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どっちが俺の本当の気持ちなんだと思う?
しおりを挟む王子が突然「神殿まで送って行く」と言った所為なのか何なのか、私達4人の間に物凄く微妙な空気が流れた。ミスティコさんが眉間に皺を寄せた表情で私の方へ向き直る。
「・・オオトリ様、私が思っていたよりも王子との仲がかなり深まった様で、大変安心致しました」
ミスティコさんは抑揚の無い声で丁寧にそう言うと、不機嫌オーラを出しながらスタスタ先を行ってしまう。そ、そんな嫌みを言われましても・・私も王子が神殿まで付いて来るなんて予想外だった。慌ててミスティコさんを追おうとすると、王子が私の腕を掴み「待て」と言いごくごく自然に自分の腕を差し出して来た。これ「エスコートしてやる」って事だよね?断ったら失礼になるやつだよね・・。うぅ、此処は大人しく従った方が良さそうだ。
「あの、し、失礼します・・」
一応断りを入れ、思っていたよりたくましい王子の腕に自分の腕を絡める。エスコートなんてされた事無いから、これで正しいのか分からない・・。ダンスを習うなら、こういった不測の事態に備えて正しい挨拶の仕方だとかも教えて貰った方が良いかもしれない。
スタスタ先へ行ってしまったミスティコさんは気になるが、王子に腕を預けたまま速足で追っかける訳にも行かず(不本意ながら)王子に従う。エスコートされて気が付いたが、昼ご飯の前に手を繋いだ時は王子は自分のスピードで歩いて、足の長さの違いから私は引き摺られる感じになっていた。しかし今は私の歩幅に合わせてくれている。こういう所は「王子様」だな。
来た道を戻って王宮の外まで出て、ヨーロッパ風の庭園の中を歩く。気が付くとミスティコさんは結構、先まで行ってしまっている。・・えーっと、さすがに私の事、置いて帰らないよね?少し不安になりながら、ミスティコさんのすっと伸びた背中をじっと見詰める。そんな私の気持ちが分かったのか王子が「心配するな」と呟いた。王子の方へ顔を向ける。
「東の副司祭が先に帰ったとしても神殿にはちゃんと送って行く。今更、無理に引き留めたりしない。お前のトマリギが神殿で待っている事は・・俺だって理解しているつもりだ」
「・・あの、ありがとうございます」
少し頭を下げ、王子にお礼を言う。
「無理に引き留めたりしない」か・・。神殿で初めて会った時はあんな騒ぎを起こしたのに。この変化、何だか変な感じだ。
「そう言えば、王子と神殿で初めてお会いした時、引き留めはしなかったですけど私を無理やりお城に連れて行こうとはしましたよね?」
私が悪戯心から、そう揶揄うと王子はあの時の事を思い出したのか少しばつが悪そうな表情になる。
「・・あれはお前が不自由な生活をしていると思ったからだ。まぁ・・今考えると少し強引だった・・とは思う」
打ち解けてきた所為か素直な答えだ。思わず、くすっと笑うと私がわざと意地悪な質問をした事に気が付いたのか、王子は口をへの字にして拗ねてしまった。
「ふふ、ご心配ありがとうございます。無理やり連れて来なくても・・私、ちゃんと此処まで来ましたよ」
「あぁ、そうだな。お前は約束を守った」
むすっとしながらも王子が頷く。その様子が何だが可愛らしく思えて隣でにまにましていると、王子が言葉を続ける。
「・・正直、神殿には帰って欲しくない。だが・・あぁ何て言えば良いんだろうな。またお前に会えるなら・・誰がトマリギで何処に居ても良い。そう思える自分も居る。お前はどっちが俺の本当の気持ちなんだと思う?」
王子が首を傾げて、私に答えを求める。そ、そういう質問は心臓に悪い。胸の辺りがきゅっとして私の方が切なくなる。どぎまぎしながら「ど、どっちなんでしょう?」と答えになっていない答えを返す。
・・彼の言葉に少し心が揺れて「もうちょっと一緒に此処に居ても良いかな」と思った私は本当にチョロいと思う。やっぱり、この人は「トマリギ」になる人だ。私は薔薇の香りのする王子に少し身体を寄せる。
「・・あのですね、王子。此処は、その・・凄く手入れのされた庭園ですね。今度・・ゆっくり見に来ても良いですか?」
これが今、私の出来る精一杯の「次の約束」だ。前回、神殿で別れた時は「またお会いしましょう」とふわっとした約束だった。
でも、今日は王宮に来る理由も付けて「次の約束」をする。私の言葉に、王子は花が開くみたいにふわっと笑う。う、王子様の笑顔って本当に眩しい。
「・・今度、と言わず、明日でも良い」
「えーっと、さすがにそれは・・困ると言うか何と言うか」
「・・冗談だ」
・・本当に冗談だったんだろうか?
王子と話しながら庭園を抜けると、午前中と同じ場所に違う馬車が用意されていた。ミスティコさんは馬車の傍で腕組みして、私達を待っていた。王子の言っていた「此処の馬車」は王族の皆様専用らしく、確かに此処まで来る時に乗った馬車より、豪華と言うか立派な馬車だった。さすがにフォスさんは同乗せず、馬に乗って付いて来る様だ。ミスティコさんも乗馬の心得が有るのか、私達と一緒の馬車に乗りたがらなかった。
「これと二人きりになっても良いって事だな。東の副司祭は本当に気が利くな」
王子が私を指差してそう言った途端、苦虫を噛み潰したような表情で馬車に乗り込んだ。
私もフォスさんに手を貸して貰って乗り込む。座って驚いたのが馬車なのに座席がふかふか!王子の部屋のソファもそうだったけど、やっぱり良い物をお持ちだ。感心していると、王子は当たり前の様に私の隣に座る。き、気まずいかもしれない。でも、ミスティコさんと王子が隣り合って座っている図も想像出来ない。
ミスティコさんは王子に、簡単に送って貰う事のお礼を言うと「後、お願いが有ります」と続けた。
「第5王子、神殿までオオトリ様を送るのは止めて頂きたいんですが。少し離れた所で私達は失礼致します」
「どうしてだ」
「一応、オオトリ様は北の副司祭と婚約中になっておりますので・・目立つ事は避けて頂きたいのです」
王子は「あぁ、そう言えばそうだったな。分かった」とミスティコさんじゃなくて私の方に視線を向け、私の手に自分の手を重ねた。そ、そういう態度が場の雰囲気を悪くするんですが!
私とミスティコさん、王子で場が盛り上がる筈も無く、走り出して揺れる馬車の中は居心地の悪い空気が流れる。乗り心地自体は来た時より全然良いのに。何故だ。
黙ったまま居るのも気まずいので、私は意を決して隣の王子に話し掛ける。気になっていた事が有るのだ。
「あの、王子、今日お会いした方って・・『名前』で呼んでも良いんですか?この世界では名前の制約が有るんですよね?」
気になっていた事の一つに「名前」が有る。王子はあまり周りを気にせずに名前を呼んでいた。それにエナさんは王子の事を堂々と「ハルくん」と呼んでいた。王子からは「俺の事は名前で呼べ」とか言われてないから、呼ぶ予定は無いが、フォスさんやエナさんって名前で呼んで良いんだろうか?
「・・あぁ、そんな事か。フォスは本名じゃないから安心しろ。エナは・・自分から名前で呼べ、と言ったんだから気にするな。あいつは家名で呼ばれた方が嫌がる。後、俺の名前は『ハル』じゃないから安心しろ」
「えーっと・・分かりました」
よ、良かった。さすがに王子の本当の『名前』は取扱いに困りそうだ。
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