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オトのそういうところ、好きですよ
しおりを挟む「う、以後、気を付けます」
「えぇ、ぜひ」
アルケーさんは、ふふと笑いながら私の肩を抱いてリビングへ促す。
「王子からの物は後で一緒にクローゼットに整理しましょう。王子から貰った物と私が贈った物は、分かる様に分けておかないと」
「・・助かります。ありがとうございます」
「トマリギなんですから、それ位、当たり前です」
アルケーさんは私をリビングの椅子に座らせ「疲れたでしょう?」と尋ねる。今日、私がやった事と言えば・・ちょっと部屋の掃除をして来客の対応をしただけなんだけど・・アルケーさんの言う通り何だかぐったりしている。
「あはは、ちょっと」
「じゃあ、ちょっと早いですけど夕食にしましょう。今夜は早めに休んだ方が良いですね」
アルケーさんと食事をしながら、今日の出来事を手短に話した。
「ガラノース家の方があの荷物を届けてくれたんです」
「あぁ、エナ様ですね。王子自らこちらに来る訳にはいかなかったんでしょうね。エナ様もトマリギ候補ですから・・荷物を口実に此処へは『偵察』の為にやって来た、と言う所でしょうか?」
アルケーさんはトマト風味のスープを口に運びながら言う。「偵察」とは不穏な単語だ。
「・・偵察・・ですか?」
「これは失言でしたね。偵察は大げさですけど、おそらく王子以上に私たちの事が気になるのでは?」
王子以上に私とアルケーさんの事が気なるってどういう事だろう。私とアルケーさんの仲が良過ぎたら、自分が「トマリギ」になれないかもしれない、とか誤解しているんだろうか。
もう少し踏み込んで聞いてみたいが、アルケーさんは答えてくれるだろうか?
「アルケーさんは・・エナさんの事、良くご存じなんですか?」
「そうですね・・『良く』かどうかは分かりませんが、エナ様は王子の側近ですからね。お会いする機会は他の神官より多い方かと」
「あの、言える範囲で良いんですけど、エナさんってアルケーさんから見てどんな人ですか?」
私がそう質問すると、アルケーさんの瞳がすぅと細められた。あ、この反応、あまり宜しくない気がする。私は思わずアルケーさんから目を逸らす。
「・・オトはエナ様が気になりますか?」
「気になるって言うか・・トマリギ候補なら色々知っといた方が良いかと思って・・」
「そう・・成程」
アルケーさんが食事を中断して少し考え込み「取り敢えず、食事を終わらせましょうか。話はそれから」と言い、私に食事を続けるよう促した。
食事を終え、後片付けまで済ませてしまうと、アルケーさんは私の隣の隣に腰掛けた。
「オトはミスティコがトマリギに課した色々な条件、覚えてらっしゃいますか?」
「えっと、勿論です。オオトリを守るとか、お互いを守るとか・・そんな感じでしたよね?」
アルケーさんは「正解」と言った風に私の頭をよしよしと撫でた。
「えぇ、他にも『選定時、婚約中もしくは交際中の者が居ない』と言うのが有るんです」
「そ、そうなんですね」
要するに、フリーな状態じゃないと『トマリギ候補』にすらなれないと言う事か。
「詳しくは割愛しますが、数代前のオオトリ様の顕現の際、恋人の居る女性をトマリギにした所為で刃傷沙汰になった事が有るんです。オオトリ様もトマリギも軽傷だったそうですが」
「刃傷沙汰って・・かなり怖い事になったんですね」
私がそう言うとアルケーさんが頷く。オオトリとトマリギの不都合な出来事って余り表沙汰にならないと思っていたけど、おそらくこの一件は隠しきれない位の大事件だったんだろう。それにしても刃物まで持ち出すとは、背筋が寒くなる。
まぁ、でも確かに、自分の恋人がいきなり現れた異世界人に横から攫われたら文句の一つや二つ言いたくなるのは分かる。
「私は神官ですし孤児ですから『結婚』に関しては考えていなかったので、その条件に関しては全く問題無しでした」
成程、アルケーさんは所謂、フリーの状態だったのか。アルケーさんがフリーだったのは納得出来る理由が有るが、王子やエナさんは本当に婚約者も恋人も居なかったんだろうか?王族や貴族の人って、小さい頃から「婚約者」が居るイメージだし、お年頃になったら周りに女性が沢山でよりどりみどりのイメージなんだけど。この世界では元居た世界とはその辺、違うんだろうか?
「あの、王子やエナさんぐらいの年頃の王族とか貴族の人って、私の世界では婚約者や恋人が居てもおかしくないんですが・・バシレイアーではどうなんですか?」
「えぇ、こちらでもそうです。王子やエナ様は非常に珍しいケースです」
あ、やっぱりそうなんだ。何で王子やエナさんはお年頃になってもフリーだったんだろう?周りからお見合いとか勧められたりしてそうなんだけど。
「・・やっぱり珍しい、んですね・・」
思わずそう呟いてしまう。野次馬みたいで恥ずかしいが、き、気になる。何でフリーだったのかアルケーさんに理由を聞いても良いんだろうか?ご本人達が居ないのに、話題にするのは気が引けるが、気になるものは気になる。
私の表情を見て、アルケーさんが顔を覗き込んで来る。
「気になりますか?ふふ、少し嫉妬していますね」
はは、と苦笑いをして誤魔化す。私が答えないので、アルケーさんはわざとらしく「うーん」と隣で考え込む。そして、良い事を思い付いた、と言う風にポンと手を叩いた。
「ねぇ、オト。オトがキスをしてくれたら教えて差し上げますよ。オトは情報を、私は貴女からのキスが得られる。どちらにとっても良い提案だと思いませんか?」
アルケーさんが自分の頬を指差す。何だ、唇じゃなくて良いのか、と一瞬思うが、いやいやいや、そうじゃない。やっぱりこういうデリケートな話題は、むやみやたらに詮索したら駄目だろう。気にはなるが明日、会えるんだし聞けるチャンスが有れば、本人達に聞こう。
私が頭を振って、アルケーさんからの提案を断ると、彼は「おや、そうなんですか」と言い、大げさに残念そうな顔をした。
「・・機会が有れば、王子とエナさんに聞きます」
「ふふ、賢明な判断です。でも、もしかしたら『答えたくない』と、断られるかもしれませんよ?」
「それはそれで仕方無いです。きっと事情が有るんだと思います」
私がそう言うと、アルケーさんは私の頭をやんわりと数回撫でた。
「・・オトのそういうところ、好きですよ」
そ、そんな風な言い方されたの初めてかも。私が少し驚いてアルケーさんの方を見ると、にこっと笑顔を向けられ不意打ちみたいなキスをされた。唇が離れると、アルケーさんが悪戯が成功した子供みたいに得意げに笑う。
「報酬はいただいたので、神殿で把握しているお二人の情報を差し上げますね。王子とエナ様の秘密を暴露する訳では無いので、安心して聞いて下さい」
何となく、此処まで来たら「いや、いいです」と断りづらい。私は、アルケーさんに押し切られる形で頷いた。
「春を呼ぶ王子がご結婚に縁が無かった理由は、ご本人に『結婚』の意思がそれ程無かったからだ、と聞いております。有力な貴族からの縁談の打診がかなり有ったそうですが、全て無下に断られたとか」
「・・全部ですか?」
「えぇ、全部」
アルケーさんがそう言いながら、頷く。縁談を全断りする程、結婚したくなかったのに、私なんかと婚約と言うか結婚と言うか、そういう関係になっても良いんだろうか?強引に迫って来るから、「トマリギ」になる事は嫌では無いのかもしれないが・・トマリギに乗り気なのは、もしかして『王族』としての意志なんだろうか?・・何だか、とても複雑な部分に気付いてしまったかもしれない。
私が難しい顔をしている事にアルケーさんは気付かないのか、それとも気付かない振りをしているのか分からないが、そのまま話を続ける。
「エナ様はガラノース家の事情で、家は継がずに神殿に上がる予定だったそうです。まぁ、それも第5王子に見初められ、かなり強引に口説かれて副官として仕える事になったので、神殿に上がる話は立ち消えになったみたいですね。元々神官につもりだったので婚約者等は居なかった、と聞いています」
へぇ、あのエナさんが神官になるつもりだった、とは少し意外だ。そう言えば、お城でエナさんはガラノース家の三男だと聞いた気もする。確かに上に二人お兄さんが居るなら、家を出ても問題無いのかもしれない。あの容姿で神官服を着せて布教活動をしたら・・別の意味での信者が増えそうだ。
「本当は、貴族側としてはもっと有力な家門から『トマリギ候補』を出したかった様ですが、東の副司祭が出した『選定時、婚約中もしくは交際中の者が居ない』と言う条件に合う公爵、伯爵の子息が居なかったそうです。渋々、子爵家であるガラノース家のエナ様が選ばれたみたいですね」
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