名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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どうやったら素直に頷いてくれるんだ?

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王子は私がそう言うと私の手に自分の手を重ねて、ぐっと自分の頬に押し付けた。彼の体温が私の手の平に伝わる。同じ様に私の体温が彼に伝わったのか王子の強張っていた表情が少し和らいだ。私もつられて微笑む。

「・・あまり待たないからな」
「ど、努力はします」

この『努力はする』と言う返答が気に入らなかったらしい。で、でも他に良い回答無いんだけど。
王子は「ふぅん」と面白くなさそうに鼻を鳴らし、重ねていた手をゆるりと外す。私は頬に添えていた手をそっと引っ込める。う、天気が急変する前に似ている。嫌な予感がするんだけど。私が風向きに焦り始めていると、真っ直ぐペリドットの瞳を私に向け、ぐっと身体を近づけて来た。

「・・口では何とでも言える。具体的には?」

うわッ!やっぱりそう来たか。
王子との距離は近い。しかし王子の口調が詰めている所為かキスをした時の様な甘い雰囲気では無い。どちらかと言うかミスした部下に解決策を捻り出させる上司に近い・・かもしれない。「さぁ早く具体策を出せ」とばかりに、ぐいぐい詰め寄って来る。

「ぐ、ぐ、具体的ですか?えーっと・・」

王子が一歩近づけば、その分私が後ずさる。た、頼むからじっとしていて欲しい。王子がじりじり近付く所為か良い考えが浮かばない。焦っていると、背中に廊下の壁がどんっとぶつかった。あ、詰んだかもしれない。王子と廊下の壁にサンドされた状態になる。身体を横にずらして、この状況から逃げようと思ったが、左右を腕で封じられ、逃げ場が無くなる。

「あの、王子・・せ、狭いし苦しいです・・」

私は王子の方をじとりと睨む。でも王子は何処吹く風だ。私の抗議に少し首を傾げただけで流された。王子と壁に挟まれたまま私がむすっとしていると王子の形の良い唇の片方がにやりと上がる。

「・・どうやら良い考えが浮かばないようだな。お前の代わりに考えたんだが・・『此処に毎日通う』と言うのはどうだ?城に越して来るのは嫌らしいからな」
「むッッ!」

私は「無理です!」と声を上げそうになり思わず自分の口を押える。王子の提案を速攻「無理」判定したら絶対に機嫌が悪くなるに決まっている。しかし、こんな時に限って王子は勘の良さを発揮し、私の「むッ!」と慌てぶりを見て諸々察したらしい。

「・・まだ試してもないのに『無理』はないだろう?」

王子は機嫌の悪そうな低い声で言う。
そりゃ、そうだ。彼はいずれ私と親密な関係になる人だ。時間が経てばお城にだって頻繁に訪れる事になるかもしれない。なのに「お城に毎日通う」と言う提案を秒で無下にされたら機嫌も悪くなるだろう。
私が謝罪しようと口を開きかけると、王子は身体を少し曲げて私の耳元に唇を寄せた。

「・・どうやったら素直に頷いてくれるんだ?本当につれないな、俺のオオトリは」

機嫌の悪そうな声から一転して乞う様に甘く囁かれる。王子の唇が一瞬、耳に触れる。その刺激が電気が走ったみたいでぶるっと肩が震える。

「す、すい、すいません!!あー、あの、無理って言うか難しいって言うか・・その、毎日はちょっと」
「北の副司祭とは一緒の部屋で生活してるんだろ?朝と夜は神殿で昼は此処。どうだ?バランスが取れてるとは思わないか?」

王子の指摘に、神殿が家で第5王子の所が職場と思えば、確かにアリかもしれない?と一瞬、考える。
今日みたいに、朝はアルケーさんと一緒に準備して、あの乗り心地に難ありの馬車に乗って登城。お昼は王子と過ごして、夜はまたアルケーさんの所に帰って・・と自分の1日の行動を想像して頭を振る。少しでも「アリか?」と考えた自分、血迷っているのか!やっぱり無理だろう!昼食前なのに、こんなに疲れる状況になっている!これが毎日続くとか、多分3日目位でぶっ倒れる。

「あの、王子、毎日はやっぱり難しい・・と思う、んですけど」

王子の不機嫌スイッチを踏まない様に、申し訳なさを前面に出す。

「へぇ、俺は良案だと思うんだがな。何が不満なんだ?」
「え、いや、不満と言うか、私にとって大変と言うか・・」

王子は私の「大変」という言葉に少し身体を離してちょっと考え込むような顔をした。え、何か良からぬ事を考えてないか?私が警戒していると、王子は私の方へ手を差し出す。

「『大変』・・ねぇ。まぁ、良い。食事でもしながら続きはゆっくり聞こうか。良い頃合いだろう」

うげ、食事中もこの話題が続くのか。食事中に何か面白い話題でも振ったら忘れてくれないかな、と思いながら王子の手を取る。
はー、何とか諦めて貰わないと。勝手にお城に通う約束なんてしたら、ミスティコさんに「勝手な事するな!」と怒られそうだ。・・そうだ、ミスティコさん、まだなのかな?

「東の副司祭なら、まだ戻って来ないぞ」
「え」

わッ!何で分かったんだろう。王子はとても魔力が強いらしいが心が読めたりするんだろうか?私がそう思っていると、王子がくっくっと笑う。

「お前は全部顔に出るからな。見てる分には面白いが・・神殿を出るなら、エナや北の副司祭を見習った方が良いぞ」
「え、エナ?さんと北の副司祭さんを見習えって、どういう・・」
「アイツら腹の中と表情が恐ろしい位に一致しない。北の副司祭も笑いながら怒るだろ?」
「確かに・・たまに笑顔で怒られます」
「はは、アイツら器用だよな。えらくひねくれてるが、な?」

王子はそう言いながら私と顔を見合わせて笑う。その笑顔を見詰め、彼が「春を呼ぶ王子」と呼ばれている理由が分かった様な気がした。ミスティコさんも言っていた。「真っ直ぐな癖に折れない」と。私は、少しうるさい自分の胸を押さえて思う。

『やっぱり、この人は私のトマリギになる人だ』

王子と一緒に、彼の部屋に戻るとフォスさんが部屋の前で待っていて、私達に気が付くと「お帰りなさい」と声を掛けてくれた。フォスさんは扉を開け、私達に中に入る様に促す。部屋に入って驚いたのが、ソファセットがダイニングテーブルのセットに入れ替わっていた事だ。どうやら食事しやすい様にしてくれたらしい。低いテーブルだとがっつりご飯を食べるには不便だから助かった。うぅ、お気遣いありがとうございます。後、重い家具を移動させてすいません。
私が部屋の模様替えに感心していると、フォスさんが椅子を引いてくれ、第5王子にも同じ様に椅子を引く。フォスさんは外に控えている人に食事の準備をお願いすると扉を閉め、王子の傍に控えた。

「・・殿下、思っていたよりも遅いから心配しましたよ」
「そんなに気掛かりなら、何時もみたいに連れ戻しに来れば良かったじゃないか」
「・・その、お二人一緒で仲睦まじい所を・・お邪魔しては申し訳無いですし」

そう言いながらフォスさんは少し頬を赤らめる。フォスさんの反応で私ははっと気が付いた。
・・フォスさんって、高感度で魔力が感知出来るからGPS機能みたいなのが使えるんだよね?ま、まさか・・位置情報以外にも諸々分かったりするの?やましい事はして無いが、変な場所から汗が滲む。私が動揺しているのに、正面の王子は涼しい顔だ。

「あぁ、まぁ・・確かにな」

王子はフォスさんの「邪魔しちゃ悪い」に対して、心当たりの場面が有るかの様に頷く。フォスさんもフォスさんで「ですよね」と言う感じで恥ずかしそうにしながらも納得している。
ぐぬぬ・・食事の前にこんな羞恥プレイをされるとは。しかし、こんな状況でも救いだったのはミスティコさんが同席していない事だ。それだけは本当に助かった・・。
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