名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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トマリギの中で一番良く分かっている

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神殿でも「先代のオオトリ様が好んだ茶葉」は出て来たが、王子の言い方から此処で出されているお茶の方が先代の好みに近い様な気がした。本当に何となくなんだけど。

私は王子の視線を一身に受けながらタルトにフォークを入れ、口に運んだ。フルーツの甘酸っぱさとカスタードクリームの甘さがマッチしていてとても美味しい。思わず感想も忘れて一口、二口と口に運び、あっという間に半分以下になってしまった。
ぐぬぬ・・も、もう一つ欲しいかも。王子は「遠慮なく食え」と言っていたが、本当におかわりしても良いんだろうか?いや、それをやってしまうとミスティコさんが嫌な顔をするかもしれない。いや、絶対にする。
ダメ元で「もう一つ欲しい」と言える雰囲気なのか確認する為、ミスティコさんの様子をちらっと見、次に王子の様子も伺う。
私の様子をじーっと見ていた王子は、私の視線から色々察したのか、また口元を押さえくっくっと笑い出した。

「はは、お前、好きな物も自由に食べられないのか?東の副司祭に遠慮してるのか知らんが、本当に鳥籠の鳥だな」
「え?」

「そう言う訳では無いんですけど」と私が否定をする前に、王子が少しだけ身を乗り出して一つ大きく息を吸う。そして緑色の瞳で真っ直ぐ私と視線を合わせる。何故か視線を逸らせない。

「もう、ひとつ、食べる、そうだろう?」

一言一言、言葉を区切りながら、さっきまでとは違う低い声で囁かれる。何時もより小さい声の筈なのに、耳に届くどころか頭の中まで響いて来た様な気がした。
宝石みたいな瞳の所為なのか、頭の中を撫でる様な低くてざらりとした声色の所為なのか、それとも酔いそうな位に強まった薔薇の香りの所為なのか、肌が粟立つ。物凄いプレッシャーにフォークを落としそうになり、こくりと喉が鳴る。
私の様子を観察するみたいに凝視していた王子は、固まっている私から視線を外すと長い溜息を吐いた。

「はー、あれだけ俺の魔力に当てられたら、普通の人間なら、名前なんか関係無く俺の言う事を聞くんだがな。やっぱりお前には効かないんだな、オオトリ」

王子は乗り出していた身体をソファにどさりと戻す。
うわぁぁ、さっきのぞわりとした感覚と薔薇の匂いが強まったのは王子が魔力を放出させて私に向けてきた所為なのか。魔力の無い私でも肌の感覚で何かが起こったと分かる程、王子の魔力は強いんだ。他の人の行動を制御出来る位に。さっきのざらりとした声色を思い出して少し怖くなる。
王子の背後のフォスさんが一歩だけ王子に近付き硬い靴音が響く。

「・・殿下、悪ふざけが過ぎます。あぁ、オト様、そちらのタルトは持ち帰れるよう、準備しておきましょう。その方が落ち着いて召し上がれるでしょうから」
「・・あ、えっと、はい。ありがとうございます。とても美味しかったです。あの、王子・・先代のオオトリ様の紅茶、ご用意いただきありがとうございます」

私がそうお礼を言うと、ミスティコさんも「お気遣いありがとうございます」と感謝の言葉を(珍しく)口にした。
王子は私達のお礼には頷いたが、フォスさんがテイクアウトを勝手に提案した事に面白くなさそうな顔をしている。う、此処はオオトリである私が何か気の利いた一言で、場を和ませた方が良いのでは・・?頑張って「気の利いた一言」を捻り出す。

「あのぅ、すいません。紅茶をもう一杯、頂いても良いですか?とても美味しかったので」

私の一言に、王子は不機嫌そうな表情から一変して、ぱぁっと顔を輝かせた。私の「気の利いた一言」は王子に対して効果は抜群だった様だ。
紅茶のおかわりの要求に対して王子は「そうだろう、そうだろう」と満足げに頷き、フォスさんに指で合図をする。新しい紅茶が運ばれて来るまでの間、此処と神殿の食事の違いを教えてくれた。

「神殿は必要以上に、素材に手を加える事を嫌がるからな。茶葉も食事も此処の方が神殿の何倍も充実している」

王子の説明に確かに神殿での食事はシンプルな物が多かったな、とメニューを思い返す。神殿でのメニューはそれはそれで優しい味で美味しかった。もしかしたら、神殿での食事は精進料理みたいな感じなのかもしれない。
私が新しく淹れて貰った紅茶の湯気を見詰めながら、神殿での食事を思い返していると、王子が唐突な提案をして来た。

「そうだ、オオトリ。神殿の食事に飽きてるなら此処に住めば良い。東の副司祭の様に口うるさいヤツも居ないし、お前が好む食事を用意させる。どうだ?」
「は?」

王子に対して思わず素で聞き返してしまう。確かに紅茶もお菓子も美味しかったけれど、それは引っ越す理由にはならない。嫌な汗がじわりとカップを持つ手に滲む。
隣のミスティコさんが王子に何か言い出そうとしているのが分かったが、私の方が一瞬早く口を開く。

「あの、王子。突然、そんな事を言われましても・・その、神殿での生活も悪くないですし・・」

何となく分かる、此処はミスティコさんに頼っていては駄目な場面だ。

「ふぅん、悪くない・・ねぇ。悪くないだけで『快適』とは違うんじゃないのか?」

むっ、何だ。この揚げ足取り。私の心が狭いのか軽くイラッとし、少し大きめの声で反論してしまう。

「言い直します!神殿での生活も気に入ってます!東の副司祭さんが口うるさいのは事実ですけど、私と言うかオオトリの事を考えているから、口うるさく色々言うんだと思います。それに・・それに北の副司祭さんも大事にしてくれています」

一気に言い切り、王子の方へ視線を向ける。彼の様子に「・・言い過ぎたかもしれない」とすぐさま後悔する。目の前の第5王子の宝石みたいな瞳から光が失われた様に見えたからだ。
夜の森みたいに沈んだ瞳と視線が絡むと、ぞわりとうなじの辺りの毛が逆立つ。
同時にミスティコさんが、私の前にさっと腕を出して庇う様に身を乗り出した。フォスさんの靴音が聞こえた様な気もする。ミスティコさんのローブの裾を掴みたい位に空気が張り詰める。このタイミングでミスティコさんに縋ったら、絶対に迷惑が掛かる。私は自分を鼓舞して、なるべく動揺していない風を装って、背筋を伸ばし王子の方をまっすぐ見詰める。
王子は髪を掻き上げ「あぁ、あー本当に面白くないな」と苛立った様に呟く。第5王子の声色が思わず平謝りしたくなる位に刺々しい。

「何でそんなに神官に肩入れする!最初のトマリギも北の副司祭で、生活する場所も神殿。本当にお前は神殿を出て行くつもりが有るのか?」

王子が不機嫌さを隠さない声でそう言いながら、指でテーブルを叩く。
確かに前回、第5王子とのやり取りで「いつかは出て行きたい」とは言ったけど、「今じゃない」ってちゃんと伝えたはずだ。

「・・神殿をいずれ出るつもりなのは本当です。ですが、まだこちらに不慣れな私が神殿で過ごすのはごく自然な流れだと思うんですが」

王子の迫力に屈してしまわないよう、ゆっくり彼に語り掛ける。手の震えは両手を重ねる事で胡麻化す。声も震えそうになるが、ぐっと堪える。
私の言葉を王子は鼻で嗤う。

「・・『いずれ』?『自然な流れ』?はは、オオトリが世界に留まって居られる時間は限られている。お前は、そうやって神官には貴重な時間を割くんだな」

『神官には』と言う部分で第5王子は語気を強めた。
確かに私がこっちの世界に居られる時間は有限らしいが、年単位でオオトリは留まって居ると教えて貰った。だから正直、第5王子がこんなに私と過ごす時間を「貴重な時間」と言い、欲しがる気持ちが少し理解出来ない。たっぷりとは行かないまでも時間はまだ有る筈だ。
納得いかない感情が顔に出ていたらしい。王子が綺麗な顔を苦しそうに歪めた。

「・・俺は・・俺は、お前との時間が無限じゃない事をトマリギの中で一番良く分かっている!!」

第5王子はそう言うと、テーブルに拳を叩き付けた。ダンッという音と共にカップやソーサーがガチャンと不快な音を立てぶつかり合う。王子から物凄いプレッシャーを感じて膝が情けなく震える。

「神官なんかより、俺の方がずっとずっとお前の傍に居たいと思っている!願って叶わなかった事なんか無いのに!」
「・・」
「何でお前には分からないんだ」

王子は肩で息をして俯き、拳を握っている。自分の感情をコントロールしようとしている様にも見えた。
私は庇ってくれていたミスティコさんの腕をそっと押し戻す。ミスティコさんは一瞬、抵抗したが、私が視線で合図すると腕を下ろしてくれた。
ソファから立ち上がると、私は王子の隣に腰掛けた。

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