名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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北のと蜜月を精々楽しむ事だ

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こうやって、王子の話や今日の出来事を考えると神殿では結構、厳しく「名前の制約」が有ったが、お城は神殿より、そういった部分が大らかなのかもしれない。神殿は大司教様が神官を支配に置く、と言う考え方だから此処より「名前の制約」がしっかり残っているんだろうか?

「オオトリ・・他に聞きたい事は?」
「えーっと・・王子は私の髪の色が変わった事に気付いてます?」

これも気になっていた。ミスティコさんはアルケーさんに髪色を変えて貰った翌朝、驚いていた。でも王子にそんな様子は無かった。

「普通は気付くだろ。何だ、お前、俺が気付いてないとでも思ったか?」
「でも・・今日、午前中にお会いした時、驚きませんでしたよね?事前に知ってたんですか?」
「まぁ、そんな所だ」

王子はトマリギの候補だしミスティコさんが私の様子をあの紙の鳥みたいなので伝えているんだろうか?

「神殿でも、春を呼ぶ王子は人気がおありになる。王子に神殿内の色々な出来事を逐一伝えたくて仕方ない神官が居るんだろう」

私の考えている事が分かったのか、ミスティコさんが眼鏡を直しながら王子の方に視線を向ける。王子は少し肩を竦め「情報が向こうから来るんだから仕方ない」と言った。
えーっと・・ミスティコさんと王子の言い方だと、神殿の情報を王子に積極的に流している人が居るって言う事だよね?それって余り良くない様な気がする。神殿とお城のバランスが悪くならないと良いんだけど。
そう思いながら、ふと窓の外を見ると、王宮に行く途中で見掛けた時計台が視界に入る。良く見てみると、通りには午前中に見た時より大勢の人が行き交う。夕食の買い物や仕事帰りの人達なのかもしれない。隣の王子も、外の様子が気になるのか私から視線を外しじっと行き交う人々や賑やかな商店を見詰めている。もしかしたら彼も私と一緒であまり「外」に出る事が無いのかもしれない。

「・・お前は神殿の外に出た事は有るか?」

王子がポツリと呟く。

「神殿の外・・ですか。今日が初めてだったんですけど・・」
「今日が初めて・・。やはりお前は『籠の鳥』だな」

王子がそう言うと、黙っていた正面のミスティコさんの表情がすっと変わった。聞き捨てならない、といった感じで口を開く。

「まだ外に出すには早いと判断しての事です。認識を誤ると、雛を危険に晒す、私はそう思っております」

ミスティコさんは言い終えると眼鏡を直し、私の方へ視線を向けた。その視線からは「お前の意見はどうなんだ?」という圧力をびしばし感じる。王子も私の事を黙ってじっと見ている。
・・うわぁ、完全に巻き込まれた・・。スルーする訳にも行かず、正直な気持ちをそのまま言う事にした。

「ひ、東の副司祭さんの言う通り、まだ勉強中の身ですし一人で外に出るのは早い・・様な気がします。その内、一人で出掛けられたら良いかなぁ・・なんて。はは・・」

最後、愛想笑いで胡麻化すと隣の王子がにやりと笑う。

「成程。外に出たい、という気持ちは有る様だな。では、一人でなければ問題無かろう?」

王子が私とミスティコさんに同意を求める。ぐっと返事に詰まる。やばい、此処はステイだ。安易に頷かない方が良い。私は王子と目を合わせない様に少し俯き、ちらっとミスティコさんの様子を伺う。

「・・そうですね。オオトリ様を外に出す出さないに関しては『トマリギ』も交えて検討させていただきます」

トマリギの部分にアクセントを置いて、ミスティコさんがそう答えると王子が分かり易くイラっとした。王子の苛立ちを肌で感じて、私は自分に話題を振られない様にさっきより深く俯く。二人には申し訳ないんだけど、私の事は置物ぐらいに思って欲しい。

「あぁ、北の副司祭とぜひ検討してくれ。ついでに、執着し過ぎると却って雛をダメにすると伝えておけ」
「・・ご指導いただき感謝申し上げます」

ミスティコさんが全く感謝の意がこもっていないお礼を口にする。
た、頼むから言い合いはこんな狭い空間でしないで欲しい。此処でやるんだったら、私の居ない時にお願いしたい。
そこからは三人とも無言になり、ふかふかの座席の有難みが薄れる位、居心地が悪かった。寝たふりでもしようかと本気で思ったが、王子の隣で狸寝入りをする訳にもいかず、沈黙が澱の様で・・何となく息苦しかった。

神殿の近くに着くとゆっくり馬車が停まり、ドアをフォスさんが開けてくれた。外からの空気の流れが居心地の悪さを押し流す。
うぅ、ようやく、この妙な緊張感から解放される、と胸を撫で下ろし深呼吸する。正面のミスティコさんは「ありがとうございました」と一言言うと、フォスさんを押しのける勢いでさっさと先に降りてしまった。そ、そんなに王子と一緒なのが嫌だったのかな?ぐずぐずしていたらミスティコさんに置いて行かれかねないので、手短に挨拶を済ませようと王子の方に向き直るとぎゅっと抱き締められた。

「・・オオトリ、3日程したら、こちらから迎えを遣る」
「えーっと、それって、どういう事でしょうか・・」
「そうだな、明日明後日は俺の所に来なくて良い、と言う事だ。・・北のと蜜月を精々楽しむ事だな」

『北のと蜜月を精々楽しむ事だ』という王子の言葉に心臓がどくんと跳ね上がる。別れ際の予想外の言葉に、顔に熱が集まるのが分かった。王子が固まっている私の顔に手を添えて、瞳を覗き込む。私が戸惑っているのと同じ位、王子の緑の瞳も困惑の色を浮かべている。

「・・あぁ、そんな顔するな。責めてる訳でも揶揄っている訳でも無い。単なる嫉妬だ。許せ」

私は王子の「許せ」に小さく頷く。王子は私の唇の端に触れるか触れないかくらいのキスをし、そのまま私の耳元に唇を寄せた。薔薇の香りにふわりと包まれる。

「・・愛している。俺のオオトリ」

湿度の高い囁きの所為なのか、王子からの突然の告白の所為なのか、腰の辺りがぞわぞわして顔に一層熱が集まる。
ず、ずるい。別れ際に不意打ちで、そんな甘い言葉を言うなんて。思わず「私も」とか答えそうになった。私がチョロい事、王子に見抜かれているんだろうか。多分、顔は真っ赤だと思う。
『愛している』と言う王子にどう答えるか悩んだが王子の手に自分の手を重ねる。何時もより王子の手も温かい様な気がする。

「・・う、あ、あの、お迎え・・お待ちしてます」

王子から「愛している」に対して「待っている」と言う返事は、自分でも「狡いな」と思う。王子も私の答えにふっと寂しそうに笑う。

「あぁ、次は余計な物、付けて来るなよ」
「う、気を付けます」

私がそう言うと王子は私から手を離し、少し苦笑いする。

「・・早くトマリギの所へ帰ってやれ。過保護な親鳥は死ぬ程、心配してるだろうから」


馬車を降りて、ミスティコさんと二人で王子の馬車を見送り、隣の彼を見るとお城に行く時は持っていなかった箱を小脇に抱えている。も、もしかして・・その箱の中身・・。私がじっと箱を凝視している事に気が付いたミスティコさんが呆れた様な顔になる。

「あぁ、これはオオトリ様がご所望のタルトですよ。北のとどうぞ召し上がって下さい」
「本当にお土産に持たせてくれたんですね。次にお会いした時にお礼を言わないと」
「えぇ、そうなさって下さい」

ミスティコさんが紫の目を細める。王子と一緒だった時は刺々しかったけど、こうやって二人で居ると何時ものミスティコさんだ。何だかちょっとほっとする。

「あぁ、それと忘れない内に・・これ」

ミスティコさんはローブのポケットに手を突っ込むとごそごそとピルケースの様なつるんとした缶を出した。これって・・もしかして。

「こちらもオオトリ様がご所望だった・・薬です。どうぞ。あぁ、飲み方は薬と一緒に入っています」

ごくごく自然にミスティコさんが私に差し出すから、私も「あ、ありがとうございます」と躊躇なく受け取れた。無くしては困るので私もそれをスカートのポケットにしまう。

「・・今日と明日は溜まっている仕事が有るので神殿の方に泊ります。北のにも、そう伝えといて下さい」
「・・はい」

ミスティコさんは私から視線をすっと外すと、神殿の方向へ歩き始めた。私も彼と並んで帰り道を急ぐ。
ミスティコさんの横顔を見詰めながら思う。仕事が溜まっているなんて・・多分、嘘。ミスティコさんの気遣いに心の中で感謝する。
少し胸の辺りがキリっと痛むのは何故なんだろう。

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