名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

文字の大きさ
上 下
92 / 126

閉じ込めたがる訳だ

しおりを挟む
王子が戸惑いながら尋ねる。言い方はオブラートに包んでるけど、聞いている事は・・そのままの「朝まで一緒」という意味じゃないよね?それって・・セックス・・の事だよね?多分。王子が言いにくそうにしたと言う事は、そういう意味だよね。

「えっと・・思って、ますよ。今日は無理ですけど」

私が言葉を選びながら言うと、王子は何も言わずうちの寝室より一回りは大きいベッドにゆっくり腰掛けた。私も何となく隣に腰掛ける。ふわりと王子の薔薇の香りが漂う。
王子は無言のままだ。隣の彼は何を考えているんだろう?
私は自分の言葉を反芻する。「思ってますよ」と言いつつ「今日は無理」。正直な気持ちでは有るが、いい加減で無責任だな、と自分でも思う。王子は先代のトマリギが親族だったから、私との時間に限りが有る事をきっとアルケーさんより分かっていて焦っている筈だ。何と言えば、彼の不安を取り除けるんだろうか?私と王子の間に気まずい沈黙が流れる。

「えーっと・・あ、あのッ!泊まりに来ます。えっと、いッ、一週間後!」

落ち着かない静けさの中、どんな声掛けが正解か考えていて、自分でも吃驚する言葉が出た。具体的に言った方が良いのかな、とは思ったが「一週間後」という日にちが、頭で考えるより先に口を突いて出た。
王子より自分の方が焦り過ぎじゃないか?王子も私の言葉に、綺麗な緑の目を丸くしている。自分から「一週間後に泊まりに来る」と前のめり気味でいうとは思っていなかったんだろう。私だって自分の言葉に驚いた。

「・・一週間後?・・ほん、とうに良いのか?」

王子がまじまじと私を見詰め躊躇いがちに尋ねる。緑色の瞳が期待と不安で揺れている。えぇい!一旦、自分の口から出た言葉だ。腹を括るしかない。

「えっと、もう言っちゃったので・・泊まります・・一週間後・・」
「・・はぁ、言っちゃったってなんだよ」

春を呼ぶ王子が呆れたと大きな溜息を吐く。さっきまでの期待に満ちたテンションから一転、落胆している。王子の様子に、さすがの私も悪手を打った事に気付く。

「あ、す、すいません!な、何と言うか・・その、つい・・。でも、言ったのは私ですから・・自分の言葉には責任を持ちます!」
「・・もういい。気乗りしない事を、お前に無理強いしたくない」

王子はそう言うと、ぷいっとそっぽを向いてしまった。王子の機嫌を損ねた横顔と金色の癖毛を見詰め思う。これがゲームなら明らかに選択肢をミスった。リロード出来るならしたい位の致命的なミスだ。
現実はリロード出来ないから、私の気持ちと言うか、誠意を伝えるしかない。私は言葉だけでは伝わらない様な気がして隣の王子の手をぎゅっと握る。けれど、王子はこちらを見ない。

「言い方が悪かったのは謝ります。でも、無理をしている訳では無いです・・本当に」

私がそう想いを伝えても隣の彼は無言だ。アルケーさんみたいに冷気を出さないが、ちらりと覗く表情はむすっと不機嫌さを隠さない。
あぁ、本当に困ったな。溜息が喉元まで出掛かるが、何とか飲み込む。どうやったら機嫌を直してくれるんだろう。ひたすら宥める?それとも、そっとしといた方が良いんだろうか?

「・・あの、王子。気分を悪くされたなら、本当にすいません・・」

次の具体的な一手が見付からないまま、私が改めてそう謝ると、王子が小さく呻き声を上げて両手で顔を覆った。呻き声と顔を覆った事に驚いて、彼の顔を覗き込もうとした瞬間、王子はひっくり返る様にベッドに両手を広げて倒れこんだ。
な、何?突然ど、どうした。急に具合でも悪くなったんだろうか?
王子の突然の行動にめちゃくちゃ焦りながら、何が起こったのか確認しようと彼に覆い被さり、顔を覗き込むと王子は声を殺して笑っていた。私を見上げる彼の表情は「してやったり」とでも言いたげだ。安心からか全身の力が抜けるのが分かった。

「・・王子、私の反応を楽しんでたんですか?」

私が恨みがましい声でそう言うと、王子は覆い被さっている私の腰に腕を回し逃げられないようにした。にやにやしながら王子が答える。

「・・楽しむ?まさか。お前の『言っちゃった』と言う言葉に、傷付いたのは事実だが?」
「そうかもしれないですけど・・途中から、絶対に楽しんでましたよね・・」

王子は私の目を見詰めたまま答えない。宝石の様な瞳の奥に翳がちらりと覗く。私はその翳の正体を知っている。「劣情」だ。
本当は王子の上から退けたかったけど、彼の腕が鎖の様に「逃げる」事を許してくれない。仕方ないので私は、さっきの王子がしたように、ぷいっと顔を逸らした。少しの沈黙の後、王子が回していた腕を緩め、猫を宥めるみたいに私の背中から腰を柔らかく数回撫でた。身体の拘束が無くなったから、王子の上から退けようと思えば退けられるけど、甘ったるくなって来た雰囲気に呑まれて「逃げる」事を憚られる。平静を装うが、身体の中に響く自分の鼓動が段々うるさくなって来た。私の下で王子が「ふっ」と笑う。

「・・楽しむ、か。・・さぁ、どうだったかな・・」

そっぽを向いているから王子の表情は分からない。けれど、王子の「どうだったかな」と言う呟きは甘さと熱っぽさを孕んでいた。王子の薔薇の香りが一層、強くなり鼻孔をくすぐる。私の背中を撫でていた王子の手が私の頭をゆっくり撫で、髪に指を通す。自分と視線を合わせるように、と言われているみたいだ。でも、此処で彼の緑の目を見てしまったら、そのまま流されてしまう。予感と言うよりは確信に近いものを感じて、王子と視線を合わせられない。
部屋の中が暑い訳では無いのに、のぼせたみたいに段々力が抜けて来る。このむせ返る位の薔薇の香りの所為だろうか。このままだと自分を支えられなくなって王子の上に倒れこんでしまうかもしれない。

「あ、あの!王子、私、重く、ないですか!い、今、どけますね!」

私は二人の間に流れる、じりじりとした熱を持つ危うい空気を振り払う為にわざと大きな声で尋ねた。「雰囲気ぶち壊し」の見本という位、空気を全く読めていない明るい声で言い切った。
王子は私の突然の言葉に、あからさまな嫌な顔はしない。私の下で「ふん」と少し考え込む。私はてっきり「空気を読め」とか言われると思ったから意外だった。

「全然。お前、さすが『鳥』に例えられるだけあるな。すずめ位には軽い」

回答もエナさんの様に茶化す訳でも無く、きちんとしたものだ。ただ、気になるのが・・何で例えがすずめなんだろう?

「はは、そこまで軽くは無いと思うんですけど・・重くないなら良かった、です」

私は愛想笑いをし、薔薇の香りに酔いそうな自分に気合を入れ、王子の上から退けようとする。身体に力を入れた瞬間、王子が私の腰の辺りを鷲掴みにし隣にごろんと横に転がした。ぐるりと視界が反転して、ボスッと身体がベッドに沈む。ハッとして視線を上げると私を見下ろす王子と目が合った。あ、マズい・・かもしれない。気を抜いた所を押し倒されたんだ。無言で見詰め合ったら駄目だ。組み敷く彼に呑まれてしまわない様に顔を背けた。すると、王子が耳元に唇を寄せて来た。湿り気を帯びた息が耳に掛かり、何とも言えない刺激にビクッと身体が震える。

「・・お前、本当に分かり易いな。・・北と東の副司祭が閉じ込めたがる訳だ」

このタイミング、そしてこの体勢でアルケーさんとミスティコさんの話題が出て来て、横を向いたまま固唾を呑む。
その「ごくり」と言う音が嫌に耳についた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

番(つがい)と言われても愛せない

黒姫
恋愛
竜人族のつがい召喚で異世界に転移させられた2人の少女達の運命は?

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

目が覚めたら男女比がおかしくなっていた

いつき
恋愛
主人公である宮坂葵は、ある日階段から落ちて暫く昏睡状態になってしまう。 一週間後、葵が目を覚ますとそこは男女比が約50:1の世界に!?自分の父も何故かイケメンになっていて、不安の中高校へ進学するも、わがままな女性だらけのこの世界では葵のような優しい女性は珍しく、沢山のイケメン達から迫られる事に!? 「私はただ普通の高校生活を送りたいんです!!」 ##### r15は保険です。 2024年12月12日 私生活に余裕が出たため、投稿再開します。 それにあたって一部を再編集します。 設定や話の流れに変更はありません。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...