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・・本心は嫌なんだと思います
しおりを挟む「諦めるしか無い」と言う言葉が私の中で重く響いて、ミスティコさんに視線を向けると、彼は自嘲的な笑みを浮かべた。
「・・おしゃべりが過ぎたかもしれません。忘れて下さい」
こういう時、何と答えれば正解なんだろうか。聞かなかった振りも、わざとらしくおどけて話の流れを変える事も出来ず黙るしかない。私が何も言い出せず黙っていると、ミスティコさんがベッドから立ち上がった。
「あぁ、明日は朝食後に出掛けましょう。王宮は、ここから馬車で20分程度です。オオトリ様は馬車に乗られた事は?」
「あ、私、初めてです。乗った事は無いです。見た事は有るんですけど」
私は慌てて彼の質問に答える。ミスティコさんが話題を変えてくれた事にほっと胸を撫で下ろす。
「そうですか。慣れない内は乗り心地が悪いかもしれません」
「う、そうなんですね。覚悟しときます」
「はい、しっかり覚悟しといて下さい」
「馬車って見た目と違って、大変な乗り物なんですね」
私がそう言うと、ミスティコさんは「確かに」と言い少し笑った。その表情に安堵する。
ミスティコさんは「お邪魔しました。おやすみなさい」と言い、彼の香りを残して寝室から出て行った。
ミスティコさんが出て行った後、どっと疲れた様な気がして鏡に映る自分の顔を確認してみる。眉間に皺が寄っていたので指で眉間をぐりぐり押してほぐす。
ミスティコさんはアルケーさんが不機嫌になっている、と言っていたが、どうしたものか。何かフォローした方が良いのかどうか。
「・・でも何て言ったら良いんだろう?」
『王子には会いに行きますけど、私の義務なのでアルケーさんは気に病まないで下さい』とか?
頭の中でシミュレーションしてみる。私がアルケーさんの立場だったら、欲しい言葉じゃないな。きっと彼が欲しいのは言葉なんかじゃない。『行かない』事だろう。
『他のトマリギとの交流は、アルケーさんの安全の為でも有るんです』とか?
これが言えたら、私は楽になるかもしれない。でも、聞かされたアルケーさんはどうなんだろう?楽になる?納得出来る?
それに以前、ミスティコさんから聞いた「折られたトマリギ」の話は証拠が無いらしい。この話を知っているのはミスティコさんだけか、もしかしたら後は大司教様だけらしいし、私が簡単にアルケーさんに漏らして良い話では無さそうだ。
私は大きく溜息を吐いた。鏡の中の私は何とも言えない表情だ。繁栄の象徴のくせに、こういう時に気の利いた科白一つも浮かばないなんて、と思わず苦笑いしてしまう。
・・今、この状態で何かアルケーさんに言っても形だけの定型文になりそうだな。
「はぁ、一回、ヤッてみれば良いのかなぁ・・」
思わず口を突いて出た案だが、言葉にしてみると現実的な解決策みたいな気がして来た。言葉が浮かばないなら、別の方法でも良いんじゃない?
傍のベッドに腰掛けて少し想像と言うか妄想と言うか、そうなった時の事を考えてみる。
経験が無い訳じゃ無いし、アルケーさんとそういう関係になるのは抵抗は無い。今まで、そういう事を拒否して来たのはミスティコさんが居るからだったけど、こうなったらアルケーさんの魔力に頼ろう。
広くてくすんだ赤色のシーツの掛かったベッドに視線を移す。
「・・よ、よし。決めた」
切るカードが決まってしまえば、後は実行あるのみ。さっきまでの重苦しかった気持ちも若干軽くなった様な気がする。
どうやって、そういう話を切り出すかはアルケーさんが寝室にやって来た時の様子で臨機応変に決めよう。
私は覚悟を決めると、もぞもぞとベッドの端っこに潜り込んだ。
普段ならこのまま眠ってしまう所だが、今は自分の心臓の音がうるさい。アルケーさんは何時、寝室に入って来るんだろう。寝室のドアに意識が集中してしまう。
此処で悶々としながらアルケーさんを待つより、自分からリビングへ行って「そろそろ休みませんか?」とさらっと言えれば良いが、恐らく意識してしまって上手く言えないだろう。
「こういう緊張感って久々過ぎる・・」
最後の行為はいつだったか、と思い出そうとするが靄が掛かったみたいに、した時期も相手もぼんやりしていておぼろげだ。最後がはっきりしない位、期間が開いていると言う事だろう。手順とか元の世界と大差無くてスムーズに事が運べば良いけど、と思いながらごろんと寝返りを打ち、そこでハッと気が付いた。
「あ、そうだ。避妊・・」
いかん、手順より大切な事を忘れていた。こっちの避妊方法ってどうなってるんだ。元の世界と似た様な感じ?あぁ、こっちの世界の基礎知識として聞いとけば良かった!
異世界人だから妊娠しないかも?とちょっと前までは甘く考えていたが、ミスティコさんのご先祖様の話を聞いて妊娠の可能性が有る事が分かった。
地理や歴史も大事だけど、オオトリとしてトマリギと付き合って行くなら、そういう知識だって必要不可欠だった。すっかり失念していた。
取り合えず、最後の月イチのモノが何時だったかな?と考えるが、仕事のストレスの所為で良くズレていたし、おそらくこの方法は役に立たない。ぐぬぬ、と頭を抱えた。
「はぁ。アルケーさんに実地で教えて貰わないと・・」
どのタイミングで教えて貰えば良いんだろうか?最中?いやいや、もし準備が必要だったりしたらお互い困る。じゃあ、事が始まる前か。雰囲気に呑まれる前に言い出せれば良いけど。
そんな風に想像やら妄想やらで赤くなったり青くなったりしていると、疲れの所為なのかベッドの心地良さの所為なのか、いつの間にか眠ってしまっていた。
後ろから柔らかく良い香りに包まれて、その気配に意識がふわっと浮上する。薄っすら目を開けて背後の彼に声を掛ける。
「・・アルケーさん?」
「すいません、オト。起こしてしまいましたか?」
「あ、いえ、大丈夫です」
「なるべく起こさない様に気を付けていたんですが・・」
そう言いながらアルケーさんは私を抱き直す。後ろから抱き締められているので、アルケーさんの表情は分からないが、声色はいつもと変わらない。でも、いつもと違う点が有る。普段だとベッドに入るや否やぎゅうぎゅうに抱き締めて来るのに今日は遠慮しているのか寄り添う様な感じだ。
いつもと違うアルケーさんの様子に心配と不安が入り混じった複雑な気持ちになる。アルケーさんの気持ちが知りたくて口を開く。
「・・あの、アルケーさん」
「どうしました?眠れませんか?」
「いえ・・その、やっぱり、私が王子と会うのは嫌ですか?」
私がそう問いかけると、私を包み込んでいたアルケーさんの身体がビクッと反応した。
きっと『外』でのアルケーさんなら「全然気にしていない」とサラッと嘘を吐いて、それでお終いになると思うが、私に対してはそうしないらしい。アルケーさんが答えに困っているのが雰囲気で分かる。
「嫌かそうじゃないか、教えて下さい」
我ながら意地が悪いと思うが、どうしても彼の口から聞きたかったのでもう一度尋ねると、アルケーさんは小さく溜息を吐いた。
「・・本心は嫌なんだと思います。でも、貴女が『オオトリ』だと言う事を理解はしているんです。嫌だと言う感情は私の我儘ですね」
「・・」
「オトが気に病む事は無いです。どうか気にせず、明日はミスティコと王宮へ行って来て下さい」
思わず「すいません」と謝罪が口を突いて出そうになるが、ぐっと堪える。多分、私が謝っても仕方無い事だ。
謝罪の代わりに私は自分の考えていた事を恐る恐る提案する。
「その・・アルケーさん、一度、そのですね、さ、最後までしてみませんか?」
私の言葉にさっきの比にならない位、アルケーさんの身体が動揺した。普段、落ち着き払っているから、動揺している表情が見られないのが少し残念だ。
「・・え?」
アルケーさんはそう呟くとそのまま黙ってしまい、私の身体に回していた腕の力を強めた。って言うか黙らないで欲しかった。これってもう一回言えって事なのか。
此処まで来たら、さっきの言葉は無しには出来ない。意を決してもう一度、アルケーさんに自分の提案を打ち明ける。
「そのですね、要は・・今日は・・その、しても良いです」
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