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それがホントなら、お気の毒♡
しおりを挟む意を決して、そっと顔を上げる。石畳の道に、お隣と隙間無く3,4階立ての三角屋根の建物が立っている。壁の色は水色だったりベージュだったり想像していたよりカラフルで可愛らしい。道行く人もそれなりに多い。その中でもやはりエナさんのキラキラした容姿は目立つ。馬車から降りた途端、注目を集めているのが分かった。一瞬、私の髪の所為かと焦って、頭の周りを手で確認してみたが、きちんと帽子の中に収まっている様だ。と、言う事は皆が気にしているのはエナさんだ。だって今の彼は「スタイルの良い美人」だもの。
エナさんは周囲の視線なんて全く気にならないようで「ほら、こっちこっち」と繋いだ手を引っ張って急かす。エナさんの勢いに呑まれて言われるまま付いて行きそうになるが、とんでもなく重大な事に気が付いた。
「あ!み、み、東の副司祭様!」
私は後ろから付いて来ている筈だったミスティコさんが乗った馬車が居ない事に気が付いて、慌てて足を止める。辺りを見回すが、ミスティコさんの馬車は居ない。な、何で?どうして?と急に胸がドキドキして来た。エナさんは私の様子が可笑しいのか、からからと屈託なく笑う。
「あはは、大じょーぶ。副司祭様なら、すっごい手前で降ろしただけだから。僕達の行先は御者に伝えてあるから、彼に聞いて、その内追い付くんじゃない?」
「どうして、そんな事・・」
私の疑問に対して、エナさんは首を傾げた。やがて答えが見付かったのか、私の瞳を真っ直ぐ見詰め無邪気に答える。
「えっとねぇ・・あは♡『邪魔』だから?」
「オトッ!!」
エナさんの「邪魔」と言う単語とほぼ同時に、背後から大きな声で名前を呼ばれる。隣のエナさんは呆れた様に大きく溜息を吐くと「思ったより足が速いんだねぇ。意外ぃ」と独り言つ。あぁ、ミスティコさんが来てくれた・・。緊張の糸が緩むのが分かった。彼は普段、私の事を「オオトリ様」と呼ぶが此処は神殿でもお城でも無いから、名前で呼んだらしい。声のする方へ振り返り、安心感からか私も彼の名前を呼びそうになる。
「み、・・ふ、副司祭様・・」
私達に追い付いて肩で息をしているミスティコさんは、神官服も髪も乱れ普段の彼の姿ではない。どれだけ必死になって此処まで急いで来たのか、一目で分かる。
ミスティコさんは無言でエナさんを物凄い目でギリッと睨む。そしてエナさんを見据えたまま、エナさんに引かれていた右手とは反対の左腕を掴んだ。私に触れたミスティコさんの体温の高さに驚く。どれだけの距離を走って来たんだろう、私がそう思っていると、ミスティコさんが自分の方へ荒々しく腕を引いた。予想外だった事も有り、ぐらりとバランスを崩してミスティコさんの方へ倒れそうになるが、エナさんの方が一歩早く私の腰に腕を回し、私をぐっと自分の方へ引き寄せた。エナさんとの距離が0になり、彼のシナモンの香りに包まれる。
「もうッ!副司祭様は危ないなぁ。オトちゃんに怪我をさせるつもりなのぉ?」
私がはっとしてミスティコさんの方を見ると、彼はぎゅっと唇引き締め苦い表情をしていた。故意じゃないとは言え、私が倒れそうになった事は事実だから何も言い返せない様だ。
私はミスティコさんの苛立ちが気になり、慌ててエナさんに「あの、ありがとうございます。転ばずに済みました」と感謝を述べ、彼から距離を取ろうとする。しかし、腰に回されたエナさんの腕がそれを許さない。仕方無いので、ぐっとエナさんの胸元辺りに手を置いて少し力を入れ身を捩ろうするが、見た目は女性でも力はしっかり男性でビクともしない。
エナさんは、私が腕の中から逃げようとしている事なんて完全無視で、無言のミスティコさんに追い打ちを掛ける。
「雛が大切なのは分かるけどさぁ。そういうの却って良くないんじゃないかなぁ」
「・・すみません。確かに私の落ち度です。ですが、心配する親鳥の気持ちもご理解いただきたい」
エナさんの畳みかける様な非難にミスティコさんが謝罪を口にする。すると、待ってましたとばかりにエナさんの口角が嫌な形に歪む。少し前に私に見せたあの笑顔が嘘みたいだ。エナさんの変わりようが、彼のミスティコさんに対する感情を表しているようで寒気を感じる。
「えぇー、何それ。僕、『悪い事はしない』って此処に来る前に言ったよねぇ?そんなに僕の事、信用ならない?」
エナさんが芝居がかった声色でミスティコさんに抗議する。エナさんの挑発する様な物言いに私は心臓が縮み上がる。ミスティコさんはエナさんを睨みつけたまま低い声で一言だけ答える。
「・・ご自分が良くご存じなのでは?」
ミスティコさんは眉間に皺を寄せて苛立ちを隠さない。
私を挟んでいる二人の雲行きがとんでもなく怪しい。いや「怪しい」じゃない。既に雨嵐だ。や、ヤバい。往来のど真ん中で、美女と名門出身の神官の喧嘩が始まってしまう。二人は周りの様子なんて全く気にならない様だが、道行く人が思いっ切り好奇の目で事の成り行きを見ている。
エナさんのバカッ!私の髪の事「目立つ」って言ったくせに、自分の方がよっぽど「悪目立ち」してるじゃないか!しかし、此処で文句を言っても始まらない。取り敢えず・・エナさんは私の言う事なんか一切聞いてくれないだろう。なら、ミスティコさんを説得した方が得策だ。
「あ、あの副司祭様・・『悪い事』はされてないですよ。そ、そこは安心して下さい。意地悪な事は言われましたけど」
私は周りを気にしながらミスティコさんにようやく届く位の小声で、馬車の中の出来事をなるべくオブラートに包んで伝える。
そうなのだ。エナさんは私に触れはしたが『悪い事』は一切していない。ただ、言葉で私を翻弄しただけ。
「えぇー!何それ。僕、意地悪な事なんて言ってないよぉ?」
エナさんが「心外だ」と目を丸くして声を上げるが、エナさんと0距離なのを逆手に取って私は両手で彼の口をガバッと塞いだ。
「と、取り敢えず黙って下さい。往来のド真ん中ですよ・・『トマリギ候補』さん」
エナさんをじとりと睨むと彼はこくこく頷く。信用ならないが、ずっとエナさんの口を塞いでいる訳にはいかないので、そっと手を外す。エナさんは大げさに「ぷはーッ」と息を吸う。
「うふ♡そうやって僕の事を叱ってくれるオトちゃんも良いね。ちょっとときめいちゃった♡」
私の腰を抱いたまま、呑気にそう言うと盗むみたいに私の頬にちゅっとキスをした。
か、完全に油断していた・・。こっちの世界に来てから色々有ったので、今更キス位で怒りはしない。しかし、今回は大勢の前だ。私が文句を言う前にエナさんは腰に回していた腕を外して、私の身体をトンッとミスティコさんの方へ押した。
「はいはい、雛はお返ししますよ。これ以上苛めると、本当に僕の事『トマリギ候補』から外しちゃうでしょ?」
さっき思いっ切り引っ張った所為で私がよろけた事を気にしているのか、ミスティコさんはそっと私の腕を引き、自分の背に私を隠す。朝から感じていたエナさんの値踏みする様な視線から解放されて、ミスティコさんの後ろでこっそり深呼吸をする。
「お返しいただいても礼は言いません。私の役目は『雛を守る』事なので。私は自分の役目を良く理解しているです」
「へぇぇ『自分の役目を理解』ねぇ。それがホントなら、お気の毒♡」
エナさんはそう憎まれ口を叩く。ミスティコさんは何も言い返さない。
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