名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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北の副司祭、良く胸に刻んでおく事だ

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結局、熟睡が出来たかと言うとあまり眠れなかった。私よりアルケーさんの方が眠れなかった様だ。完全にアルケーさんは自業自得なんだけど。アルケーさんは朝日も差さない内にベッドから出て行った。その後、水音が聞こえたから多分シャワーを浴びたんだと思う。
そういう私も何時もだと、アルケーさんに起こして貰うまで寝ている事が多いが、今日は王子と会う準備も有るし早めに起きてシャワーを浴びておかないと。
ベッドからもぞもぞ這い出ると寝間着の上に長めのカーディガンを羽織る。その時、少し違和感を覚えた。すんすんと自分の腕やら肩やら匂いを嗅ぐ。私からめちゃめちゃアルケーさんの香りがするんですけど!
この香りは魔力の香りなのでは?とミスティコさんは言っていた。私しか分からないらしいから良いけど、こんなの完全にマーキングじゃないか。私は慌てて浴室に駆け込んだ。

軽くシャワーを浴び、まだ乾ききっていない髪をアップにしてリビングに行くと珍しく誰も居なかった。
アルケーさんはシャワーを浴びた後、寝室にも戻って来なかったから、もしかしたら神殿に行ったのかもしれない。ミスティコさんはまだ寝室だろうか?
私は小さなキッチンでお湯を沸かす。朝食の時間になったら、食堂までご飯を取りに行かなきゃなぁと考えていると玄関のドアが開く音がした。
アルケーさんが帰って来たのかもしれないと思って玄関へ慌てて行くと、書類を抱えたミスティコさんだった。

「あ、ミスティコさんだったんですね。おはようございます」
「・・え、えぇ。あー・・と、オオトリ様、おはようございます。何時もより早いですね」
「まぁ、今日は準備に時間が掛かりそうなので。ミスティコさんも朝からお仕事なんて大変ですね」

ミスティコさんは歯切れ悪く「えぇ、まぁ」と相槌を打つ。
リビングに二人で戻ると、ミスティコさんは辺りを少し確認して「あの、アルケーは?」と聞いて来た。

「私が朝起きた時にはもう居なくて。お仕事で神殿の方かな、と思ってたんですけど」
「・・そうですか」
「あ、ミスティコさん、アルケーさんに何か用が有りました?」
「あ、いいえ。何でもありません」

ミスティコさんはそう言うと、抱えていた書類をリビングのテーブルに置いた。椅子に座ると眼鏡を掛けて書類に目を通し始めた。
私はミスティコさんの邪魔にならない様に、小さく「どうぞ」と声を掛け紅茶を出した。ミスティコさんは少し微笑んで「ありがとうございます」とお礼を言ったが、表情が何となく暗い。どんよりしている様な気がする。

「あの、ミスティコさん、疲れてません?もしかして昨日も夜遅くまでお仕事だったんじゃ・・」
「え?あ、色々雑務は有りますが、昨日はそんな遅くまで掛った訳じゃないですよ。自分の部屋で休みましたし」
「そうだったんですか。昨日の夜は此処に居なかったんですね。私、全然気が付かなかったです」

私の質問にミスティコさんは「えぇ、まぁ」と曖昧に答える。

「遅くに必要な物が向こうの部屋に有る事を思い出したので取りに行って、こちらに戻るのも、その、面倒だったのでそのまま向こうで休みました」

何だか言い訳を聞かされている様な気持ちになる。
普段のミスティコさんはもっと歯切れが良い。それなのに、今朝に限ってどうしてこんなに言葉を濁すんだろう。理由を少し考えてみる。

・・もしかして、もしかしてだけど、ミスティコさんは勘が良い。それに先々の事を考えてくれる人だ。私の行動も含めて。
だから、私とアルケーさんがそういう事になりそうだ、と事前に雰囲気で感じ取ったのでは?だから気を遣って昨日は向こうに泊ったのでは?
・・だとしたら恥ずかし過ぎる。そうでは無い事を祈りたい。
そう意識してしまうと、何だか話し掛けづらいし、ミスティコさんと視線を合わせづらくなってしまった。

私の予想が当たっていたなら、ミスティコさんに「アルケーさんとそういう関係になった」と思われてそうだ。ど、どうしよう。遅かれ早かれ、アルケーさんとはそういう関係にはなると思う。だから誤解されたままでも良いかもしれない。けど、ミスティコさんはトマリギの選定の責任者だし、そういう事の有無も情報として必要だったりするかもしれない。
私がうじうじ悩みながら、ちらっとミスティコさんの様子を確認すると、眉間に皺を寄せ書類に目を通している。気難しそうな表情は何時も見るミスティコさんだ。
・・よし、決めた!様子がおかしかったのは「疲労」の所為にしよう!自分からは何も言わない!聞かれたら正直に答えることにしよう。
私がそう決心すると玄関の方から「よいしょ」と言う声が聞こえて来た。この声はアルケーさんだ。私とミスティコさんは顔を見合わせた。

「おい、北の。朝早くから何やってるんだ」

アルケーさんが大きめの箱を抱えてリビングに入って来たので、ミスティコさんが呆れた様子でアルケーさんに尋ねる。しかしアルケーさんは質問には答えず私とミスティコさんに「おはようございます」と軽やかに挨拶した。むちゃくちゃ笑顔だ。

「・・朝っぱらから、えらい大荷物だな」
「ふふ、『蔵書庫の賢者』でも、私が何を用意したか分からないですか?」

蔵書庫の賢者って、ミスティコさんの事だよね?ミスティコさんだけじゃなくて私も分からないんですが。私が不思議に思っていると、アルケーさんは私に傍まで来るように手招きした。

「オト、ちょっと箱の中身を確認してみて下さい」

私が箱の蓋を開けると、中にはパステルカラーの服が入っていた。小花柄やら甘いレースやフリルがアクセントに使われている服が数着。今、クローゼットに掛かっているシンプルな服とは趣が違う。
服を広げながら確認すると、底には茶色のショートブーツとクリーム色のハイヒールが揃えて有った。

「こ、これは?」
「今日は王子と面会する日でしょう?だから、女性の間で話題になっている服を用意して貰ったんです」
「こんな朝早くから?それとも事前に?」
「ふふ、実は思い付いたのは早朝なんです。朝早くから押し掛けたので先方には迷惑を掛けてしまいました。知り合いの王宮に出入りしている商人に用意して貰ったんですが・・どうですか?」
「とても嬉しいです。その、朝早くからありがとうございます。用意して下さった方にもお礼を伝えて貰っても良いですか?」

アルケーさんは「勿論、伝えます。喜んでいただけた様で嬉しいです」と言い、にこっと笑う。夜明け前に出て行ったのは、用意の事を思い付いたからなのか。自業自得とか勝手に思ってごめんなさい。でもでも、私が熟睡出来なかったのは半分はアルケーさんの所為なんだからね。
ミスティコさんは得体の知れない物を見る様な目でアルケーさんを見詰めている。

「おい、アルケー。突然、面会に協力的になるなんてどうした。昨日今日で何の心境の変化だ」
「えぇ、確かに昨日の私の態度は褒められたものでは無かったです。『トマリギ』としての立ち振る舞いをオトが気付かせてくれたんですよ」

そう言うと、アルケーさんは隣の私と視線を合わせ「そうですよね?」と同意を求めた。
そうだったっけ?確かにアルケーさん自身が「今日の態度はトマリギ失格」みたいな事は言ってたけど。私が「ん、ん?」と口ごもっているとアルケーさんが私の肩をそっと抱いた。

「それに、トマリギとしての役目をきちんと果たしたら、褒めてくれると約束してくれたんですよ」

そ、そんな約束してない!と思って隣のアルケーさんの顔を見ると、物凄いドヤ顔でミスティコさんを見ていた。本当は「そんな約束してない」と抗議したかったが、二人の間に不穏な空気が漂っているので黙り込むしか無い。下手に何か言ったらこちらに矛先が向きかねない。
私はアルケーさんの横顔を見詰め、昨日の事をよくよく思い出してみる。そう言えば、アルケーさんは私が眠る直前『新しい契約も追加』って言ってた。内容は聞かなかったが「役目を果たせたら褒める」が新しい「契約」なんだろうか?
私が考え込んでいると、ミスティコさんは心底鬱陶しそうな溜息を吐いた。

「あぁ、精々務めを果たして、オオトリ様に褒めて貰えば良い。理由はどうであれ、自分が『トマリギ』で有る事を思い出したなら文句は言わん」

ミスティコさんはそう言うと、紫の瞳を細めて笑う。その笑顔は私にたまに見せる種類の笑顔ではない。仮面の様な笑顔に背筋がぞくりとする。

「お前は『トマリギ』であって『夫』でも『恋人』でも無い。北の副司祭、良く胸に刻んでおく事だ」

その声はとても冷たかった。
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