。私は何か答える代わりに、目の前に居る二本目のトマリギになる彼にぎゅうっと抱き着いた。
私たちが一階の応接間に降りると、エナさんたちも帰って来た。フォスさんはもう少し街の中を見て回るらしい。エリヤさんが「お帰りなさい」と明るく皆を迎え、そのまま昼食を取る事にした。
エナさんもミスティコさんも、私の服装に関しては何も言わなかった。ただ、ミスティコさんの眉間の皺は明らかに深くなった。絶対にバレている・・。
エリヤさんが作ってくれたのはパスタだったが、神殿では出て来ないミートソースのパスタで、非常に美味しかった(若干、気まずかったけど)アルケーさんにも食べさせてあげたいし、エリヤさんに作り方を教えて貰おう。王子とエナさんは深紅のワイン(多分)を傾けて談笑しているが、私の向かいに座るミスティコさんはにこりともせず無言でパスタを口に運んでいる。
「ねぇねぇ、ハルくーん、近くにさ、カフェが出来るんだってー。オープンしたら絶対に行こうよぉ」
「わざわざ外に出なくても、俺にとってはエリヤが淹れる茶が一番美味い」
「そういう所!オトちゃんの為にもさぁ、街の流行りには詳しくなっといた方が良いんじゃない?折角、鳥籠から自由にしてあげても、此処が鳥籠になっちゃ意味無いじゃん!」
「・・考えておく」
「だってぇ♡オトちゃん、楽しみだねぇ♡」
私の事を思って風に言っているが、エナさん、私をダシにして新しくオープンしたお店に行ってみたいだけなのでは?私は愛想笑いでエナさんに応える。
斜め向かいのエナさんはグラス越しに、にやにやしながら「ねぇ、オトちゃん♡」と話し掛けて来た。この甘える様な言い方、嫌な予感しかしない。私は身構えつつ「はい、まだ何か?」と答える。
「ねぇねぇ、二階の寝室どうだった?お城よりずっと狭いんだけど、内装にはこだわったんだよぉ♡」
「寝室」というキーワードに心臓がどきりとする。平静を装いながら感想を口にする。落ち着け、落ち着け、自分。
「えっと・・うちとは違った、感じで、こちらも・・その、素敵でした・・」
私がそう言うと、ミスティコさんがすっと食事の手を止めた。エナさんの口角もにやりと嫌な感じで上がった。二人の様子で気付く。しまった。答えを間違えたのかもしれない。
「んふ♡『うち』って神殿の事だよね?北の副司祭と住んでる所♡あ、東の副司祭も同居してるんだっけ?ま、どっちでも良いや。とにかくオトちゃんにとっては、やっぱり向こうが『巣』なんだぁ。へぇぇ」
エナさんは頬杖をついて笑みを浮かべ、グラスのワインをぐいっと飲み干す。ミスティコさんが咎める様な大きな咳払いをし、エナさんが肩を竦める。
何か言うべき?でも、さっきみたいに下手な事を言ったら、またエナさんに揚げ足を取られる。私が黙っていると、隣の王子が緊張で固まってしまった私の右手に自分の手をそっと重ねた。
「・・何処が巣でも家でも良いだろう。渡り鳥も毎年巣を変えると聞く」
「・・そうですね、王子の仰る通り。大切なのは、トマリギがオオトリ様が安心して休める場所である事。そうでしょう?トマリギ候補のエナ様?」
ミスティコさんが隣のエナさんに満面の笑みで笑い掛ける。ぞくぞくする様な圧だが、エナさんには効かないらしい。エナさんがぷぅと頬を膨らませる。
「もうッ!二対一ってズルくない?」
女性の格好をしているから、隣の彼氏と喧嘩して不貞腐れているあざとい彼女みたいだ。エナさんのおどけた仕草に食卓の緊張がふっと解れる。
「・・オオトリは近い内に、こちらにも頻繁に通う事になるだろう。お前の心配は無用だ」
「えーーッ!それって、正式にハルくんが『トマリギ』になるっていう事?本当にぃ?いつの間にそんなに進んじゃったの!」
エナさんが芝居がかった声を上げ、隣の王子と私を交互に見詰める。
「さぁ、いつだろうな?取り敢えずは、一週間後、こちらで夜を過ごす」
「やだぁ♡お泊りするの?オトちゃん、僕、邪魔にならない様にするねぇ♡んふ♡」
エナさんがきゃっきゃっと盛り上がっている横でミスティコさんが眉間に皺を寄せている。端正な顔が歪んでいる。「何で勝手に決めたんだ」と思っているんだろう。一週間後に泊りになった経緯をどう説明しようかと焦って考えを巡らせていると、ミスティコさんが何時もより低い声で王子に尋ねる。
「・・こちらで夜を過ごされる予定が有るとは。それはそれは。えぇ、大変良い事です。ですが、それはオトも同意されているのでしょうか?」
「あぁ、勿論。俺のオオトリに無理強いはしない」
隣の王子が私の方へ顔を向け「だろ?」と言った感じで私の顔を覗き込む。気が付くと、重ねただけだった手が恋人繋ぎになっている!い、いつの間に!凄いテクニックなんですけど!って、そんな事を言っている場合では無い。
「親鳥が心配をしている。オオトリ、自分の口から説明するか?それとも俺が、二人が居ない間にどういう経緯で泊まる事になったか説明してやろうか?」
『二人が居ない間にどういう経緯で泊まる事になったか説明してやろうか?』こ、こんなの完全に脅し文句じゃないか。手の平がじとりとして来た。
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