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酷な事を言っている自覚が有るか?
しおりを挟む以前、第5王子は『いつ消えるか分からないなら、尚更、伝えられる時に伝えた方が後悔が無い』と言っていた。あの時の言葉は、先代のオオトリとトマリギの件が有っての言葉だったんだ。
自分が元の世界に戻った後の事はぼんやり想像した事は有った。でも、王子の話は自分の想像の何倍も重かった。
先代のオオトリは元の世界に戻って「幸せ」だったんだろうか?「喜んだ」んだろうか?数年間こちらに留まって「トマリギ」との仲を深めるって良く考えたらとんでもなく残酷な事なのかもしれない。数日で消失するんだったら、後悔や愛情を残す事も無く去って行けるのに。
あ、やばい。そんな事を考えていたら鼻の奥がつんっとして来た。
「・・あの、王子。一つお願いが有るんですが・・聞いてもらえますか?」
手を繋いだ隣の王子に話し掛けるが、彼は黙ったままだ。王子からの返事は無いが、彼の方へ視線をきちんと向け一呼吸置いて続ける。王子は私と視線を合わせたくないのか、じっと窓の外を見たままだ。
「・・王子は私が還っても・・待ってくれなくても良いですから、ね?・・私の事はなるべく早く忘れて下さい」
私の「お願い」に対しても、隣からは何の反応も無い。私も黙って、彼の鼻筋の通った綺麗な横顔を見詰める。王子は短い溜息を吐くと、ようやくこちらに顔を向けた。
「お前は・・酷な事を言っている自覚が有るか?」
王子は苦虫を噛み潰したような表情だ。私の所為で綺麗な顔を歪ませているのは本当に申し訳ないと思うが、今伝えておかなきゃいけない。
「・・はい。分かってはいます」
「・・そうか。分かって言ってるんだな。全く、俺のオオトリは良い度胸だ」
呆れた、といった感じでそう言うと王子が少しだけ表情を緩めた。私は王子と繋いだ手に少し力を込めて身体も彼の方に向けた。
「・・何だか、今しかお願い出来ない様な気がして」
これから先、『トマリギ』との仲をもっともっと深めてしまったら「私の事は忘れて欲しい」とか、冗談でも言えなくなる気がする。言葉にした瞬間、離れ離れになる未来を改めて胸に突き付けられる気がして、きっと口に出来ない。
でも「トマリギ」の誰かには、私が居なくなった後の「私の希望」を知って欲しいと思った。私的には、それが春を呼ぶ王子で良かったと思うけど、きっと彼からしたらいい迷惑だろう。
「王子にこんな勝手なお願いをして・・その、本当にすいません」
「・・勝手、か。そうだな」
王子は私の言葉に頷くと、身体を向け私の頬をふわりと撫でた。そして自嘲気味に笑う。
「元はと言えば、この世界がお前達オオトリを勝手に召喚した所為だ。召喚したのに、俺達は今も昔も戻す術を持たない。最初に酷で勝手な事をしたのは俺達の方だ」
言い終えると、王子は辛そうな顔をし「すまない」と小さく呟いた。
王子の「俺達は今も昔も戻す術を持たない」と言う言葉で、私はアルケーさんから「元の世界に戻す方法は無い」と教えられた時の事を思い出した。あの時、私は召喚したヤツを絶対にぶん殴ると心に決め、泣き喚いた。
私は何も言わず彼と繋いでいない方の手の平で、さっき彼がした様にふわりと頬に触れる。
「・・ぶん殴ってないのに、そんな痛そうな顔しないで下さい」
突然、私が何の脈絡も無い事を言い出したので王子が呆気に取られる。あまり見た事の無いきょとんとした王子の表情に少し口元が緩む。
「あ、何言ってるか分からないですよね。その、前に元の世界に戻る方法が無いって聞いた時に『私を召喚した人を絶対に殴る』と決めてて。その、王子は・・私を召喚した人ですか?」
「直接は関わってないが、全くの無関係じゃない。オオトリの召喚は陛下と最上位の神官、主席宰相が認めないと出来ない。少なくとも父上は関わっている」
王子はすーっと息を吸い込むと少し屈んで目を閉じ、私の方へ顔を寄せた。どうやら「ぶん殴っても良い」と言う意思表示らしい。
バシレイアーの王、つまり目の前の第5王子のお父さんが関わっているからと言って、彼をぶん殴るつもりは毛頭無い。でも「気にしないで」と私が言っても、目を閉じて殴られ待ちの彼がこのまま引っ込むとも思えない。王子の彫りの深い顔を見詰めながら、デコピン位が妥当か?とか考える。
「もうちょっと屈んで貰っても良いですか?えーっと・・歯を食いしばってないと色々危ないらしいので気を付けて下さいね」
私は漫画や小説で得た知識で王子を脅す。私の薄っぺらい脅しに王子の肩がほんの少しだけ反応する。本当に素直で真っ直ぐだな、と思う。
私は、わざと大きくすーーーっと聞こえる様に深呼吸する。そして、頬に手の平をピタピタと当てた後、がばっと両手で王子の頭をつかみ、シャンプーする様な感じでわしゃわしゃと撫でた。柔らかい癖毛がくすぐったい。巻き毛の犬を可愛がってるみたいだ。普段の彼だったら、すぐさま「おいッ!」と言いながら私の腕を掴んだと思うが、今回は黙ってされるがままになっている。
「・・こんな事、許すのはお前だけだ」
私が手を離すとと目の前の王子がゆっくり目を開けてじとりと私を睨む。ぼさぼさ頭になっても麗しい王子様然なのは変わらない。ぶつぶつ文句を言いながら手櫛で金色の髪を整える彼の姿に頬が緩む。私がくすっと笑ったのが分かったらしい。
「一応聞いておく。お前の世界では、これは『殴る』と同じ意味なのか?」
「はは、まさか。えーっと子どもを褒めたり・・言ってみれば愛情表現の一つですかね」
口にしてからしまった、と気付く。「子ども」の部分は余計だったかな?「子ども扱いするな」と不機嫌になっていないかと、ちらっと向かい合う王子の表情を確認すると、私の予想とは真逆だった。口元を手で覆って耳の方が少し赤くなっている。な、何で?何処に赤面ポイントが有った?
「・・お前、今『愛情表現』って言ったな」
し、しまった。調子に乗り過ぎた。これは所謂「言質を取られた」状態では?さっきの余裕は何処へやら。私の方が焦り始め、しどろもどろになりながら弁解する。
「あ、あの、確かに言いましたけど、そのですね、愛情表現って言っても男女の愛情よりもっと広い愛情ですよ?人類愛って言うか・・」
よくよく考えたらかなり失礼な弁解だが、王子はそんな事はどうでも良いらしい。王子は口元を手で覆ったまま考え込んでいる。
「・・もっと広い愛情表現か。オオトリお前、やっぱり此処へ毎日通った方が良いんじゃないか?」
調子に乗ったばっかりにめっちゃ蒸し返されている。そう言えば此処に通う通わないの話は「食事をしながら続きを聞こう」とか言われた気がする。
「え?あー、繰り返しになっちゃうんですけど、此処まで来るのが大変と言うか、毎日は無理と言うか・・」
「具体的に何処が大変なんだ。善処してやる」
ぐ、凄い詰められている。部屋で二人きりだと逃げ場も無いし、助けてくれる人も居ない。自分で何とかしないと。・・大変、大変、毎日通うのが大変な理由・・。
「えーっと・・馬車!そう!馬車が大変なんです。乗り慣れてなくて、今日此処へ来る時も酔いそうになって」
嘘は言ってない。馬車の乗り心地が想像より堪えがたいものだった事は本当だ。嘘ではないから私の答えに王子は素直に頷く。
「あぁ、確かに・・お前は特に慣れるまで時間が掛かりそうだな。慣れそうか?」
「ど、努力はしますけど・・」
乗り物酔いって慣れれば、しなくなるんだっけ?慣れるまで馬車に乗り続けるって勘弁して欲しいなぁ、と思いながら、私が言葉を濁すと王子は「お前、運動は出来る方か?」と聞いて来た。
「普通だと思うんですけど。あッ!言っておきますけど、体力は有る方ですけど、足は遅いですよ」
まさかまさかだけど、神殿から此処までマラソンか競歩をさせる気なのでは?と思い慌てて「足は遅い」事を付け加えた。私の返事に王子が口角を上げる。
「体力が有るのは色々好都合だ。オオトリ、お前、フォスから乗馬を習っとけ。後は、ついでにダンスだな」
王子は「名案だろう」と言う顔で満足気だが、私は突然の宿題と言うか課題に頭を抱えたくなった。
・・先代のオオトリは、外に出る事があまり無かったと聞いたけど、当代のオオトリはめっちゃ外に出なきゃいけないらしい。どうして。
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