名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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閉じ込めたがる訳だ

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王子が戸惑いながら尋ねる。言い方はオブラートに包んでるけど、聞いている事は・・そのままの「朝まで一緒」という意味じゃないよね?それって・・セックス・・の事だよね?多分。王子が言いにくそうにしたと言う事は、そういう意味だよね。

「えっと・・思って、ますよ。今日は無理ですけど」

私が言葉を選びながら言うと、王子は何も言わずうちの寝室より一回りは大きいベッドにゆっくり腰掛けた。私も何となく隣に腰掛ける。ふわりと王子の薔薇の香りが漂う。
王子は無言のままだ。隣の彼は何を考えているんだろう?
私は自分の言葉を反芻する。「思ってますよ」と言いつつ「今日は無理」。正直な気持ちでは有るが、いい加減で無責任だな、と自分でも思う。王子は先代のトマリギが親族だったから、私との時間に限りが有る事をきっとアルケーさんより分かっていて焦っている筈だ。何と言えば、彼の不安を取り除けるんだろうか?私と王子の間に気まずい沈黙が流れる。

「えーっと・・あ、あのッ!泊まりに来ます。えっと、いッ、一週間後!」

落ち着かない静けさの中、どんな声掛けが正解か考えていて、自分でも吃驚する言葉が出た。具体的に言った方が良いのかな、とは思ったが「一週間後」という日にちが、頭で考えるより先に口を突いて出た。
王子より自分の方が焦り過ぎじゃないか?王子も私の言葉に、綺麗な緑の目を丸くしている。自分から「一週間後に泊まりに来る」と前のめり気味でいうとは思っていなかったんだろう。私だって自分の言葉に驚いた。

「・・一週間後?・・ほん、とうに良いのか?」

王子がまじまじと私を見詰め躊躇いがちに尋ねる。緑色の瞳が期待と不安で揺れている。えぇい!一旦、自分の口から出た言葉だ。腹を括るしかない。

「えっと、もう言っちゃったので・・泊まります・・一週間後・・」
「・・はぁ、言っちゃったってなんだよ」

春を呼ぶ王子が呆れたと大きな溜息を吐く。さっきまでの期待に満ちたテンションから一転、落胆している。王子の様子に、さすがの私も悪手を打った事に気付く。

「あ、す、すいません!な、何と言うか・・その、つい・・。でも、言ったのは私ですから・・自分の言葉には責任を持ちます!」
「・・もういい。気乗りしない事を、お前に無理強いしたくない」

王子はそう言うと、ぷいっとそっぽを向いてしまった。王子の機嫌を損ねた横顔と金色の癖毛を見詰め思う。これがゲームなら明らかに選択肢をミスった。リロード出来るならしたい位の致命的なミスだ。
現実はリロード出来ないから、私の気持ちと言うか、誠意を伝えるしかない。私は言葉だけでは伝わらない様な気がして隣の王子の手をぎゅっと握る。けれど、王子はこちらを見ない。

「言い方が悪かったのは謝ります。でも、無理をしている訳では無いです・・本当に」

私がそう想いを伝えても隣の彼は無言だ。アルケーさんみたいに冷気を出さないが、ちらりと覗く表情はむすっと不機嫌さを隠さない。
あぁ、本当に困ったな。溜息が喉元まで出掛かるが、何とか飲み込む。どうやったら機嫌を直してくれるんだろう。ひたすら宥める?それとも、そっとしといた方が良いんだろうか?

「・・あの、王子。気分を悪くされたなら、本当にすいません・・」

次の具体的な一手が見付からないまま、私が改めてそう謝ると、王子が小さく呻き声を上げて両手で顔を覆った。呻き声と顔を覆った事に驚いて、彼の顔を覗き込もうとした瞬間、王子はひっくり返る様にベッドに両手を広げて倒れこんだ。
な、何?突然ど、どうした。急に具合でも悪くなったんだろうか?
王子の突然の行動にめちゃくちゃ焦りながら、何が起こったのか確認しようと彼に覆い被さり、顔を覗き込むと王子は声を殺して笑っていた。私を見上げる彼の表情は「してやったり」とでも言いたげだ。安心からか全身の力が抜けるのが分かった。

「・・王子、私の反応を楽しんでたんですか?」

私が恨みがましい声でそう言うと、王子は覆い被さっている私の腰に腕を回し逃げられないようにした。にやにやしながら王子が答える。

「・・楽しむ?まさか。お前の『言っちゃった』と言う言葉に、傷付いたのは事実だが?」
「そうかもしれないですけど・・途中から、絶対に楽しんでましたよね・・」

王子は私の目を見詰めたまま答えない。宝石の様な瞳の奥に翳がちらりと覗く。私はその翳の正体を知っている。「劣情」だ。
本当は王子の上から退けたかったけど、彼の腕が鎖の様に「逃げる」事を許してくれない。仕方ないので私は、さっきの王子がしたように、ぷいっと顔を逸らした。少しの沈黙の後、王子が回していた腕を緩め、猫を宥めるみたいに私の背中から腰を柔らかく数回撫でた。身体の拘束が無くなったから、王子の上から退けようと思えば退けられるけど、甘ったるくなって来た雰囲気に呑まれて「逃げる」事を憚られる。平静を装うが、身体の中に響く自分の鼓動が段々うるさくなって来た。私の下で王子が「ふっ」と笑う。

「・・楽しむ、か。・・さぁ、どうだったかな・・」

そっぽを向いているから王子の表情は分からない。けれど、王子の「どうだったかな」と言う呟きは甘さと熱っぽさを孕んでいた。王子の薔薇の香りが一層、強くなり鼻孔をくすぐる。私の背中を撫でていた王子の手が私の頭をゆっくり撫で、髪に指を通す。自分と視線を合わせるように、と言われているみたいだ。でも、此処で彼の緑の目を見てしまったら、そのまま流されてしまう。予感と言うよりは確信に近いものを感じて、王子と視線を合わせられない。
部屋の中が暑い訳では無いのに、のぼせたみたいに段々力が抜けて来る。このむせ返る位の薔薇の香りの所為だろうか。このままだと自分を支えられなくなって王子の上に倒れこんでしまうかもしれない。

「あ、あの!王子、私、重く、ないですか!い、今、どけますね!」

私は二人の間に流れる、じりじりとした熱を持つ危うい空気を振り払う為にわざと大きな声で尋ねた。「雰囲気ぶち壊し」の見本という位、空気を全く読めていない明るい声で言い切った。
王子は私の突然の言葉に、あからさまな嫌な顔はしない。私の下で「ふん」と少し考え込む。私はてっきり「空気を読め」とか言われると思ったから意外だった。

「全然。お前、さすが『鳥』に例えられるだけあるな。すずめ位には軽い」

回答もエナさんの様に茶化す訳でも無く、きちんとしたものだ。ただ、気になるのが・・何で例えがすずめなんだろう?

「はは、そこまで軽くは無いと思うんですけど・・重くないなら良かった、です」

私は愛想笑いをし、薔薇の香りに酔いそうな自分に気合を入れ、王子の上から退けようとする。身体に力を入れた瞬間、王子が私の腰の辺りを鷲掴みにし隣にごろんと横に転がした。ぐるりと視界が反転して、ボスッと身体がベッドに沈む。ハッとして視線を上げると私を見下ろす王子と目が合った。あ、マズい・・かもしれない。気を抜いた所を押し倒されたんだ。無言で見詰め合ったら駄目だ。組み敷く彼に呑まれてしまわない様に顔を背けた。すると、王子が耳元に唇を寄せて来た。湿り気を帯びた息が耳に掛かり、何とも言えない刺激にビクッと身体が震える。

「・・お前、本当に分かり易いな。・・北と東の副司祭が閉じ込めたがる訳だ」

このタイミング、そしてこの体勢でアルケーさんとミスティコさんの話題が出て来て、横を向いたまま固唾を呑む。
その「ごくり」と言う音が嫌に耳についた。
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