名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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王子は優しいですか?

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そう言えば、エナさんはミスティコさんに向かって「こんな僕を『トマリギ候補』にしてくれた」と言っていた。子爵家であるエナさんがトマリギ候補になれる確率は僅かだったけど、ミスティコさんが「フリー」って言う条件を出したから、自分がなれたっていう意味だったんだろうか。
私は、やはり『トマリギ候補』の皆さんと、もう少しお互いを知る時間が必要な気がする。

「一応、これが、お二人が独身で恋人も居ない理由ですが、あくまでこちら、つまり神殿側が把握している部分だけです」
「えーっと・・それってもしかしたら、もっと違う理由が有るかもしれない、と言う事ですか?」
「えぇ。オトが直接、聞いてみられては?私が話せるのは、あくまで『神殿側が把握している部分』なので」

アルケーさんが意味有り気に口角を上げた。アルケーさんは他の神官より王族と接する機会が多い、と言っていたが、彼らについて何か知っている事が他にも有るのだろう。私はアルケーさんの笑みは見なかった事にした。

「・・そうですね、機会が有れば聞いてみます」


二人で話した後、王子から貰った服、靴、アクセサリーをアルケーさんと一緒にクローゼットに仕舞った。
服を広げ、整理しながら気が付いた事が有る。アルケーさんはきれいめガーリーが好きみたいで、王子は清楚系がお好みらしい。王子から贈られた服は綺麗な色のフレアスカートやシンプルだけど仕立ての良さそうなブラウスが多い。うーん、エナさんは何となくだけど、モード系かセクシー系が好みの様な気がする。
私が王子とアルケーさんから貰った服を見比べていると、アルケーさんが私の顔を覗き込んだ。

「どうしました?何か困った事でも?」
「あ、いいえ。もう既にクローゼットが満杯になり掛けてるなぁって・・」

私が慌ててそう言うと、アルケーさんはクローゼットの中を確認する。

「あぁ、確かに。もし、これからも増えるようであれば・・あぁ、そうだ。ミスティコに部屋を出て貰いましょう。あそこに荷物を入れたら良いと思いませんか?」

アルケーさんが物凄い笑顔で首を傾げ、私に同意を求める。ぐぇぇ・・返答に困る提案は止めて欲しい。アルケーさんはミスティコさんを何としてでもこの家から追い出したいらしい。私は「・・はは」と愛想笑いをして返事を濁す。アルケーさんからの視線は痛いが、ミスティコさんが出て行けば良い、と言うアルケーさんの考えには同意しかねる。「面白い冗談ですね」とか微笑みながら言えたら良いが、アルケーさんの笑顔の圧に怯んでしまう。私の歯切れの悪い態度で居ると、アルケーさんはクローゼットの扉を閉めながら「ふふ」と小さく笑い声を漏らす。

「・・近い内に、オトと街に出たいですね。色んな店を回りましょう。絶対に楽しいですよ」

アルケーさんは楽しそうに言うが「ぜひ!」と即答出来ない。店を回るだけなら良いが、この話の流れだと絶対に色々買い込む気だ。さ、さすがにこっちには衣類の圧縮袋とかレンタルのトランクルームとか無いよね・・。自分のお金で買った物なら断捨離待った無しだが、全てがプレゼントだ。断捨離する訳にはいかない。こんな時の為に、収納や整理整頓の勉強しとくんだった!

「・・あはは、今はバタバタして、るので、そ、その内・・お願いします、ね」
「ふふ、約束ですよ?」

私の答えは段々語尾が小さくなってしまったが、アルケーさんは短くはっきり「約束」を取り付けた。そうだ、アルケーさんに敵う筈無かった・・。
その後は、アルケーさんから、明朝、慌てない様に明日の準備は済ませておくように、と言われ、王子から贈られた服の中からささっと見繕って手早く準備を済ませた。あんまり迷っていると、アルケーさんに申し訳無い様な気がしたからだ。
明日の準備を済ませ、クローゼットの扉を閉めると、無意識に溜息が出た。ちくりと胸が痛む。・・いつかこういうのも慣れるんだろうか。


何時もより早めの時間に二人でベッドに入る。普段なら、アルケーさんは私を後ろからぎゅうぎゅうに抱き締めて寝るのだが、今日はそれが無い。その代わり、きゅっと手を繋いだ。隣のアルケーさんが私の方へ顔を向けた。薄暗い部屋でもアルケーさんの琥珀色の瞳は淡く光って見える。

「ミスティコから、明日に響くから、今日は控えるよう、注意されました」
「・・う・・そう、なんですね」
「ふふ、オトも同じ様な事言われたんですね」
「・・う、は、い」

私の反応にアルケーさんが苦笑いする。王子からも「顔に出る」と指摘されたし、ちょっと意識した方が良いかも。私は繋いでいない方の手で自分の頬を押さえる。

「・・王子は優しいですか?」

突然、アルケーさんが王子の事を尋ねて来たので、私はひゅっと息を呑んだ。アルケーさんの手に力がほんの少しこもる。緊張で少し手の平が汗ばんでいる様な気がする。
・・そっか、よく考えたら、王子とアルケーさんは会った事は有っても、私を含めて三人で会った事はまだ無い。王子が私に対して、どのように接しているかは、ミスティコさんと違ってまだ見た事無いんだ。王子の印象を正直に伝える事に決めた。

「・・優しいですよ。ちょっと、えーっと、ほんのちょっと、俺様気質だなぁ、と思いますけど」
「オレ、サマ、キシツ?」
「あー、『俺様気質』って、こっちには無い表現なんですね。その、何て言うか『俺について来い』と言うか『強引』と言うか、そういうタイプを、元の世界では『俺様気質』って言うんです」

アルケーさんは「そうなんですね」と言うと、堪え切れないと言った風に目を細め声を出して笑い出した。アルケーさんがこんな風に屈託なく笑うなんて珍しい。

「・・良いですね。それ、今度ミスティコにも、教えてあげて下さい」

笑いを噛み殺しながら、アルケーさんが言う。

「はは、教えるのは良いんですけど、王族に向かって失礼な事言うなって怒られたりしませんか?」
「ふふ、大丈夫でしょう。東の王子に対する態度も大概ですし」
「あはは、確かに」

二人で横になって、他愛も無い事を話す。私の心がじんわり落ち着いて来るのが分かった。さっきまでの緊張や疲れが嘘みたいだ。ざわざわしたものが、海の凪の様に静かになって行く。手を繋いでいるだけでは物足りなくなって、アルケーさんとの距離を縮め、猫が甘える時みたいに彼の肩口へすり寄った。アルケーさんは何も言わずに、繋いでいない方の手で頭を撫でる。彼の体温と香りが近くなって、どうしようもなく胸が締め付けられる。
アルケーさんの傍は落ち着くのに、胸が苦しくなる時が有る。この感情、何と表現したら良いんだろう。

「・・眠れない?」

私は頭を振る。すると、アルケーさんは、私の髪を踏まない様に気を付けながら身体を少し起こした。アルケーさんの髪がさらりと私の肌を撫で、頬に彼の唇が触れた。そのままそっと離れる。私に半分だけ覆い被さった彼の方を見ると、切なげな瞳と視線が絡んだ。

「・・続きは明日、帰ってから」

多分、此処で私が頭を振っても、きっとアルケーさんは困った顔で笑うんだろうな。私はこくり頷く。アルケーさんを困らせるのは本意じゃない。

「・・あの、明日、帰って来たら、その、沢山、出しても良いです、よ・・」

私が恥も色々かなぐり捨てて、そう言うとアルケーさんが読み込み中の動画みたいに一瞬、固まる。そして、私の言葉を理解したのか、繋いでいた手がぎゅうと痛いぐらいに握られる。私たちの周りだけ、温度と湿度が上がったみたいに感じられる。

「そういう所も、オトの悪い所ですよ」

アルケーさんは繋いでいた手を外して、私の頬に両手を掛け自分の方へぐっと向かせ、そのまま唇を乱暴に押し付けて来た。何時もよりずっと余裕の無いキスに「・・ん」と声が漏れる。それを切っ掛けに、アルケーさんは私の唇をこじ開けて、咥内に熱っぽい舌を割り込ませた。舌同士を擦り合わせ、ちゅるちゅると唾液を吸う。
酸素も、理性も奪われて行くみたいで、頭がぼうっとして来て、助けを求めるみたいにアルケーさんの腕に縋りついてしまう。そこでようやくアルケーさんは私が息も絶え絶えになっている事に気が付いた様で、唇がふっと離れた。

「あぁ、ちょっと意地悪し過ぎましたね」

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