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一度、消えた者は戻らないのに
しおりを挟む私が変な所で胸を撫で下ろしていると、すぐに食事が運ばれて来た。
確かに神殿の食事とは違う。まず気になったのがぱっと見、クリームリゾット・・らしき物。とろっとしたご飯の様な物の中にキノコやベーコンが見える。それに香草が乗せられたムニエル。王子はグラスに注がれた透き通った金色のアルコールっぽい飲み物を口にしている。私の視線に気が付くと首を傾げた。
「どうした?毒なんか入ってないぞ。見てないで遠慮無く食え」
「あ、はい。お言葉に甘えて・・いただきます」
まさかお米が有るのか?と思ってぱくっと口に入れるとぷちっとした歯ごたえ。大麦っぽい食感がした。神殿ではパン食が中心だったからお米では無いが、このメニューは嬉しいし美味しい。
「どうだ?此処の食事の方が美味いだろう」
「・・確かに美味しいです」
「美味しい」の後に「どちらの食事も美味しいです」と付け足すと、王子はふっと笑いグラスの中を飲み干す。神殿での食事と違ってしっかりした味付けだし、香辛料もふんだんに使われているんだろう。ムニエルからは香ばしいハーブの香りがする。
「気に入ると思った」
にっと王子が得意げに笑う。あ、もしかしたら・・このお昼ご飯・・。
「・・あの、王子。もしかして、これも先代のオオトリが好んだメニューなんですか?」
「・・らしいな。城の記録ではそうなってる」
王子はそう言い、綺麗な所作で食事を口に運ぶ。
私は目の前の昼食をじっと見詰めた。神殿でも先代のオオトリが食べていた物は出て来たし、好んだお茶も出て来た。しかし好んだ『紅茶』以外に、お城みたいに『先代のオオトリの嗜好品』みたいな物が出された記憶が無い。
ミスティコさんもアルケーさんも余り先代のオオトリの話題は出さない。でも王子は違う。とても詳しい。
私は食べ終えるとカトラリーをそっと置き、正面の王子に尋ねる。
「もしかして、先代のオオトリって、今の私とは逆でお城に住んでいて・・その、トマリギもお城の人だったんですか?」
王子はナプキンで口元を拭うと、溜息を吐いた。そして「その話はちょっと待ってろ」と言い、フォスさんに指で合図をする。するとメイドさん達が入って来て、食べ終わった食事を片付け、お茶の用意をして出て行った。
王子はカップのお茶に口を付け、先代のオオトリのトマリギの事を教えてくれた。
「・・お前が言う通りだ。俺の祖父の弟、つまり大叔父が『一番目のトマリギ』だった」
お城の人って言うか、当時の王様(多分)の弟がトマリギだったのか。
以前、先代のオオトリは100年程前に召喚された、と聞いた事がある。えーっと・・元の世界だと大正時代?昭和初期?・・よく覚えてないけどそれ位か?この世界では祖父位の代になるのか。
「・・だから、此処には、こんなに先代のオオトリの好きだった物の記録がしっかり残ってるんですね」
「こっちの世界に居る間はほとんどを此処で過ごしていたらしいからな」
「あの、誰か当時を知っている人、お城にいらっしゃいませんか?」
ミスティコさんは歴代のオオトリは日記等を残さなかった、と言っていた。もし、オオトリ本人と接触した事が有る人が居るなら、ぜひぜひ話を聞いてみたい。私が少し期待しながら聞くと、王子は左右に頭を振った。
「残念ながら残っていない。そもそも大叔父がオオトリをあまり外に出さなかったらしい。噂だと、大司教は会った事が有るとか。あくまで噂、だがな」
「あぁ・・そうなんですね」
思わず肩を落としてしまう。おじいさんくらいの代なら、関係者がまだお城に居るかも、と思ったが、まず人との接触自体が無かったのか。
そう言えば「大司教様は先代にお会いした事が有るかも」とアルケーさんが言っていた様な気がする。半信半疑だったが本当だったっぽい。先代のオオトリはほとんどをお城で過ごしたと王子は言っていたけど、神殿で過ごした時間も有っただろうから、大司教様はその時に顔を合わせたのかもしれない。今度、大司教様と面会する機会が有れば聞いてみようかな・・。
王子とじっくり話すと新しい発見も多いが、気になる点も有った。・・そんなにお城の方に居て神殿と揉めなかったんだろうか?私がその事を王子に尋ねると「大いに揉めた、と聞いている」と返って来た。やっぱり。そりゃそうだ。
「大いに揉めたが、王族であろうと神官であろうとオオトリ本人の意思を無視する事は出来ない。『無理強いすれば、オオトリはさえずりさえ辞めてしまう』と言われているからな」
「・・それって、どういう」
王子の言葉に不穏な影の様なものを感じ、胸の辺りがざわりとし言葉に詰まる。
「昔からの言い伝えみたいなものだ。無理強いすると碌な事にならないって事だろ」
不安の所為か少しの息苦しさを覚え、首元の辺りを押さえる。指先にリボンが触れた。
王子は言い伝え、と言うが私には心当たりがある。
『無理強いすれば、オオトリはさえずりさえ辞めてしまう』・・・きっとトマリギを折られたあのオオトリの事だ。王子がさらりと口にしたところを見ると、きっとトマリギが謀殺された事実は伝わってないんだと思う。ミスティコさんもそう言っていたし。
「『さえずりさえ、辞めてしまう』・・言い、伝えですか・・」
途切れ途切れに呟く。そうか、あの話はそういう形で残っているんだ。
「言い伝えが有った所為か知らんが、先代のオオトリに無理強いはしなかった。それでも多少は神殿に通ったらしいな」
成程、だから「オオトリが好んだ紅茶」だけは神殿に残っているんだ。先代は神殿の食事はあまり口にしなかったのかもしれない。トマリギ以外との接触も余り無かったみたいだから神殿に記録が少ないのも納得だ。神殿に通ったと言う事は二番目のトマリギは、多分アルケーさんみたいな神官だったと思うけど・・二番目の人はオオトリとの交流が少なくても平気だったのかな?
「先代のオオトリは此処で預かったから、次に召喚するオオトリは神殿での預かりになる、神殿と大いに揉めたがそれで決着したと聞いている」
「あ、だから私がこの世界で最初に目が覚めた時、神殿だったんですね」
私が召喚される前から、そんな取り決めが有ったのか。何だか妙に納得しお茶を一口飲む。
もしかしたらスタート地点は神殿じゃなくて此処だったかもしれない。そうなってたら、目の前の金髪に緑の瞳の王子が『一番目のトマリギ』だったのかな?そんな「もしかしたら」の世界の事を考えていると王子と目が合った。
王子から色々と先代のオオトリに関する話を教えて貰えて良かった。
「あの、王子。色々教えて貰えて良かったです。ありがとうございます」
「あぁ。まぁ、俺が話さなくても此処に居ればいずれ知る事になっただろうな。先代の痕跡が此処には、まだ残っているからな」
痕跡が残っている?私が首を傾げると、王子がお城にはオオトリが好きだった食事以外にも、お気に入りの場所、花等が変わらず残っている、と教えてくれた。
オオトリが大切にした場所や物は、彼女が消失した後もトマリギだった王子の大叔父自らが心を込めて育て守ったそうだ。
王子はスッと席を立つと窓際まで行き、私に「ちょっと来い」と手招きをした。
「此処から見える庭園の一角に小さな温室が有る。二人は良くそこで過ごしていたらしい」
王子の隣に立って、彼の指差す方向を見ると、確かに日に照らされて周りの景色を反射している小さな温室が見えた。
秘密の花園っぽい、と呑気に考え、王子に「機会が有れば見に行っても良いですか?」そう尋ねようと隣を見上げた。すると眉間に皺を寄せ、苦しそうな顔をしている王子と目が合った。その表情に息が詰まる。
「・・先代のオオトリが消失した後も、大叔父はずっと・・ずっと待っていたそうだ。温室も食事も部屋も・・いつ、戻って来ても良いように」
王子はそこで言葉を区切ると、私の手をぎゅっと握った。少し痛い位だ。薔薇の様な香りが一層強くなる。
「・・一度、消えた者は戻らないのに。・・絶対に・・二度と、此処には、戻って来ないのに」
震える声で紡がれる王子の言葉に、ぎゅっと胸が苦しくなる。心臓が締め付けられているみたいだ。
私は黙って王子の手を握り返す。自分が今、此処に、隣に居る事を伝えたい。言葉じゃなくて、この身体で。そう思いながら、より力を込める。
眩暈を覚える位の花の香りに包まれ、王子が私との時間を「貴重な時間」と言い、あんなに欲しがる理由が分かった様な気がした。
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