名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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番外編:春を呼ぶ王子1

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今から、此処で話す事は俺がオオトリと出会う前の事だ。あの頃「オオトリ」という存在は、俺の中では大叔父と愛し合っていた異世界の女、という認識だった。何時かは消えてしまう相手に、どうしてそこまで執着していたのか、ずっと疑問だった。
俺はオオトリと出会って、その疑問の答えの一端を見出す事になる。


・・
・・・・
・・・・・・

俺は「一番下の子ども」で所謂「末っ子」として生まれた。直ぐ上の姉とは4歳、一番上の兄とは10歳以上離れている。父も母も俺の事は「可愛い」とは言うが、俺に対して「何か」を「期待」する様な事は無かった。歴史書や隣国で良く聞く「後継者争い」は俺の周りでは起こらなかった。それに対して「有難い」と思う反面「これで良いのか」と言う疑問も俺の中にはずっと有った。

「お前の好きなように生きたら良い」

それが兄や父の口癖だった。姉たちの口癖も同じ様なもので「あなたの好きな道を行けば良い」だった。

『俺の生きたい道』『俺の好きな道』それが分かっているなら、こんなにじりじりした焦燥感に似た気持ちにはならないだろう。

そんな事を考えながら、俺はエナと二人きりの執務室で定期的に運ばれてくる貴族の令嬢達の身上書の束を眺める。きまぐれに一部手に取ってみる。「侯爵家の令嬢で、年は俺より五つ下。魔力も強い。趣味は・・」つらつらと書かれた文章に、食傷気味になりすぐに元の束に戻した。すぐ隣の机で事務処理をしていたエナが「はぁぁ」とわざとらしい溜息を吐いた。

「ねぇ、ハルくん。そろそろ真面目に婚約やら結婚やらについて考えたら?もう僕たち、若くないんだよぉ?」
「年齢よりもタイミングだろう。物には売り時が有るだろう?」
「売り時ねぇ・・。どんなに上質な物でも腐る時は腐るんだけどぉ」

エナはそう言うと肩を竦めた。さらりとエナの陽の加減では銀色にも見える髪が揺れた。
そう、俺の「結婚」は投機の対象だ。このまま俺の考えうる限り、一番の「売却先」が国内で見付からなければ、隣国への婿入りも検討した方が良いだろう。俺はちらりと壁に貼られた地図に目を遣る。

「・・お前だって、俺と立場は一緒だろう」

エナはガラノース家の三男、一番下つまり俺と一緒で「末っ子の男子」だ。しかも俺と同年代で独身。その色素の薄い美貌から、何とかという花の名前で令嬢の間では呼ばれているらしい。俺の言葉にエナは苦笑いをした。

「それ、本気で言ってるの?僕とハルくんとじゃ全然違うよぉ。知ってるでしょ?」

エナの母親はガラノース家の正妻ではない。エナは側室の子となっているが、それは書類上の事で本当は違う。俺付きになる際にエナの事を一通り調べた際に分かったが、エナにその事は言っていない。だが、エナは俺が知っている事には気付いている様だ。

「僕はきちんとした『婚姻』とか期待されていないの。どっかの良い所のお嬢さんをたぶらかして来るのを期待されてるだけの男なの」

エナはそう言うと「んふ」と自嘲気味に笑う。

ガラノース家の領地には比較的大きな港が有る。天候が安定している地域なので、ガラノースの港は利用者が多い。元々エナの一族は商人で、最近盛んになって来た隣国との交易によって一気に成り上がった家門だ。財力は有るが格式は無い。エナの兄たちは「それなりの」貴族の家の令嬢を娶ってはいるが、ガラノース家の当主、つまりエナの父親はそれ位では満足していないらしい。もっと上を狙っている様だ。より格式の有る家門となると・・王族、オオトリの一族、公爵家でも息の長い家だろう。エナの父親の俺や俺の家族に対する気持ち悪い位、へりくだった態度を思い出す。
本来なら、エナはガラノース家の血を引いているとは言え、ガラノース家の系譜に名前を連ねる予定は無かった、と聞いている。しかし、その美貌に目を付けた当主はエナを使える「駒」としての価値を見出し、幼児期に生みの母親から取り上げ、側室の子とした。

「ハルくんがいつまでも独身だとさぁ、僕とハルくんはそういう関係なんだろう、と思われちゃうんだけどぉ」
「はぁ?」

エナは「マジでそういう噂有るらしいよぉ。ホッント、いい迷惑なんですけど」と呆れた様に頭を振る。

「はぁ、世の中には想像力を無駄な方向で使っている奴が居るんだな」
「ホント、ハルくんは能天気だねぇ。育ちが良い所為かなぁ」

エナが言うには、俺とエナの仲を誤解した令嬢やその親たちから「王子を自由にしてやってくれ」と抗議された事も有るそうだ。悔し涙なのか何なのか泣いていた令嬢も居たらしい。もし、本当に俺とエナが恋仲なら、王子の恋路に口出しをするなんて不敬極まる。・・もしかしたら売却先選別の良い口実になるかもしれない。

「おい、エナ。文句を言って来た家の名前は分かるか?」
「そりゃ、勿論覚えてるけどさぁ。あー、何か面倒くさい事、考えてるでしょ」
「別に。想像力の豊かな家は何処なのか知りたかっただけだ」
「もーぅ!有力どこに目を付けられると、僕が困るんだからねぇ。自分でどうにかしてよぉ」

エナはそう言うと、机の上の決済済みの書類を持って、猫の様にするりと執務室から出て行った。
独りになった執務室でぼんやり窓の外を眺める。この部屋からは、大叔父の温室が見える。あの光を反射して光る建物はオオトリの為に大叔父が作らせたそうだ。今は手入れをする庭師以外入らない。いや、入れない。まるで二人の愛の墓標の様だ。

「・・あぁ、そうか。俺の売却先は・・オオトリの所でも良いのかもな」

ただ今の所、オオトリの召喚の予定は無い。先代の召喚の際には物資は王家と貴族が用意し、召喚に必要な人員は神殿が用意したらしい。一大事業だったと聞いている。オオトリの召喚は金も時間も掛かる。しかも次にオオトリが顕現する事が有れば、神殿預かりになると王家と神殿で取り決めがされている。召喚に成功したとしてもオオトリが女性である保証は無い。例え、オオトリが女性であったとしても大叔父の様に、独占してオオトリを囲う事は出来ない。

「・・独占?」

自分の考えの間違いに気が付く。独占する必要なんて無いじゃないか。オオトリはあくまで「吉祥の証」。その存在が王家の一員である俺と繋がっていれば良い。俺がオオトリから好かれる必要性は有るだろうが、俺が相手に執着する必要は無い。
大叔父はオオトリに執着し過ぎた所為で彼女が消失した後、精神を病んだと噂されている。王家の魔力は、他のバシレイアーの民より原始に近いとされている。それが原因なのか他の者より王族の寿命は若干長い。愛する女を失って生きるには、大叔父の寿命は長過ぎたのだ。
こっちに留まったオオトリは長い長いバシレイアーの歴史の中でも数人だ。それすらも最近では「捏造」だったのではと言われている。子を成したオオトリに至っては、気まぐれにグレーの髪の子が生まれるオオトリの子孫の一族だけだ。

「・・消えて無くなる女だと分かっていただろうに」

愛情なのか執着なのか・・どちらにしろ「それ」は自分自身を見失ってしまうものらしい。


それから少し経ったある日、昼前にエナが執務室に書類を抱えてやって来た。

「遅かったな」
「遅くなってごめんねぇ。家の方にちょっと寄って来たんだよねぇ」

珍しい。エナはガラノース家と関わり合いになる事を嫌がる。神殿に上がる予定にしていたのも、家との関係を断つ為だ。

「そう言えばさぁ、ハルくんの所には話来た?」
「・・話?何の話だ」

俺がそう言うと、エナはあからさまに「しまった」と言う顔をした。

「あはぁ、ほ、ほら!美人って評判のヒューラー家の子、居るでしょ?あの子がお婿さん探してるって話!あの話!」

エナは慌てて俺の机に駆け寄ると、机の端に積まれた身上書の束をガサガサと漁り始めた。その内の一部を取り出す。

「ほら!この子!」

エナは作り笑いを浮かべながら俺の方へ差し出すが、俺は黙ってそれを突っ返す。

「・・本当のことを言え。エナ・ガラノース」

エナは俺の机に手を着いて「あぁ・・もう」とうな垂れ吐き出す様に声を上げた。

「はいはい、アソオス様。えぇえぇ、本当の事ね!言っても良いけど、噂だから間違ってても絶対に怒らないでよ!」

エナはそう言うと自分の持って来た書類の束から一枚の紙を俺の目の前で二度ほどヒラヒラさせ、自分の背後に隠した。チラッと見えただけだが、王家の印章が確認出来た。

「税収をちょびっとだけ上げるって言う通達が有ってね。僕の周りでは『オオトリの召喚』をするんじゃないかって噂になってるの。だって、特に大規模な公共事業だとか不作とか無いでしょう?だから・・」

俺は「オオトリの召喚」と言う言葉に驚いて、エナの言葉を遮る。

「は?オオトリの召喚?オオトリの召喚は今まで政情不安や情勢不安が有る時が多かったじゃないか。今は違うだろう・・」
「噂だと・・あくまで噂だよ。国内は問題無くても、外交面で色々有るみたいだよぉ」

エナの言葉に俺はぐっと黙り込む。曲がりになりにも俺は王家の人間だ。「オオトリの召喚」を考える程、対外的に不安定になっていたとは。俺は唇を噛む。

「あー、ハルくん?オオトリの召喚はあくまで噂だからね?噂だよ、う・わ・さ!!」

エナはそう言うが、俺の中では噂ではなく現在進行形で進んでいる計画だと確信にも似たものを感じていた。
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