名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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お前は守られてばかりの『雛』なのか?

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王子は俯いたままだが、私が隣に腰掛けた事は気配やソファの沈み込みで分かったと思う。でも、こちらを見る気配は無い。隣に居る私の事は完全にスルーだ。
私は、気持ちを落ち着かせる為に王子の背中を数回、撫でた。仕立ての良いシャツ越しにぴくりと背中が震える。でも、第5王子は何も言わない。彼からの反応を待って持久戦に持ち込むのは不毛なので、私の方から口を開く。

「・・あの・・王子。私、そんなにすぐに消えていなくなったりしないですよ?」

私の言葉に彼からの返事は無い。彼の背中を子供を慰める様にゆっくりと撫でながら言葉を続ける。

「・・来年も再来年も居ますよ・・えっと・・多分」

確約は出来ないので『多分』と付け加えた事が余計だったのか、ようやく王子がこちらに視線を向けた。と言うか、じとりと上目遣いで睨んで来た。先程と違い、緑の瞳に光が戻った様に見えて、睨まれはしたが少しだけ安心する。

「・・『多分』は余計だ。縁起が悪い。自信が無くても『居ます』と言い切れ。バカ」

第5王子だって「バカ」は余計なのに。余計な一言が王子らしくて笑ってしまいそうになるが、今笑うと王子が不機嫌になりかねない。なるべく表情を変えずに答える。

「・・えーっと・・は、はい。王子がそうした方が良いなら」
「あぁ、今度からそうしろ。お前は来年も再来年も居る」

そう言うと、王子は少し口角を上げ目を細めた。その表情に何時もの調子に戻ったかと思ったが、また下を向いてしまった。
うーん、機嫌は簡単には直らないらしい。通常運転の偉そうな王子に戻って欲しいんだけど。私はそう思いながら彼の背中を撫で続ける。

「・・オオトリ、お前は神官から、自分の事をどれ位教わった」

王子は俯いたまま私に尋ねる。私は彼の背中に手を添えたまま、今までと違う角度からの質問の真意を探る。

「えぇと、『自分』の事ですか?」
「あぁ。例えば・・そうだな、オオトリが顕現する周期だとか、こっちに居られる時間だとか」

自分の事、と言うか『オオトリ』の事か。現在進行形で読んでいる本と、アルケーさんとミスティコさんから教えて貰った事を話せば良いのか?あ、でも二人が教えてくれた内容に神殿の機密事項とか含んでいたらどうしよう。まずくないか?不用意に答えない方が良いかもしれない。どう答えるのが正解なのか、私は助けを求めるみたいにミスティコさんの方を見た、と言うか見てしまった。
その瞬間、俯いていた王子がすぅと顔を上げミスティコさんの方へ真っ直ぐ視線を向けた。

「・・東の副司祭、オオトリは自分の事も答えられないらしい。きちんと、教育をしているのか?」

王子が身体を起こしたので背中置いていた手を引っ込めた。ミスティコさんを責める様な言い方。
また嫌な風向きになって来たな、と胸の辺りが重くなる。ミスティコさんをちらっと見ると、凄い無表情&抑揚の無い声で謝罪を口にした。

「・・申し訳ございません。私と北の不徳の致すところです」

ぐっ、しまった。私が答えられなかった事で今日n回目の謝罪をミスティコさんにさせてしまった。答えられなかったのは事実だが、オオトリに関して勉強している事だけは伝えなくては。

「あ、あの、王子。『オオトリ』に関しては今、勉強中です。思ったようには進んでいないんですけど」

私がそう口にすると王子は緑の瞳をこちらに向け、にやりと口角を上げる。
え、何、その何か企んでいる様な表情・・私は少し怯む。王子はミスティコさんに気持ち程度、頭を下げる。

「それはそれは・・。東の副司祭、大変失礼した」

何で急にミスティコさんに謝るんだ。私が王子の突然の謝罪っぽい行動に驚いていると、正面のミスティコさんが苦い顔をして「・・いえ」と王子に応えた。
王子は私の方に向き直る。王子の薔薇の香りがふわっと私を包む。

「東と北できちんと教育をされているとの事。オオトリ、お手並み拝見と行こうか。どれ位、神殿で教育されているのか俺がしっかり確かめてやる」

王子からの無茶ぶりの様な申し出に、しばし何も返せない。頭をフル回転させて、どう答えるのがベストなのか考える。嫌な風向きだとは思っていたが、こう来るか。
私が黙っているとミスティコさんがソファから立ち上がる。グレーの髪がはらりと揺れ、ミスティコさんは強めの口調で抗議する。

「・・王子、先程、本人が『勉強中』と言ったではありませんか。王子が直接確認していただく必要はございません。・・それに、いつかに申し上げました様に、これは・・まだ『雛』です」
「あーーッ、うるさい!トマリギを選んだなら、もう『雛』では無い!・・オオトリ、違うか?お前は守られてばかりの『雛』なのか?」

最後の部分は、王子は私に視線を合わせて問い掛けた。ミスティコさんにはあんなに強い口調で「うるさい」と言ったのに、私に問い掛ける時は、穏やかで丁寧だ。王子は「良く考えろ」と言外に滲ませる。
王子の意見も一理ある・・かもしれない。トマリギを自分で選んだ私は、自分の選択に責任を持たなくてはいけない。いつまでも守られてばかりの『雛』では居られない。
王子は目線で私に答えを促す。

「・・私は・・守られてばかりは・・だ、駄目だと・・思ってい、ます」

途切れ途切れになりながら答えるのが精一杯だ。
私はまだ、この世界の事を全然分かっていない。アルケーさんやミスティコさんに守って貰わなければ、生きていけるのかも怪しい『雛』状態なのも本当だ。確かに『雛』みたいな弱っちい存在では有るけれど、自分で決断出来るいい年の大人だ。
私の回答に、王子はペリドットの瞳を細めると「良く出来ました」と言う様に私の頭をよしよしと撫でた。
そして、例のリボンに気を付けながら私の肩に手を置くと、顔だけミスティコさんの方に向ける。

「・・だそうだ。思っていたより見込みが有りそうだ。・・さて、と・・東の副司祭には席を外して貰おうか」

うぉ、王子はミスティコさんを追い出して、二人きり(フォスさんが居るから正確には違うけど)になるつもりらしい。マンツーマンで何を確認するつもりだ。焦り始めても後の祭り。口から出た言葉は元に戻せない。
普段のミスティコさんなら、第5王子から「出て行け」と言われても、何だかんだ屁理屈をこねて拒否しそうだが、今回は黙っている。
ちらっとミスティコさんの様子を確認すると紫の瞳と目が合う。ミスティコさんは「勝手にしろ」と言った表情で、ぷいっとそっぽを向かれてしまった。私の対応が原因とは言え、ちょっと、少し傷付くなぁ。
王子は私の肩から手を離すと、すっと立ち上がりフォスさんに指で合図する。

「アレは城に居るか?」
「執務室で待機されてます」

王子はフォスさんの答えに頷くと、私に立ち上がる様に促し綺麗な手を差し伸べた。う、これは王子の手を取らないとダメなパターンだ。有無を言わせない圧力に負け、私は大人しく王子の手を取って立ち上がる。
王子は私の手を取ったまま、ミスティコさんに軽く頭を下げた。そして余裕の笑顔をミスティコさんに向ける。

「・・では、しばしの間、東と北の副司祭が大切にされている『オオトリ』様を、私がお預かり致します。丁重なおもてなしを致しますので、どうぞ、ご安心を」

王子が恭しく言い終えると、ぞわっとうなじの辺りの毛が逆立った。どちらのものとも分かりかねる、どろりとした念の様なものを感じ、私は思わず王子とミスティコさんを交互に見比べる。こ、こういうのを板挟みと言うのだろうか。
王子の取って付けた様な挨拶にミスティコさんは無言で眉間に皺を寄せている。逆に王子は何処か満足気だ。

「・・まぁ、そう睨むな。此処を案内するだけだ。それに、ガラノース家の三男が俺の執務室で、東の副司祭を待っている。アレに用事が有るんだろ?」

「ガラノース」と言う名前が出ると、ミスティコさんはこめかみに指を当て長い溜息を吐いた。どうやら「ガラノース」さんに心当たりが有る様だ。

「・・それは・・正式に決まった、と言う事でしょうか?」
「まぁ、色々有った様だが正式決定だ」
「・・そうですか。王子はそれで宜しいのですか?」
「東のが出す条件に合っているなら誰であろうが俺は構わん。些末な事だ」

王子はそう言うと、私の方をじっと見詰めた。何か私に言いたい事でも有るのか、と思い顔を上げて第5王子と視線を合わせる。視線が絡むと王子は重ねていた私の手をきゅっと握った。何でだろう、手を握られただけなのに「離れてはダメだ」と言われた様な気がするのは。

「俺にとって、一番、大事なのは・・多分、お前の事だ」

普段がツンツンしている王子だから、突然の告白に・・さ、さ、砂糖吐くかと思った!
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