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軽々しくお前に触れるのは気に入らない
しおりを挟む私が王子からの言葉に目を丸くしていると、フォスさんがミスティコさんに声を掛けた。声のした方に視線を向けるとフォスさんは扉に手を掛けていた。
「どうぞ、東の副司祭様。執務室までご案内します」
「いや、結構」
物腰柔らかなフォスさんの申し出をぴしゃりとミスティコさんが断る。ミスティコさんは出入り口の方へは向かわず、私と王子の傍まで来た。私を挟んで第5王子に頭を下げた。
「・・王子、宜しくお願い致します」
ミスティコさんがそう言うと、王子は「あぁ」と短く答えた。
「・・これは誰が何と言うと、私にとっては『護らなければならない雛』です。どうかお忘れなきよう」
普段のミスティコさんから想像でも出来ない程の低い声だ。頭は下げているが、声だけ聞くと喧嘩を売っている感じに近い。
ミスティコさんは顔を上げると、私に視線を向けた。さっきは、そっぽを向かれた。今度は間違いなく嫌味を言われるターンに違いない、と思い身構える。
「・・すぐにお迎えに上がります」
ミスティコさんはそう言うと、私の濃い灰色の髪の一房を取って口付けた。ぱらっと私の髪がミスティコさんの手の平から零れ落ちた。
さっきは王子の砂糖を吐く様な言葉に驚いたが、今度はミスティコさんの行動に固まる。でも、此処で無言でいたらミスティコさんに失礼・・かもしれない。
「・・え、と・・待ってます」
心の中で「なるべく早く帰って来て貰えると嬉しいです!」と付け加える。伝わるかどうか分からないけど。
「・・はい」
ミスティコさんは恭しく王子に一礼すると、彼の香りを少し残して部屋から出て行った。
・・私のすぐ隣から冷気が漂っている・・様な気がする。な、何でこの世界の魔力の強い人は怒るとクーラーみたいな気流を出すんだろうか。私が手を繋がれたままふるふる震えていると、ドアが閉まる音と当時に王子が口を開いた。
「・・一応、確認だが・・東のとは何も無いんだな?」
うわッ!来たッ!やっぱりストレート真っ直ぐ、ド真ん中だ。繋がれた王子の手に力がこもる。
「・・な、何かとは?」
本当に王子には申し訳無いが、一応一回、とぼけてみる事にした。ミスティコさんとは身体的な触れ合いは基本無いけれど、同じ部屋に住んでいるので、それが王子の言う『何か』に抵触する可能性は無くはない。
「・・北の副司祭は、陰湿で気に入らないが、あれは正式なトマリギだから・・俺が何か言える権利は基本無い。だが、東のはトマリギの選定を任せられているだけで『候補』ですらない。軽々しくお前に触れるのは気に入らない」
「あー・・、ミ・・東の副司祭さんは、私と・・言うかオオトリに関する事に一生懸命で・・多分それだけだと思うんですけど」
春を呼ぶ王子が冬を呼び込みそうな瞳で私をじろっと睨んだ。
「・・お前は本当にそう思っているのか?」
た、確かにミスティコさんからスキンシップと言うか触れられる事は有るけど、アルケーさんみたいに性的なモノは感じられない。だから私は王子の「そう思っているのか?」と言う質問にこくこく頷いた。隣の王子は私の返答に納得いかない表情だが、それ以上聞いて来なかった。ぎりぎりセーフ・・かな。
「・・まぁ、今は良い。フォス、昼食の準備を」
え、もうお昼の時間?時計もスマホも無いから分からない。確かにさっき美味しいタルトは頂いたが、それが呼び水みたいになってお腹が空き始めている様な気もする。ミスティコさんは居ないけど勝手にお昼食べても良いんだろうか。
「どちらに準備をしましょう。此方で召し上がりますか?」
「外に連れ出すと、東のがうるさそうだ。此処で」
フォスさんは「承知しました」と言い、私と目が合うと微笑んだ。王子は私に「用意が整うまで付き合え」と繋いだ手をぐいぐい引っ張って私を部屋の外に連れ出した。部屋から出る時、フォスさんが「行ってらっしゃいませ」と頭を下げたので、私は咄嗟に「え?あ、行って来ます」と答える。
王子に引き摺られるようにして、元来た道と言うか廊下を戻る。確かこっちはお城の出入り口に向かう道の筈だ。
「お前、絶対に城で迷うなよ。簡単には見付けられないから、城内では絶対に俺の目の届く所に居ろ」
「そ、そうですね。こんなに広いとなかなか見付けて貰えないかも。き、気を付けます」
王子の後を速足で追う私がそう言うと、王子が足を止めて振り返った。
「普通のヤツは城の何処で迷おうがフォスが居るから見付けられる。だが、お前は違う」
「それってどういう意味・・」
普通の人は見付けられても、私は難しいってどういう意味だろう。私が首を傾げると王子は私の胸元辺りを指差す。
「お前には魔力が無い。だからフォスでもお前の居場所が感知出来ない。そう言えば分かるか?」
王子の言葉の意味って、魔力が有る人ならフォスさんは見付けられるって言う事だよね。
あー、成程。私が香りで魔力の強さが分かる様に、フォスさんはどうやらその人の発する魔力で居場所が分かるらしい。だから、私とミスティコさんが王子の部屋に入る前に、扉を開けて「お待ちしておりました」と迎えてくれたのか。
「な、何となく分かりました。フォスさんって魔力が有る人なら、その人の居場所が分かるんですね。それって凄く便利と言うか・・良い能力ですよね」
だって、人の居場所が分かるってGPSみたい感じだよね。スマホも無いこちらの世界で位置情報が読み取れるのはとても重宝される能力なのでは。私の言葉に王子は「ふふん」と、とても得意そうな表情を浮かべる。
「あぁ。フォスの様に微弱な魔力でも感知出来るのは珍しいからな。神殿からも召し上げたい、と何度も言われた」
はー、あの神殿からも是非に、と言われる位、フォスさんは優秀な人なんだ。気遣いもアルケーさんみたいに細やかだし、確かに何処でもやって行けそうな感じではある。
王子もフォスさんの話をしながら何処となく誇らしげだ。お兄ちゃんを自慢する弟の様でちょっと可愛らしい。思わずにまにましてしまう。
「・・何だ、その気持ち悪い顔は」
「え?いや・・すいません」
王子が眉間に皺を寄せて完全に不審者を見る目でこちらを見ている。やばい、にやにやがそのまま顔に出ていたらしい。私は慌てて自分の頬を押さえて緩んだ表情筋を戻す。
王子は私が若干落ち着きを取り戻したのを確認すると、また私の手を取って歩き出した。さっきは王子に引き摺られたが今度は私の歩幅に合わせてくれている。私は少し前を行く王子に話し掛ける。
「あの、第5王子とフォスさんって仲が良いんですね」
「・・まぁ、な。子どもの頃からの付き合いだ。フォスに剣術を習ったり、魔力の扱い方を教えて貰ったりした」
え、その思い出、もの凄く萌えるんですけど。その様子を見たかった。とても非常に見たかった。どうやらまたにたにたした顔をしていたらしい。王子はちらっと私の方を振り返った際に私のにやけ顔を見てしまったらしい。
「・・お前、フォスの話になると気持ち悪い顔になるな。何でだ?」
王子は呆れた様な声で尋ねる。
気持ち悪い顔、は微妙に傷付くが、確かに傍から見たら可愛らしい笑顔とは言い難いだろう。
「あ、っと・・本当にすいません。何と言うか・・お二人の関係が微笑ましいな、と思ってたら無意識に緩んでしまいました」
「俺とフォスが微笑ましい?」
「えーっとですね、東の副司祭さんと北の副司祭さんはライバル関係にある同級生だったらしいんですけど、フォスさんと王子は兄弟みたいで・・良いなぁ、と」
私がそう言うと王子は「そんなものか?お前の感覚は分からん」と分かり易く肩を竦めた。前を歩く王子が少し振り返る。
「オオトリ、お前、兄弟は?」
「えーっと・・確か・・妹が一人・・だった様な気が」
私は無意識で「だった様な気が」と口にしたが、その言葉に自分ではっと驚く。
自分の家族の事なのに「だった様な気が」って何?その事に気が付いて、ぞわっと足元から冷える様な嫌な感覚に襲われる。前にも似た様な事が有った。自分の事なのに、記憶の引き出しが引っ掛かった様に上手く開けられない、そんな感覚。
私が忘れているのは自分の名前だけの筈なのに、どんどん記憶が端っこから欠けて行ってる様な気がする。それが怖くて恐ろしい。私、もしかしてこのままちょっとずつ元の世界の記憶を失くして行くんだろうか。
気が付くと私は足を止めていて、王子も手を繋いだまま私の傍にそっと立っていた。
「・・大丈夫か?」
「あ、はい・・だ、大丈夫です、多分。あの・・すいません。ちょっと・・考え事をして」
私が震える声で言い終える前に王子は繋いでいる方とは逆の手を私の背中に回して、ぐっと胸の中に抱いた。
「・・俺が言い切ってやる。・・大丈夫だ」
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