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俺は絶対にお前の事を忘れてやらない
しおりを挟む王子から出た突然の「乗馬、ダンス」と言う単語に思わず怯む。王子の言うダンスって社交ダンス系の事だよね。
「じょ、乗馬にダンスですか?」
「馬車に慣れるより、そっちの方が早そうだからな。そうだな、ダンスはゆっくりで構わん。二ついっぺんにこなせとはさすがに言わん」
王子は譲歩したつもりかもしれないが、乗馬は全く経験無しだし、ダンスでやった事有ると言えば、ベタで申し訳無いが創作ダンスとフォークダンス位だ。乗馬や社交ダンスって、未経験者がこなせるようになるまでどれ位掛かるものなんだろ?それに「練習しろ」と言われても、私が勝手に了承しても良いんだろうか?一応、ミスティコさんには確認を取った方が良いんじゃ。
私がうんもすんも言わないのに、王子は勝手に話を進める。ちょ、ちょっと待ってー。
「馬車は酔うんだろ?なら馬車は遣らずに、当分はフォスに迎えに行かせる。それで良いだろう」
「あ、あの・・すいません。良いお話なんですけど・・そのご提案、一旦持ち帰らせて貰って検討させていだだきたいんですが・・」
私は恐る恐る右手を挙げながら王子にお願いする。私の「一旦持ち帰り」に王子がムッとした表情を浮かべた。そりゃそうだ、王子的には充分譲歩しているんだから。
「・・お前、前から言ってるが北と東の副司祭の許可が無いと何も出来ないのか?」
「そういう訳では無いですけど・・。色々一気に言われても・・どちらも初めての経験なので、判断しかねると言うか落ち着いて考えさせて欲しいと言うか」
ごにょごにょと言葉を濁しながら、駄々をこねる。此処はごねた方が勝ちだ。社会人経験から私はそう判断する。
王子は腕組みをして考えていたが、この場で絶対に頷かないぞ、と言う雰囲気を私が盛大に出している事に気が付いたらしい。肩を竦めて「分かった」と諦めてくれた。助かった!
「お前に考える時間をやる代わりに、聞いて欲しい頼みがある。お前にしか出来ない頼みだ。どうだ?」
「う、一応、言ってみて下さい。私に出来そう事なら頑張ります」
「お前にしか出来ない頼み」って言われると、嫌な予感しかしないけど、一旦持ち帰りを了承して貰った手前、無下に断るわけにもいかない。覚悟を決めて、王子の次の言葉を待つ。王子は私の顎を救い上げて、目線を合わせた。
「・・『忘れてくれ』なんて二度と言うな。・・俺は絶対にお前の事を忘れてやらない」
王子は柔らかく私の左の頬を撫でる。王子の触れ方があんまり優しくて自分が大切な何かになったみたいだ。
・・こんなお願いの仕方、反則だと思う。「駄目」って言える訳無い。・・悲しくないのに、少し涙目になってしまう。
「この願い、聞き入れてくれるか?」
「・・はい。王子の言う通りにします。・・でも、私が戻って来るのを待つのは辞めて貰っても良いですか?」
還らない私を待っている王子やアルケーさんを想像すると、ずっと先の未来の筈なのに胸に重い石を乗せられた様な気持ちになる。こんな気持ちを抱えたままで居るのは私が辛い。
「・・オオトリ、俺も北の副司祭も・・それは多分叶えてやれない。そうだな、言い方を変える。何時、戻って来ても良い様に準備しておくって言うのはどうだ?」
王子がにやりと口角を上げ私の顔を覗き込む。ミスティコさんの言葉を思い出す。春を呼ぶ王子は「真っ直ぐで折れない」
私は苦笑いし、王子に自分からぎゅっと抱き着いた。私の突拍子も無い行動は王子も予想外だったらしく彼の身体が一瞬、固まる。
「じゃあ、それで良いです。・・でも待つのに飽きたら素直に諦めて下さい」
自分で口にしながら、ちょっと泣きそうだ。顔を見られたくなくて胸元に顔を摺り寄せた。王子も私の体に腕を回して少し力を込めた。
「それはずっと先の俺に言え。今、こんな状況で言われても忘れる」
「・・はい、そうします。ずっと先ですね」
「ずっと先」か。どれ位、先なんだろう。今のところ、オオトリの顕現から消失までの最短は3年程と聞いたけど。きっと「ずっと先」は私が思っているより先じゃない。おそらく、あっという間だろう。乗馬にダンスに、色々慣れた頃に消えてしまうかも。
王子は私から腕を外すと、私の頬に両手を添えて上を向かせて、もう一度目線を合わせた。
「お前と居られる時間を無駄にする気は無いから、早く俺を『トマリギ』にしろよ」
「えーっと・・はは、ど、努力しますね」
「待たせるな、と此処に来た時、言っただろ」
王子がそう言いながら、ぐっと顔を寄せて来た。彼特有の薔薇の様な香りが強まる。あ、これはまずい。キスされるパターンだ!王子にキスられると腰くだけになってしまって、判断力が著しく落ちるから困る。
手でブロックしたら失礼?お、お断りしたいけど、この雰囲気で「すいません」って言える度胸が私には無い!
王子の唇が微かに触れた時、部屋の外がちょっと騒がしくなった。王子の意識が一瞬、そちらに向いた隙に彼の胸元に手を当てて外野は無視してキスを続けようとする王子を必死で止める。
「・・あ、あの王子、外の様子が・・」
私がそう言うと、王子は仕方無さそうにすっと顔を離すと溜息を吐いて、私の肩に手を置いた。
「はぁ、全く。もう時間切れか」
時間切れ?外の騒がしさと関係有る・・のかな?
一瞬、外の騒ぎが静かになったと思ったら、部屋の重厚なドアがバンっと壊れそうな位の凄い音を立てて開いた。そこから、若干、げっそりした様子のミスティコさんがドカドカと物凄い足音をさせて入って来た。あの物静かなミスティコさんが乱暴に入って来たから驚くと同時に会えた安心感で力がふにゃと抜ける。や、やっと帰って来てくれた!
ミスティコさんは私と目が合うと、少し頷いて眼鏡を直した。あ、いつも通りのミスティコさんだ。
「・・王子、私の方は滞り無く済みましたので、これで私達は失礼致します。オオトリ様のお相手をしていただきありがとうございました」
ミスティコさんがやや早口でそう言い終えると、それを待っていたみたいに見知らぬ男性が「あら?ハルくん、もしかして良い所だった?」と軽口を叩きながら優雅な足取りで部屋に入って来た。彼が入って来た途端、ミスティコさんと王子がうんざりした様な表情になる。そんな二人とは対照的に、入って来た男性は明るい声で王子に話し掛けた。
「ねー、ハールーくーん。東の副司祭さんを引き留めるの、もう限界なんだけどー?神殿に睨まれて僕がトマリギ候補外されたら、ハルくん、絶対に責任取ってよー」
入って来た男性は見た感じ、王子と同じ位の年齢かな?身長は王子と同じくらいだが体つきはほっそりしている。髪の色はプラチナブロンドで丁度、王子とアルケーさんの中間の様な色だ。全体的に儚げな感じだが、王子に笑顔でぽんぽん文句を言っているのが印象的だ。
「・・と、トマリギ候補・・」
私は彼から出た単語を呟く。ミスティコさんが部屋を出て行く直前、王子が『正式決定』とか言ってたが、それは「トマリギ候補」の事だったのか。えーっと、何さんだっけ?何処かの貴族の三男とか言ってた様な・・私が頭をフル回転させて彼の名前を思い出そうとしていると、私の思考を遮る様に新しいトマリギ候補の彼が口を開く。
「ねぇ、ハルくん。そこに居るのが噂の『オオトリ様』なんでしょ。紹介してよー」
透き通る様な綺麗な声でそう言いながらミスティコさんを押しのけ、笑顔で新しいトマリギ候補の彼が近付いて来る。少し身体が竦む。
『・・この人、表情が笑顔のまま崩れない』
アルケーさんもにこやかな表情を基本崩さないが、アルケーさんの笑顔とは何か違うものを感じる。例えるなら、彼の笑顔は仮面みたいに思える。
距離を縮めるトマリギ候補の彼が少し怖くなり、思わず王子の陰に隠れる様に身体をずらす。私の不安が王子に伝わったのか、王子が私を隠す様に一歩前に出た。
「・・エナ、待て。今日はもう良いだろう?オオトリも疲れている。改めて時間は取る。それで良かろう?東の副司祭」
「えぇ、勿論です。ガラノース様の為に、忘れた頃にお時間、お取りしますよ」
「ほらー!僕、絶対に東の副司祭さんに嫌われてるよー!こんなの自己紹介出来る内にしとかないとダメなヤツじゃん」
「ガラノース様、冗談ですよ。ただ、王子が仰る様に今日は私もオオトリ様も朝から忙しくしておりましたので、この辺りで失礼したいのですが。時間は必ず。それはお約束致します」
「えー、名前だけでもダメなワケー?こんなに近くに居るのにー。ハルくんも東の副司祭さんもケチー」
ガラノースさん?が粘る。王子の陰になって見えないけど、笑顔で食い下がっているに違いない。これ、絶対に私が折れた方が早いパターンだ。ど、どうしよう・・。自分がどうすべきか悩んでいるとガラノースさんが「オオトリ様ー」と私を呼ぶ。
「ねぇ、オオトリ様も早く帰りたいんでしょ?ちゃちゃっと済ませた方が良いと思わない?こう見えて僕、結構しつこいんだよねー」
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